キスメット

くにざゎゆぅ

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【第四章】対エージェント編『・・・!』

第113話 ほーりゅう

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 わたしは京一郎に言われた通り、ジプシーのそばについているだけで良いのかなと不安になりながら、ドアを開けて部屋の中へ戻った。

 わたしと口喧嘩するとき以外は、ほとんど普段から無表情無言のジプシーだ。
 本人からは、いまどういう状態なのか教えてくれないだろう。
 そして、たぶんわたしには、読み取ることもできないだろうな。

 でも、京一郎も大げさだなあ。
 命の保障はできないなんてさ。
 ある意味、過去に出会った事件のほうが危ないくらいだったんじゃないのかなぁ。

 なんて思いながら部屋の中を見渡すと、さっきまでベッドで横になっていたはずのジプシーが上体を起こし、Tシャツをかぶっていたところだった。

「ちょっと! なにやってんのよ? 夢乃に安静って言われていたじゃない。まさか、いまから行動を起こす気?」

 思わず声をかけたわたしを、着終わったジプシーは相変わらずの無表情で一瞥してくる。
 けれど、その眼は、わたしに焦点が合っていない。

 やっぱり。
 わたしを無視する気なんだ。

 なので、ベッドから降りた彼の動きをとめようと、わたしはジプシーに駆け寄って手首をつかむ。
 そして、その身体のあまりの冷たさに絶句した。

 つかまれた手を見て、ジプシーは、そこではじめてわたしの存在に気がついたかのように、わたしのほうへ視線を移す。
 感情がこもらない、他人を寄せつけない突き放した瞳。
 それどころか、その瞳には、この世界なにもかもが映っていないように思われた。

 恐怖を感じたわたしは、つい怯んで手を放した。
 無意識に後ずさる。

 けれど。
 そんなわたしの背中に、ジプシーは右手を回す。
 そして、わたしの髪のなかに左手の指を滑りこませると、そのままわたしの頭を自分の胸に抱き寄せた。

 反射的に、両手でジプシーの胸を押しのけようと考えたけれど。
 髪の内側へさしこまれた彼の左手の指の冷たさに、待てよと思いなおした。

 たしか京一郎が、ジプシーはショック症状を起こしているって言っていなかったっけ?
 わたしはショック症状ってあまり理解していないけれど、ここでいま不用意に彼を拒絶したら、もしかしたらショックに輪をかけることになっちゃうの?

 そして、じっとして考えているあいだに、わたしは気がついた。
 ジプシーの冷たい指先が、ひどく震えている。
 絶対に、普通の状態じゃない。
 そんなことがわかってしまうと、ますますここで突き放すのが、ためらわれた。

 そこでわたしは、思考の方向を変えてみることにした。

 もしかしたら、ジプシーってわたしを、あったかい犬とか猫を抱いている気分になっているんじゃない?
 この身体の冷たさから考えると、わたしってかなりあったかいだろうし。
 ほら、わたしのこの髪なんて、正真正銘の純毛よ? 
 京一郎も、たしかショック症状の人は、体温低下を防ぐために保温しないといけないって言っていなかったっけ?
 きっとジプシーはわたしから熱を奪い、気がすんだら解放してくれるはずだ。

 だとしたら、あと、わたしにできることって、なにかな?
 ショックを受けているジプシーを、落ち着かせること?

 わたしはそう考えると、彼の背中におそるおそる腕を回す。
 そして、あやすようにやさしく手のひらで、ポンポンと背を叩いた。
 胸に引き寄せられている頬や耳から伝わる彼の鼓動が、とても速い。



 しばらくすると、わたしを抱きしめているジプシーの両腕の力がゆるんだ。

 ほら、思った通りだ。
 そう考えたわたしは、ほっとしながらジプシーを見あげた。 

 顔をあげたわたしは、唇を重ねられていた。
 なにが起こっているのかわからず呆然としているわたしに、ゆっくりと何度も角度を変えながら唇に触れてくる。
 いまの彼の体温と同じで冷たい唇だと思ったとたんに、はっと気がついた。

 両手でジプシーの胸を押しのけようとするけれど、わたしの頭を支える手も背中に回された腕も、びくともしない。
 こぶしを作って力をこめる。

 抗議の声をあげようと口を開いた瞬間、彼の舌が深く入りこんできた。
 一瞬、身体の中心に電流が走るような初めての感覚に混乱する。
 思わず奥へ逃げるわたしの舌を、ジプシーは執拗に絡めとっていく。
 身動きがとれずに、いつの間にかわたしは力が抜けた。
 頭の芯がしびれるような長い口づけに、まぶたを閉じて翻弄される。



 ふいに部屋へ響いたドアのノック音に驚いたわたしは、両手で力一杯ジプシーを突き飛ばしていた。
 おとなしくなっていたわたしに油断したのか、よほど勢いがあったのか。
 吹っ飛んで背中からベッドに倒れるジプシーの顔を見ることができず、わたしは身をひるがえしてドアへ向かう。

 ドアを細く開けて京一郎を確認したわたしは、急いで外へ滑りでた。
 後ろ手で素早く閉める。
 でも、怖くて、顔をあげて京一郎の目を見ることができない。

 わたしの態度に対して不思議そうな顔をしているであろう京一郎のそばで、トラがわたしへ向かって言った。

「親父の許可をもらってきた。だから、俺も最後まで一緒に行動するよ」

 わたしは、そろそろと視線をあげて、笑いかけてきたトラの顔を見る。
 まだ付き合いの浅いトラは、わたしの表情を読めないだろう。
 でも、勘の良い京一郎は、わたしの態度を不審に思っているのではないだろうか。

「わたし、もう行くね。約束通り、これからはできるだけ近寄らないようにはするから」

 それだけを一息に告げると、京一郎がなにかを口にする前に、わたしは廊下を駆けだした。



「ほーりゅう、見つけた!」
「なにをしているの? こんな廊下で。壁に向かって頭を抱えてしゃがみこんでいたら変な人よ」

 あの場から走って逃げだしてきたのはいいけれど。
 瑠璃たちのところにも戻りづらいなあと座りこんでしまっていたら、向こうから発見されてしまった。 

「で、どうだったの? あの警察の人たちとは話ができたんでしょう?」

 瑠璃の言葉に、わたしは立ちあがりながらスカートのしわをのばしつつ、力なく返事をした。

「うん……。仕事だから関わってくるなって」
「そうでしょうね。それが普通よ。ほーりゅう、あなたも今回は旅行できているんだから、彼らの仕事のことは気にしないで楽しみなさいって」

 瑠璃の言葉にうなずきながらも、わたしはぼんやりと考えていた。



 ジプシーのことは、いくら腹黒で性格が悪くて無口で無表情でひどいことをする奴でも、友だちとして好きだと思っていた。
 そして、絶対に恋愛対象にはならないと思っていたのに。

 ――なぜだろう。ジプシーとのキス。
 驚いたけれど、じつはそんなに嫌じゃなかった。
 なのに、こんな状況のせいなのだろうか。
 そのファーストキスで幸せな気持ちにもなれなかったわたしって、心中複雑……。
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