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【第三章】サイキック・バトル編『ジプシーダンス』

第93話 京一郎

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「で、もうひとつの罠が生徒会長っていうのは? なんで会長が、麗香さんの能力を消す精神的トラップになるわけ?」

 不思議そうな表情を浮かべたほーりゅうの質問へ、会長は楽しそうに笑った。

「私もやられたよ。ほら」

 そう言いながら、会長は右手で反対の手首にかかる制服の袖を少し、ほーりゅうに返して見せる。
 服の下に隠れていたその手首には、墨で書かれたような梵字があった。

「外から見えなくて書けるところ全身に、江沼に書かれていたのだ。どうやら私自身が、彼女の術が効かない防御結界というものの塊にされたらしいな。彼女が実際、最後の時点で術が使えたかどうかわからない。だが、いままでと同じ術の使い方をしているのに、ただの通りすがりの普通の人間に対してさえ術が使えない、相手に術が効かないと思わせる。それで彼女は、駄目押しの精神パニックを起こす。能力を狂わせる罠のひとつとしては有りだな」

 感心したように会長は言った。
 面白そうな計画なので、攻撃される危険を承知で、会長は話に乗ることを快諾したのだろう。
 ジプシーは、俺との計画の打ち合わせのときに、放課後、今回の事情を知っている会長に、計画協力のために頭を下げにいくと言っていた。

 なんと告げて了解を取ったか知らねぇが、会長の全身に防御結界。
 その場面を想像すると、ちょっと笑える。



 いまの会長の説明で、理解できたかどうか怪しいほーりゅうは、それ以上考えることを放棄したらしい。
 今度は、違うことを訊いてきた。

「ジプシー。あのさ、あんたが彼女に怪我をさせられる罠のほうだけれど。あれ、本当にわざとだよね?」

 どういうことか言葉の真意がわからず、俺もジプシーも彼女を見つめる。
 すると、ほーりゅうは、言いにくそうにその名前を口にした。

「ジプシー、今回も――本当は前の文化祭のときも、我龍が近くで様子を見ていたのよ。今日、その我龍がジプシーの結界に触れちゃったから、麗香さんの攻撃をジプシーが食らう原因になっちゃったでしょ? それって、計画の一部じゃなくて偶然の出来事じゃないのかなって思って」

 我龍が見ていた?
 奴はいまも、この近くにいるっていうのか?

 その言葉に、ジプシーは腕を組んでしばらく考えてこんでいたが、これはほーりゅうに説明しないといけないだろうと思ったのだろうか。
 己の感情を切り捨てたような無表情で、口を開いた。

「前回の文化祭のとき、俺はたしかに、奴の気配を近くで感じた気がした。今回も、結界に触ってきたときは一瞬誰だかわからなかったが……。俺の怪我も計画のひとつだから、彼女から攻撃を食らうタイミングを計っていたし。だから、奴が現れたのは偶然だが、タイミングを利用させてもらった形にはなる」

 淡々と説明するジプシーの言葉に、俺は、いくつかのことが思い当たった。

 そうか。
 本当に文化祭の日にもいまも、我龍は近くにいたのか。
 文化祭のときに強盗犯が落ちたあと、ジプシーが考えこんでいた様子を、ほーりゅうがやけに気にしていた。
 あのときだろうか。

 それを聞いたほーりゅうが、なにかを思いだしたようだ。
 今度は勢いこんで、ジプシーに詰め寄る。

「そういえばわたし、今日、三階の窓から落ちたよね? あれもまさか計画のうち? 下まで普通に落ちていたらどうするつもりだったのよ! 今回もわたし、我龍に助けられちゃったから良かったけれど!」

 これはジプシーが返事をする前に、俺が口を開いた。

「こいつは、文化祭の一件も今回は頭に入れていたよ。ほら、術を使う前に結界を張るようにするって文化祭のあとで言っていただろう? 今回は窓の下すべてに防御結界を張っていたんだ。なんせ、午前中から夕方まで、教師の目を盗んで校内あらゆるところに、闘い場所が移動することを想定して結界を張りまくりに動いていたジプシーだから」

 こういうところは抜かりのない完璧主義だ。
 なるほどと黙りこんだほーりゅうを横目で見ながら、今度は俺が気になったことをジプシーに告げるために、奴のそばへと近寄った。
 ほーりゅうには、聞かせないほうがいい質問だ。

「なあ」

 無言で俺へ視線を向けてきた奴に、俺は声をひそめてささやく。

「おまえが怪我をしているあの状況で、高橋麗香が攻撃を仕掛けてくるってわかったとき、ほーりゅうがおまえをかばって立ちふさがる性格だってこと、初めから計算に入れていたのか?」

 すると、俺と目が合った奴は、片方の眉をあげてみせて、視線をそらした。

 ――なるほどね。
 それも計算のうちか。
 いくら高橋麗香の攻撃が実害のないものだとわかっていても、こういうときのおまえって、俺から見ても腹黒い、いい性格しているよ。
 情け容赦のない奴だ。
 他人に対しても。
 ――それ以上に、自分に対しても。

 こいつは演技がうまいのだから、自分は術にかからず、彼女の攻撃を食らったフリをしていても良かったんだ。
 彼女とほーりゅうさえ騙せれば。
 例えジプシーが無傷であっても、大怪我に見えるのは、術を仕掛けた彼女と、術にかかっているほーりゅうなのだろうから。
 なのに、彼女たちを苦しめた償いとして、あえて自分も、ぎりぎりまで痛めつける真似をしたのだ。



「これから、彼女と話し合ってくる」

 話がひと段落したところで、静かにジプシーが告げた。

「いまから、俺ひとりで彼女と話し合ってくる。能力のない普通の彼女と」

 それを聞いた俺は、うなずいた。

「そうだな。これからはおまえ個人のプライベートな話だもんな。俺たちが口をだすことじゃない」

 そして俺は、それこそ周りの誰にも聞こえないように、ジプシーの肩に手を回し、抱きかかえるようにして、耳もとでささやいた。

「おまえ、無抵抗で彼女に刺されてやるような真似だけはするなよ」

 ジプシーは、一瞬動きをとめたように見えた。
 だが、すぐに俺を見返してくる。

「わかっている」

 ――こいつ。
 いま釘をさしておいて良かったぜ。
 状況によっては、彼女の気が済むならと刺されてやる気だったんだ。
 昔からこいつは、自分の命を軽んじているところがある。

 本当に俺の言葉が届いたかどうかはわからない。
 だが、奴からその返事を聞いたところで、俺は打って変わった口調となって、ジプシーに訊ねた。

「そういえばさ、おまえ、今回の計画を会長に頼むとき、見返りを要求されるかどうかって言っていたよな。あれ、本当になにか、要求された?」

 すると、奴は会長を一瞥したあと、いままでの無表情を崩して明らかにムッとした様子を見せながら、小さく俺にささやいた。

「――携帯の番号とメアドの交換」



 俺は思わず、腹を抱えて大爆笑をしてしまった。
 会長やほーりゅう、夢乃から冷たい視線を浴びてしまう。

 ――いいじゃねぇか、笑うくらい。
 馬鹿にした笑いじゃないんだ。
 俺は嬉しくて笑ったんだ。

 いままで、俺と夢乃の二件しか登録のなかったジプシーの携帯に、新しいアドレスがひとつ増えたんだからさ。
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