キスメット

くにざゎゆぅ

文字の大きさ
上 下
115 / 159
【第四章】対エージェント編『・・・!』

第115話 ほーりゅう

しおりを挟む
 わたしは、昨日と同じように、友人たちとの夕食をホテルの一階のレストランでとった。

 昨日はクリスマスイブだったけれど、今日はクリスマス。
 なので、二日間続けて、夕食タイムから深夜にかけて、大きなクリスマスツリーの下に置かれているピアノで、生演奏がある。

 雰囲気が良くて、豪華な料理で、親しい友人たちとの会話。
 でも、わたしは妙に落ち着かない。
 理由は、ジプシーの体調が悪くて本調子じゃないってわかっているから。



 なにげなくレストランの入り口へ目をやっていると、トラがひとりで入ってくるところが見えた。
 周りを見渡しながら、テーブルのあいだをゆっくりと練って歩いている。
 そして、わたしたちのグループに気がついたらしい。
 例の人懐っこそうな笑みを浮かべながら近寄ってきた。

 リーダーは瑠璃だとわかっているので、トラは、彼女のほうに向かって口を開く。

「朝は失礼したね。結局今日は、俺もこのホテルに泊まることになったんだ。その代わりに仕事を手伝わされる羽目になっちゃってさ。今回の件が終わったら、またゆっくり話がしたいなぁ。その時はよろしく」

 そう告げたあと、トラはわたしのそばにしゃがみこみ、小声でささやいた。

「いまは京一郎がついているから大丈夫。あいつひとりにはしないから安心して。俺はいまからホテルを中心にした辺り一帯に、感知タイプの結界を張ってくる。だから、きみが能力を使ったり我龍が能力を使っても、場所が把握できるようになる。――この結界に敵も引っかかってくれたらいいんだけれど、能力者相手じゃないし、そう思い通りにいかないよなぁ」

 早口で一気に言うと、トラは立ちあがり、手をあげて皆に挨拶をする。
 そして、来たときと同じように、周囲に目を配りながら歩いていった。

 トラの後ろ姿を目で追っていたわたしは、その先のフロントで係員に声をかけるジプシーと京一郎を見つけた。
 いくつかの言葉のやり取りをして、フロント係かマネージャーかに、別室へ案内されるようだ。

 そのとき。
 突然、わたしの目線を追っていたらしい瑠璃が言った。

「わたし、気になっているから、あの方々に直接会って確かめてくるわ」

 なんのことだと首をかしげたわたしたちを見渡してから、瑠璃はわたしに向かって口を開く。

「ほーりゅう、あの警察の方たちの今回の目的と仕事内容、ちゃんと聞いたの?」
「――あれ?」

 そういえばわたし、聞いていないや。
 ジプシーの昔の話をトラから聞いたあと、すぐにバタバタっと別の件があって、すっかり連中が今回なにをしにやってきたのか、結局聞きそびれてしまっていた。
 わたしは頭を掻いて、瑠璃に告げる。

「うん。聞いていない」
「ほーりゅうは相変わらずの天然さんだから、そうだと思ったわ。なにをしに行ったんだか。わたしの父のホテルなんだから、いま、なにが起こっているのか聞くくらい当然よ。新しくできたばかりの父のホテルに、傷がつくのは嫌だわ」

 すでにデザートまで終わっている瑠璃が立ちあがるのを見て、わたしも慌てて席を立つ。

「わたしも一緒についてく」
「ほーりゅう、あなたは彼らに、仕事だから関わるなって言われたんでしょう?」
「そうは言っても、瑠璃は連中のところへ行くんでしょう? それなら、やっぱりついてく」

 瑠璃は、仕方がないという顔をして歩きだす。
 わたしは、亮子と理沙へ向かって先に行くねと声をかけてから、瑠璃のあとについていった。

 その瞬間。
 わたしは、思わず瑠璃の腕を引っ張ってしまっていた。

「どうしたの、ほーりゅう?」
「あ、ごめん。人違いだと思う」

 わたしは、慌てて瑠璃の腕から手を離した。
 そして、足音を忍ばして瑠璃のあとについて歩きだす。

 ――そうだよね。
 あのテーブルについている後ろ姿、夢乃に見えたんだけれど。
 別のホテルに泊っているって言っていたし、そんなはず、ないよなぁ?
 桜井刑事とは違う、やけに格好良い男の人と一緒だったし。



 瑠璃が、その部屋のドアをノックして開けると、書類を広げて目を通していたらしいジプシーの冷ややかな視線と、パソコンのキーを叩いていた京一郎の視線が飛んできた。
 でも、ふたりの視線の先は、もちろん瑠璃だった。
 わたしには一瞥もなかったので、ほっとする反面、ちょっと寂しくもある。

「ここのホテルのオーナーの娘、瑠璃です。よろしく」

 ああ、なるほどといった表情の京一郎に対して、ジプシーは、まったくの無表情ですぐに視線を書類に戻した。
 いつものことだけれど、本当に感情が読みとれない。
 体調は大丈夫なんだろうか?

「他言無用のお仕事だとは存じあげておりますが、ホテルの名に傷がついては困ります。どのようなことをお調べになっているか、確認させていただけるかしら?」

 有無を言わせぬ瑠璃の申し出に、すぐに京一郎が反応する。

「いや、ホテル自体が問題じゃないので。こちらは人探しが今回の目的なんですよ」

 そう口にすると、爽やかに京一郎は笑う。
 普段茶髪で族のリーダーをしている京一郎だけれど、髪の色を黒く変えて口調を正すだけで、意外と年齢高く、頼りがいがあるように見えるから不思議だ。

「だから、いまは宿泊者の身元確認をさせてもらっている状態ですね。ホテルへは迷惑をかけません」

 そうなんだ。
 人探しか。
 それがなんで、ジプシーが崖から転がり落ちることになったり、精神的にショックを受けたり、さらには敵と思われる存在や我龍までやってくるんだろう? 

 そしてわたしに、命の保障はできないから、自分たちに近づくなと告げた京一郎。
 その京一郎と瑠璃が、わたしとジプシーをそっちのけで、しばらく言葉を交わしている。
 京一郎のそつのない言葉に、本当かどうか探っていたような瑠璃だけれど。
 急に、ジプシーへ目を向けた。

「そちらの方、具合が悪いのでは? ――どこか怪我でもされていませんか?」

 視線さえあげないジプシーの代わりに、京一郎がすばやく答えた。

「昼間、裏の山を散策していたら足を滑らせて転がり落ちたんですよ。それで不機嫌なのもあるんです。ただのかすり傷なので大丈夫、心配いりません」

 笑顔で口にした京一郎へ、瑠璃もにっこり笑みを返して、お大事になさってくださいねと声をかけた。

 どこまで納得したのか、お邪魔いたしましたと挨拶をして、瑠璃は部屋の出口へと向かう。
 瑠璃の視線がはずれたときに、わたしも黙ったまま頭をさげると、無言で京一郎もうなずき返してきた。



 廊下へでた瑠璃にくっついて部屋をあとにしたわたしは、後ろ手でドアを閉める。
 なんとなく、大きなため息をついたわたし。
 無意識に緊張していたのだろうか。

「ほーりゅう」

 急に声をかけられ、どきりと目をあげたわたしへ向かって、瑠璃はぴしりと言った。

「なにか、警察だからってわけじゃなくて、一癖も二癖もありそうな方たちね。あなた、怪我をしたくなかったら、やっぱり関わらないほうがいいわ」

 うひゃ~!
 瑠璃はやっぱり勘がいい。
 ばれてるっぽいよ?

 そう思いながら、わたしは無言で瑠璃に苦笑いを向けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

江戸時代改装計画 

華研えねこ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。 「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」  頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。  ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。  (何故だ、どうしてこうなった……!!)  自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。  トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。  ・アメリカ合衆国は満州国を承認  ・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲  ・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認  ・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い  ・アメリカ合衆国の軍備縮小  ・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃  ・アメリカ合衆国の移民法の撤廃  ・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと  確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

未来から来た美女の俺

廣瀬純一
SF
未来から来た美女が未来の自分だった男の話

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

処理中です...