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【第四章】対エージェント編『・・・!』
第112話 京一郎
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「体調の悪いときは、もう無理をしないこと。わかった? 我慢はあとで、もっとひどくなるんだから!」
傷の手当てをしながら、夢乃の小言が続く。
心配していたぶん、言葉が増えているようだ。
ジプシーはといえば、夢乃の言葉を聞いているのかいないのか、ベッドの上で意識を取り戻したあとは、仰向けで包帯を巻かれた両腕で顔を隠したまま返事をしない。
そんな様子を見ながら無表情を装っている俺は、内心の動揺を隠せなかった。
確認していない。
だが、電話をかけてきたのは我龍だと、俺の勘が告げている。
夢乃には電話の最後の内容を伝えていないので、いま目の前のジプシーの症状についてなんなのか、気がついていない。
ただ単純に、崖から転がり落ちたための傷のせいだと考えているだろう。
だが、我龍から、ジプシーが十年前の事件のフラッシュバックを起こしていると知らされた俺は違った。
そして俺は、ジプシー本人から前に、事件当日から約半年のあいだの記憶がないと聞いている。
俺から見ても、いまの奴は明らかにフラッシュバックからくるショック症状を起こしている。
「手当は終わり! しばらく安静よ。聞いてる?」
そう言いながら救急箱のふたをしめた夢乃は、俺のほうへ振り返った。
「フロントに返してくるわ。あと、必要なものは別に、これからこちらでそろえてくるわね」
「そうか……。そうだな」
そう夢乃に返事をした俺は、その場で離れて様子をうかがっていたほーりゅうとトラにも廊下へでるように、目で合図をした。
廊下へでたとき、ちょうど部屋の前を、団体の宿泊客が通りかかった。
俺が声をかけると、彼らはいまから外出するところだと返してくる。
「夢乃、この人たちと一緒にフロントまでおりろ。あと、絶対ひとりにはなるな。必ず誰か周りに人がいるところにいろよ。このホテルへも桜井刑事に迎えにきてもらったほうがいい。必要な買い物も、彼に荷物持ちで付き合わせればいいだろう?」
俺の言葉にうなずき、夢乃は宿泊客の集団と一緒に、エレベーターホールへと向かった。
その夢乃の後ろ姿を見送りながら、いままで考えこんでいたらしいトラが俺へ口を開く。
「俺、いまから親父に連絡を入れて、帰る日を延ばしてくるよ。あの状態のあいつを残して帰る気にはならないし。それに、けっこう俺も役にたつと思うしさ」
トラのありがたい言葉を聞いたとき、いままで無言でくっついてきていたほーりゅうが口をだした。
「一応知りたいんだけれど。トラって強いの? ジプシーと比べて、どっちが上?」
「ほーりゅう、それ、失礼だろ」
呆れた俺に、まあまあとトラはいいながら、ほーりゅうへ嫌な顔をせずに答える。
「気になるよなぁ。でも、俺とあいつとは本気でやりあったことがないんだ。三、四年ほど昔に練習として手合わせした感覚では、同レベルかな。あえていうなら、あいつは瞬発型で俺は持久型なんだよ。だから、一瞬で敵を倒すなら奴が上だし、長い作戦展開だと俺が上かな」
納得したのか、ふぅんとうなずいたほーりゅうに、俺は続けて言った。
「ほーりゅう、悪いがひとりで十分ほど、奴を見ておいてくれないか。体調のことや運んできた男のことも含めて、奴に聞かせたくない話をトラとふたりだけで打ち合わせたい」
「体調って、いま、ジプシーってどういう状態なわけ? そんなに悪いの?」
無邪気にそう訊ねてきたほーりゅうに、どこまで理解できるかなと思いながらも、簡単に説明する。
心配性の夢乃にいえば、それこそ泊まりこみになりそうだから口にはできないが。
「奴をここまで運んでくれたのも、さっきかけてきた電話も、おそらく我龍だ。我龍は、ジプシーが十年前の事件のフラッシュバックを起こしていると言った」
「――なに? それ。フラッシュバックって?」
怪訝な表情を浮かべるほーりゅうに、俺は声をひそめて早口で続ける。
「昔の記憶が呼び起こされるのがフラッシュバック。それが起爆剤となって、恐怖や痛みや悲嘆などの精神的打撃を食らってショックを受けることをショック症状。俺は昔、族の仲間がバイクで派手に事故ったときに救急車がくるまでついていたことがある。体温低下や震え、呼吸も脈拍も速くなり弱くなるなど、そのときにみたショック症状といまの奴の状態が似ているんだ。本当ならこのまま近くの病院へ奴を運びこみたいところだが、意識が戻っているいま、奴が納得しないだろうな」
「――それで、わたしは、なにをしたらいい?」
ちょっと不安そうに訊いてきたほーりゅうへ、俺は肩に手をかけて言い聞かせるように告げた。
「ショック症状の応急処置としては、体温低下を防ぐために毛布などを掛けて保温したりするが。ぎりぎりいまの精神状態を保っている奴について、おまえは黙ってそばについているだけでいいと思う。そしてこっちの都合だけで、おまえには悪いが、俺らが戻ってきたら、本当にこのあとは俺らとは一切かかわるな。マジな話、命の保証ができない」
傷の手当てをしながら、夢乃の小言が続く。
心配していたぶん、言葉が増えているようだ。
ジプシーはといえば、夢乃の言葉を聞いているのかいないのか、ベッドの上で意識を取り戻したあとは、仰向けで包帯を巻かれた両腕で顔を隠したまま返事をしない。
そんな様子を見ながら無表情を装っている俺は、内心の動揺を隠せなかった。
確認していない。
だが、電話をかけてきたのは我龍だと、俺の勘が告げている。
夢乃には電話の最後の内容を伝えていないので、いま目の前のジプシーの症状についてなんなのか、気がついていない。
ただ単純に、崖から転がり落ちたための傷のせいだと考えているだろう。
だが、我龍から、ジプシーが十年前の事件のフラッシュバックを起こしていると知らされた俺は違った。
そして俺は、ジプシー本人から前に、事件当日から約半年のあいだの記憶がないと聞いている。
俺から見ても、いまの奴は明らかにフラッシュバックからくるショック症状を起こしている。
「手当は終わり! しばらく安静よ。聞いてる?」
そう言いながら救急箱のふたをしめた夢乃は、俺のほうへ振り返った。
「フロントに返してくるわ。あと、必要なものは別に、これからこちらでそろえてくるわね」
「そうか……。そうだな」
そう夢乃に返事をした俺は、その場で離れて様子をうかがっていたほーりゅうとトラにも廊下へでるように、目で合図をした。
廊下へでたとき、ちょうど部屋の前を、団体の宿泊客が通りかかった。
俺が声をかけると、彼らはいまから外出するところだと返してくる。
「夢乃、この人たちと一緒にフロントまでおりろ。あと、絶対ひとりにはなるな。必ず誰か周りに人がいるところにいろよ。このホテルへも桜井刑事に迎えにきてもらったほうがいい。必要な買い物も、彼に荷物持ちで付き合わせればいいだろう?」
俺の言葉にうなずき、夢乃は宿泊客の集団と一緒に、エレベーターホールへと向かった。
その夢乃の後ろ姿を見送りながら、いままで考えこんでいたらしいトラが俺へ口を開く。
「俺、いまから親父に連絡を入れて、帰る日を延ばしてくるよ。あの状態のあいつを残して帰る気にはならないし。それに、けっこう俺も役にたつと思うしさ」
トラのありがたい言葉を聞いたとき、いままで無言でくっついてきていたほーりゅうが口をだした。
「一応知りたいんだけれど。トラって強いの? ジプシーと比べて、どっちが上?」
「ほーりゅう、それ、失礼だろ」
呆れた俺に、まあまあとトラはいいながら、ほーりゅうへ嫌な顔をせずに答える。
「気になるよなぁ。でも、俺とあいつとは本気でやりあったことがないんだ。三、四年ほど昔に練習として手合わせした感覚では、同レベルかな。あえていうなら、あいつは瞬発型で俺は持久型なんだよ。だから、一瞬で敵を倒すなら奴が上だし、長い作戦展開だと俺が上かな」
納得したのか、ふぅんとうなずいたほーりゅうに、俺は続けて言った。
「ほーりゅう、悪いがひとりで十分ほど、奴を見ておいてくれないか。体調のことや運んできた男のことも含めて、奴に聞かせたくない話をトラとふたりだけで打ち合わせたい」
「体調って、いま、ジプシーってどういう状態なわけ? そんなに悪いの?」
無邪気にそう訊ねてきたほーりゅうに、どこまで理解できるかなと思いながらも、簡単に説明する。
心配性の夢乃にいえば、それこそ泊まりこみになりそうだから口にはできないが。
「奴をここまで運んでくれたのも、さっきかけてきた電話も、おそらく我龍だ。我龍は、ジプシーが十年前の事件のフラッシュバックを起こしていると言った」
「――なに? それ。フラッシュバックって?」
怪訝な表情を浮かべるほーりゅうに、俺は声をひそめて早口で続ける。
「昔の記憶が呼び起こされるのがフラッシュバック。それが起爆剤となって、恐怖や痛みや悲嘆などの精神的打撃を食らってショックを受けることをショック症状。俺は昔、族の仲間がバイクで派手に事故ったときに救急車がくるまでついていたことがある。体温低下や震え、呼吸も脈拍も速くなり弱くなるなど、そのときにみたショック症状といまの奴の状態が似ているんだ。本当ならこのまま近くの病院へ奴を運びこみたいところだが、意識が戻っているいま、奴が納得しないだろうな」
「――それで、わたしは、なにをしたらいい?」
ちょっと不安そうに訊いてきたほーりゅうへ、俺は肩に手をかけて言い聞かせるように告げた。
「ショック症状の応急処置としては、体温低下を防ぐために毛布などを掛けて保温したりするが。ぎりぎりいまの精神状態を保っている奴について、おまえは黙ってそばについているだけでいいと思う。そしてこっちの都合だけで、おまえには悪いが、俺らが戻ってきたら、本当にこのあとは俺らとは一切かかわるな。マジな話、命の保証ができない」
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