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【第三章】サイキック・バトル編『ジプシーダンス』

第92話 ほーりゅう

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 どのくらい、時間が経ったのだろう。
 数分か、いや、数秒のことかもしれない。

 やばい! はやくジプシーを病院に連れていかないと! と、ようやく頭がまわりはじめたとき、うつむいたままの麗香さんが、つぶやいた。

「――あなたのほうが、わたしより強いってこと? わたし、負けたのかしら……」

 そして、麗香さんは座りこんだまま、自分の目の前に、ゆっくりと両手をかざす。

「力が、思い通りにでないのよ。――なぜ? わたしがあなたに負けたから? 力を使い過ぎたから? 力の出し方が、使い方がわからなくなってきた……」
「それは客観的にみて、力の乱用でオーバーヒートし、その回路が焼き切れたため、だろうな。もうきみに、術を使う能力は残ってはいない」

 突然、廊下に朗々とした声が響き渡った。
 わたしは驚いて、声のするほうへと振り向く。

「――え? 生徒会長?」

 ゆっくりとわたしと麗香さんのほうへ、苦笑しているような表情の会長が、歩み寄ってくるのがみえた。

「まったく。一昨日の後始末の仕事が山積みで、この時間までかかって、こちらは事後処理をしているというのに。また校内で乱闘騒ぎか」

 そして、座りこんだままの麗香さんの正面で立ちどまると、会長は居丈高に見おろした。

「他校生のきみ。私も一昨日の件はここに居合わせたから、だいたいの事情は把握している。私が思うに、もうきみには術を使う力も、奴を振り向かせる力も残っていない。あきらめろ」

 一方的に言われた麗香さんは、プライドを傷つけられたように険しい表情となりながら、わずかにまぶたを開く。

「――あなたに、なにがわかるっていうの? ただの人間のくせに」
「きみだって、もういまは力を持たない、ただの人間だろう?」

 突然、彼女は身を起こすと、会長にぶつかるように向かっていった。
 そして、制服越しに会長の胸もとへ、両手を当てて押しつける。
 けれど、なにも起こらない。

 ――あれはきっと、わたしに仕掛けてきた触覚による衝撃波の体勢なんだろうけれど、力が発動されなかった。
 本当に会長の言う通り、力と思えるものがなにもでなくなったんだ……。

 蒼白となった麗香さんは、首を左右に振りながら、ゆっくりと後ずさる。
 そして、声をかける間もなく、身をひるがえして一気に走りだした。
 会長が通ってきた廊下を突き当たって曲がり、階段を駆けおりる気配がする。

「江沼、彼女はたぶん、このまま校外へでるぞ」

 会長がそう小さく口にしたとき、足もとから軽い揺れを感じた気がした。
 そしてわたしは、無意識に瞳を閉じる。

 ――これはきっと、復元結界がとかれた瞬間だ。

 わたしが、ふたたび目を開いたとき。
 窓や壁が破壊されて炎と煙をあげていた廊下は、この時間にふさわしい、何事もなかったかのような当たり前の風景と静寂に包まれていた。



「彼女、いま校門を抜けたな」

 窓辺に近寄り、外の様子をうかがっていた生徒会長は、誰ともなくつぶやいた。

 そうか、結界が消えたために、彼女は学校の外へでられたんだ。
 彼女が向かう先は、やっぱり自分の家なのだろうか?

 そのとき、ようやく京一郎と夢乃が、わたしのところへと走り寄ってきた。

「復元結界ってすごいなぁ。一瞬ですべてが元通りだなんてさ。で、最後って、結局炎に阻まれて、俺らほとんど見えていなかったんだけれど。うまく予定通りにいったってことか?」

 京一郎がわたしに向かって訊いてきた。

「うん、たぶん……」

 会長の言葉通りだとしたら、麗香さんの能力は消えたことになる。
 ぼんやりとそう答えていたけれど。
 ハッと思いだした。

 っていうか、ジプシー!
 傷だらけで血まみれの彼を、病院に運ばなきゃ!
 結界が消えても人の怪我は治らないって、ジプシー本人が言っていたじゃない!

 わたしは、傷だらけで倒れているジプシーに駆け寄ろうと、慌てて視線を彼へと向ける。
 そして、何気に立ちあがって制服のズボンについた汚れをはたいているジプシーを、言葉なく目を見開いて見つめてしまった。

 ――あれ?
 普通に立っているように見えるけれど?

 呆然としているわたしを一瞥すると、ジプシーはいつもの見慣れた無表情で口を開く。

「ほーりゅう、バカ面になってる」

 なんですって!

 思わず詰め寄り、ジプシーの胸倉をつかんだわたしは怒鳴った。

「心配したのに! その言い草って、なに? 心配したわたしの気持ちを返してよ! あんたの大怪我、どこへやったぁ!」

 怒り心頭のわたしの両手を、器用に胸もとから外しながら、ジプシーは淡々と告げた。

「俺は、はじめから怪我なんかしていない。ほーりゅうも俺も、会長以外の全員が、彼女の術である集団催眠にかかっていただけだ」
「え? ――集団催眠?」
「そう、彼女の能力は催眠術。ただの幻覚だ。でも、ひとりで集団を操ったり、校舎にひびが入ったように見せたり炎をだしたりと、けっこうな力の持ち主だったな」

 無表情のジプシーを見つめながら、わたしは愕然とする。

 催眠術って、そんな簡単にかけられるもので、人に幻覚を見せられるものなの?

「幻覚って、――だってわたし、吹っ飛ばされたりしたよ?」
「おまえが吹っ飛ばされたと思わされて、自分で倒れていただけだ」

 催眠術。
 なぜか力が抜けて、その場にわたしはへたりこんだ。
 そして、思いだして両手を見ると、たしかに、あれほどべったりと右手についていた血が消えていた。
 ――あれも、幻覚だったんだ?

 そうか。
 わたしの超能力は、本当に実害を及ぼすけれど、彼女の催眠術なら、ただの暗示だし。
 ある意味、見せかけているだけだもの。
 最初にそうと聞いていたら、わたしは本気で、彼女に向かって攻撃できていないかもしれない。
 同じような実害のある能力だと思ったから、全力で闘えた気がする。
 でも……。なんだか、複雑。

「だが、いくらただの暗示や幻覚でも、度を過ぎると厄介なものに変わりはない」

 さすがに術の発動をずっと続けていて疲れたのだろうか。
 表情にはださないが、壁に寄りかかりながら続けるジプシーに、わたしは確認した。

「あのさ、本当に彼女の能力って、消えたの? どうやって消えたかもわからないけれど、やっぱりオーバーヒートが原因なの?」

 すると、そばで黙ってわたしたちの会話を聞いていた会長が、顎に手をあてながら口をはさんできた。

「私から見ても、彼女の力は消えているだろうな。消えたというより、使えなくなったという感じか。なかなかの心理作戦だった。オーバーヒートと敗北が引き金だが、そのあとのふたつの精神的重圧が駄目押しだ。私までをトラップとして用意するとは徹底している」

 精神的重圧?
 なんのことかわかんないし、それに会長がトラップだったの?

 会長は、変な顔をしているわたしへ目を向けると、親切にも説明してくれた。

「彼女にとっての一番の精神的重圧は、江沼に大怪我を負わせたって思ったことだ。たとえ自分の造りだした幻覚だったとしても。あの混乱の場で幻覚ではなく本当に傷つけたと、自分の能力がリアル過ぎて勘違いしたんだ」
「なんで、ジプシーの大怪我がトラップなのよ」

 京一郎が会長の言葉をついで、わたしに教えてくれる。

「言葉で言ってもおまえ、理解しねぇだろうから。例えば、こう想像してみろよ。おまえ自身のその力が、好きな相手に大怪我を負わせてしまったとしたらってさ」

 なによ。
 この様子じゃ会長も京一郎も、はじめから計画の内容を、すべて知っていたみたいじゃない? 

 わたしは頬をふくらませたけれど、京一郎の言葉で、ハッとする。

 そうか。
 そうだよね。
 もしわたしが、自分が持っているこの力で、あの文化祭で出会った一目惚れの彼に、大怪我をさせたとしたら。
 単純にわたしはきっと、こんな力さえなかったら、とか、なくなればいいのにって思うだろう。
 ジプシーは、それを狙ったんだ。

「――そうだよね。これが、精神的にダメージを与えるってことなんだね」

 でもね、ジプシー。
 これは実際にやられると、本当にきついと思う。

「こんな計画立てて実行するなんて、あんた、やっぱり性格悪いよ」

 わたしは思わず、つぶやくように声にだしていた。
 聞こえたらしいジプシーは、さすがに無表情を崩す。
 なにに対してか、ちょっと嫌そうな表情で言葉を返してきた。

「おまえなぁ。――俺にも充分、リスクのある計画だったんだ。生半可な演技では、彼女の最大の力を引きだせないだろうから。彼女の術にかかっているあいだは、怪我をしたと思わされている俺も、本当に失神寸前の激痛はあったんだ」

 そうか。
 演技じゃなくて、全員が術にかかったものね。
 さすがにジプシーでも、術にかからずの演技なんかでは、今回は彼女を欺けないか。
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