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【第四章】対エージェント編『・・・!』
第103話 ほーりゅう
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これは、まずい。
銃を不法所持しているジプシーの立場が、圧倒的に不利だ。
飛びだしていきたいのに、やはり椅子に押しつけられたまま動けないわたしは、キッとツンツン頭の彼を振り仰ぐ。
すると、彼は視線をジプシーに向けたまま、小さな声でささやいた。
「いま、きみが飛びだしても、あいつを助けられないだろう? もう少し様子をみるべきだ」
でも、このままじゃ、ジプシーが捕まっちゃう!
わたしが抗議の声をあげようとしたとき、新たにレストランの入り口に姿を現した人影が叫んだ。
「彼は警視庁の私服刑事です! 周囲への配慮が足りず、お騒がせいたしました!」
凛とした通る声に、その場にいた全員が、思わず声の主へ視線を移した。
「――夢乃まで?」
間違いない。
普段は見たことがない大人っぽい服装だけれど、どう考えても夢乃だ。
夢乃は黒いパンツスーツ姿で、右手でチョコレート色の警察手帳を開き、内側の身分証を高く掲げて立っていた。
その言葉と姿に、一気に場の雰囲気が緩んで安堵のため息に包まれた。
そして、そのときわたしは、最初に声をあげたブロンド女性の姿が消えていることに気がついた。
それは、時間的にジプシーも同じだったのだろう。
自分も含めた皆が一瞬夢乃に視線を移したときに見失ったらしく、周囲を見渡して舌打ちをする姿が見えた。
「おまえ、足、どうかしたのか?」
京一郎が夢乃に声をかけながら近寄っていく。
夢乃は、そばの椅子に手を添えて身体を支えながら、折りたたんだ先ほどの身分証を、ジプシーへゆっくり手渡した。
「ちょっと、ここに到着するまでにくじいちゃって。でも冷やせば大丈夫。テーピングすれば歩けると思うし」
夢乃の言葉を聞きながら、無言でジプシーは手渡された警察手帳を開く。
身分証票と記章に目を通して内容を確認すると、ジャケットの内ポケットの端に茄子環を留めて滑りこませた。
それから、浮かない表情となったジプシーの悔しそうにつぶやく小さな声が、わたしのところまで聞こえた。
「くそっ! お互いに顔の知らない状態で、いきなり先手を打たれた。これでこちらの正体が周囲にバレた上に、存在する敵の確認が俺にはできていない。――格が違うってことか」
わたしは、その三人の光景に、まるで転入したてのころの壁が見えた。
――声をかけづらい、一抹の寂しさ。
ブロンド髪の女性の遺留品となるライターを、ハンカチ越しに拾いあげたジプシーは、それをそのまま包んでポケットに入れた。
そして京一郎は、わたしがいることに気がつかないまま夢乃に肩を貸して、レストランの外へ向かって歩いていく。
そのあとを、女性に捻りあげられた右手首を気にするようにさすりながら、首をかしげたジプシーが続いて出ていった。
わたしは黙ってその後ろ姿を見送ったあと、ようやくわたしの肩から手をのけたツンツン頭の彼を一睨みしてから、瑠璃のほうへ振り返る。
「いまの人たちの部屋番号、教えてくれる? たぶん、このホテルに泊まっているよね?」
瑠璃は困った顔になる。
そして、わたしの目をのぞきこむようにして口を開いた。
「わかるでしょ。普通、ホテルの宿泊客の情報は教えられないのよ。――ほーりゅう、あなた、なにか危険なことに首を突っ込んでいるのではないでしょうね?」
わたしは一瞬、言葉に詰まる。
まだ、危険かどうかはわからないのが本音だ。
でも、どういう状況なのかを夢乃や京一郎やジプシーから聞かないと、わたしが気になるし危険かどうかもわからない。
「あの人たち、わたしが転校した先での、え~っと、地域担当の警察の人なの。顔見知り。どうしても話をしたいことがあるの。瑠璃には迷惑をかけないから、お願い、教えて」
手を合わせて拝むわたしを、瑠璃はため息をついて見つめ返してきた。
瑠璃がオーナーである父親に事情を連絡し、支配人から部屋番号を確認してくれているあいだ、わたしはその支配人室のドア前で待った。
そして、そのあいだに、なぜかその場までついてきた、わたしがあの場に飛びだすのを制したツンツン頭の彼に、指を突きつけて叫ぶ。
「あんた、なんでここまでついてくるのよ!」
「だって、俺が待っていた友人ってのが、いまきみが部屋番号を確認している奴だからね」
そう返され、人待ち顔だった彼の行動を思いだして納得しかけたけれど、ふと思い当たる。
いま、ここにいる彼。
果たして味方なのだろうか?
ジプシーは、普段は表の世界で生活しているけれども、一方では裏の世界でも生きている。
この人、もしかしたら敵としてジプシーを探している可能性だって、あるんじゃないの?
わたしの視線に気がついたのか、訝しげに見た彼へ黙っていることができず、単刀直入にわたしは訊いてみた。
「あんたって、ジプシーの敵? 味方?」
驚いたように彼はわたしを見たあと、口を開いた。
「その言い方だと、きみは奴の裏事情まで知っている感じだな」
そして、そばに寄ってきた彼はわたしの耳もとで、小さな声でささやいた。
「俺は、聡の味方だよ」
――この人、ジプシーの下の名前を知っている!
裏世界の人間は、ジプシーの身元を知らないはずだ。
でも、これだけでは本当に味方かどうかわからないなと、腕を組んで考えこんだわたしに、逆に今度は彼が聞いてきた。
「そう言うきみは、奴の味方なわけ?」
すぐにわたしは言い返す。
「もちろん、わたしは味方よ。あいつの友だち」
案の定、彼が突っ込んでくる。
「友だちね。証拠は? あいつのどんなこと、知っているの?」
――そうだ。
わたしって、あいつのなにを知っているんだろう?
好きな食べ物? よく聴いている音楽? よく読んでいる本?
そんなこと、いままで面と向かって聞いたことがない。
「えっと、わたしが知っている、あいつのことと言えば……」
彼に見つめられながら一生懸命考えたわたしは、ようやく小さな声で口にした。
「――策略家で腹黒い男のわりには、心配ごとがあると食事がのどに通らない小心者」
わたしの言葉を聞いて驚いた顔をした彼は、その一瞬のあと、大爆笑した。
「当たっているよ、きみ。よくあいつの性格を知っている」
そして、笑いながら彼は続けた。
「――でも、そのことは尋ねられても、もうほかの誰にも言うなよ。敵対する相手にバレると長期戦に持ちこまれる弱点だから」
お腹を押さえて笑い転げている彼の言葉を聞いて、わたしは、はっと気がついた。
そうか!
これってジプシーの個人情報であり、弱点でもあるんだ。
わたしと彼は、瑠璃に聞いた番号の部屋の前までやってきた。
けれど、ここまできていながら、わたしは躊躇する。
ためらったわたしの代わりに、あっさりとツンツン頭の彼がドアをノックした。
少しの間があったあとドアが開き、驚いた表情の京一郎がわたしを出迎える。
「おまえ! ――なんでここにいるんだ?」
そう言いながらも、廊下で姿を長時間見られないようにするためなのか、すぐに部屋のなかへと招きいれられた。
部屋の奥まで進むと、京一郎以上にびっくりした顔の夢乃とジプシーが、わたしとツンツン頭の彼の顔を見比べる。
そして夢乃が、唖然としたまま口を開いた。
「なぜ、ほーりゅうがこの場にいて、――トラくんまで一緒にいるのかしら?」
銃を不法所持しているジプシーの立場が、圧倒的に不利だ。
飛びだしていきたいのに、やはり椅子に押しつけられたまま動けないわたしは、キッとツンツン頭の彼を振り仰ぐ。
すると、彼は視線をジプシーに向けたまま、小さな声でささやいた。
「いま、きみが飛びだしても、あいつを助けられないだろう? もう少し様子をみるべきだ」
でも、このままじゃ、ジプシーが捕まっちゃう!
わたしが抗議の声をあげようとしたとき、新たにレストランの入り口に姿を現した人影が叫んだ。
「彼は警視庁の私服刑事です! 周囲への配慮が足りず、お騒がせいたしました!」
凛とした通る声に、その場にいた全員が、思わず声の主へ視線を移した。
「――夢乃まで?」
間違いない。
普段は見たことがない大人っぽい服装だけれど、どう考えても夢乃だ。
夢乃は黒いパンツスーツ姿で、右手でチョコレート色の警察手帳を開き、内側の身分証を高く掲げて立っていた。
その言葉と姿に、一気に場の雰囲気が緩んで安堵のため息に包まれた。
そして、そのときわたしは、最初に声をあげたブロンド女性の姿が消えていることに気がついた。
それは、時間的にジプシーも同じだったのだろう。
自分も含めた皆が一瞬夢乃に視線を移したときに見失ったらしく、周囲を見渡して舌打ちをする姿が見えた。
「おまえ、足、どうかしたのか?」
京一郎が夢乃に声をかけながら近寄っていく。
夢乃は、そばの椅子に手を添えて身体を支えながら、折りたたんだ先ほどの身分証を、ジプシーへゆっくり手渡した。
「ちょっと、ここに到着するまでにくじいちゃって。でも冷やせば大丈夫。テーピングすれば歩けると思うし」
夢乃の言葉を聞きながら、無言でジプシーは手渡された警察手帳を開く。
身分証票と記章に目を通して内容を確認すると、ジャケットの内ポケットの端に茄子環を留めて滑りこませた。
それから、浮かない表情となったジプシーの悔しそうにつぶやく小さな声が、わたしのところまで聞こえた。
「くそっ! お互いに顔の知らない状態で、いきなり先手を打たれた。これでこちらの正体が周囲にバレた上に、存在する敵の確認が俺にはできていない。――格が違うってことか」
わたしは、その三人の光景に、まるで転入したてのころの壁が見えた。
――声をかけづらい、一抹の寂しさ。
ブロンド髪の女性の遺留品となるライターを、ハンカチ越しに拾いあげたジプシーは、それをそのまま包んでポケットに入れた。
そして京一郎は、わたしがいることに気がつかないまま夢乃に肩を貸して、レストランの外へ向かって歩いていく。
そのあとを、女性に捻りあげられた右手首を気にするようにさすりながら、首をかしげたジプシーが続いて出ていった。
わたしは黙ってその後ろ姿を見送ったあと、ようやくわたしの肩から手をのけたツンツン頭の彼を一睨みしてから、瑠璃のほうへ振り返る。
「いまの人たちの部屋番号、教えてくれる? たぶん、このホテルに泊まっているよね?」
瑠璃は困った顔になる。
そして、わたしの目をのぞきこむようにして口を開いた。
「わかるでしょ。普通、ホテルの宿泊客の情報は教えられないのよ。――ほーりゅう、あなた、なにか危険なことに首を突っ込んでいるのではないでしょうね?」
わたしは一瞬、言葉に詰まる。
まだ、危険かどうかはわからないのが本音だ。
でも、どういう状況なのかを夢乃や京一郎やジプシーから聞かないと、わたしが気になるし危険かどうかもわからない。
「あの人たち、わたしが転校した先での、え~っと、地域担当の警察の人なの。顔見知り。どうしても話をしたいことがあるの。瑠璃には迷惑をかけないから、お願い、教えて」
手を合わせて拝むわたしを、瑠璃はため息をついて見つめ返してきた。
瑠璃がオーナーである父親に事情を連絡し、支配人から部屋番号を確認してくれているあいだ、わたしはその支配人室のドア前で待った。
そして、そのあいだに、なぜかその場までついてきた、わたしがあの場に飛びだすのを制したツンツン頭の彼に、指を突きつけて叫ぶ。
「あんた、なんでここまでついてくるのよ!」
「だって、俺が待っていた友人ってのが、いまきみが部屋番号を確認している奴だからね」
そう返され、人待ち顔だった彼の行動を思いだして納得しかけたけれど、ふと思い当たる。
いま、ここにいる彼。
果たして味方なのだろうか?
ジプシーは、普段は表の世界で生活しているけれども、一方では裏の世界でも生きている。
この人、もしかしたら敵としてジプシーを探している可能性だって、あるんじゃないの?
わたしの視線に気がついたのか、訝しげに見た彼へ黙っていることができず、単刀直入にわたしは訊いてみた。
「あんたって、ジプシーの敵? 味方?」
驚いたように彼はわたしを見たあと、口を開いた。
「その言い方だと、きみは奴の裏事情まで知っている感じだな」
そして、そばに寄ってきた彼はわたしの耳もとで、小さな声でささやいた。
「俺は、聡の味方だよ」
――この人、ジプシーの下の名前を知っている!
裏世界の人間は、ジプシーの身元を知らないはずだ。
でも、これだけでは本当に味方かどうかわからないなと、腕を組んで考えこんだわたしに、逆に今度は彼が聞いてきた。
「そう言うきみは、奴の味方なわけ?」
すぐにわたしは言い返す。
「もちろん、わたしは味方よ。あいつの友だち」
案の定、彼が突っ込んでくる。
「友だちね。証拠は? あいつのどんなこと、知っているの?」
――そうだ。
わたしって、あいつのなにを知っているんだろう?
好きな食べ物? よく聴いている音楽? よく読んでいる本?
そんなこと、いままで面と向かって聞いたことがない。
「えっと、わたしが知っている、あいつのことと言えば……」
彼に見つめられながら一生懸命考えたわたしは、ようやく小さな声で口にした。
「――策略家で腹黒い男のわりには、心配ごとがあると食事がのどに通らない小心者」
わたしの言葉を聞いて驚いた顔をした彼は、その一瞬のあと、大爆笑した。
「当たっているよ、きみ。よくあいつの性格を知っている」
そして、笑いながら彼は続けた。
「――でも、そのことは尋ねられても、もうほかの誰にも言うなよ。敵対する相手にバレると長期戦に持ちこまれる弱点だから」
お腹を押さえて笑い転げている彼の言葉を聞いて、わたしは、はっと気がついた。
そうか!
これってジプシーの個人情報であり、弱点でもあるんだ。
わたしと彼は、瑠璃に聞いた番号の部屋の前までやってきた。
けれど、ここまできていながら、わたしは躊躇する。
ためらったわたしの代わりに、あっさりとツンツン頭の彼がドアをノックした。
少しの間があったあとドアが開き、驚いた表情の京一郎がわたしを出迎える。
「おまえ! ――なんでここにいるんだ?」
そう言いながらも、廊下で姿を長時間見られないようにするためなのか、すぐに部屋のなかへと招きいれられた。
部屋の奥まで進むと、京一郎以上にびっくりした顔の夢乃とジプシーが、わたしとツンツン頭の彼の顔を見比べる。
そして夢乃が、唖然としたまま口を開いた。
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