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【第三章】サイキック・バトル編『ジプシーダンス』
第90話 ほーりゅう
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「――耳もとで、大声をだすな」
かすかな声が聞こえた。
そして、わたしの上に覆いかぶさっていたジプシーが、うめき声とともに両肘を床につき、わずかに身体を起こす。
「ジプシー!」
「――だから、大きな声を、だすなって……」
少しあいた隙間から、わたしは後ずさりに這いでて、改めてジプシーを見つめた。
背中一面が血の色に染まる。
そして、流れ続け、床の上に絶え間なく広がり続ける血溜まり。
やっぱり、さっきの麗香さんの切り裂き系のかまいたち、わたしをかばってジプシーが食らっちゃったんだ!
「なんで……?」
「――悪い。誰かが、復元結界に干渉してきて、そっちに気をとられた。俺のミスだ」
それって。
干渉してきた人間って、ジプシー以上の能力者ってことになるんじゃないの?
「大丈夫。結界はまだ、破られていないから。この怪我は、とっさに防御術を、おまえに飛ばせなかった、俺のせい」
荒くなってくる息のなかで、ジプシーが小さく言葉を続ける。
麗香さんも、まさかジプシーがわたしをかばって、ここまでひどい怪我をすると思っていなかったんだろう。
「こんなこと、――あなたに、こんな怪我をさせる気なんて、全然なかったのに……」
つぶやきながら、血の気の失せた顔を横に振って、麗香さんは唖然と立ち尽くす。
どうしよう。
どう見ても、ジプシーの出血が多い。
このまま時間が経てば、命にかかわってくるかもしれない。
第一、意識を失いかねない。
そうなると、こんな事態に直面したいま、意味がようやくわかったあの長ったらしい説明にあった復元結界の条件。
ジプシーが気を失った時点で、破壊され炎もあがっているこの校舎が、このまま現実世界に残るってことなんだ。
いっそのこと、ジプシーの意識があるあいだに、復元結界を術者のジプシー自身が解いたら?
それなら、校舎のダメージだけでも戻るはず。
ジプシーを、すぐに病院へ運ぶこともできる。
今回の作戦を放棄して、また改めて次の作戦を練ろうよ。
わたしは、そうジプシーに向かって言おうとした。
――そのとき。
両肘を床についてうつむいているジプシーの胸もとで、鎖を伝って滑り落ち、炎の光を受けたロザリオが揺れて反射した。
麗香さんの瞳が、ジプシーのロザリオに釘付けになる。
「――ふたり、おそろいの、ロザリオ?」
わたしは、その言葉の意味に気がついたけれど。
ジプシーとわたしの持っているロザリオは、偶然形が似ているだけで同じじゃないって説明する暇がなかった。
たぶん、これが最近どこかで聞いたフレーズだ。
可愛さ余って憎さ百倍っていうんだろうか。
好きな相手を傷つけたショックが重なって、ロザリオを凝視する麗香さんの力が、急激に膨れあがったのがわかった。
「だめ!」
思わずわたしは立ちあがり、ジプシーの前に両手を広げて立ちふさがった。
意識をぎりぎり保っている、怪我をしているジプシーに、これ以上の攻撃なんか受けさせられない。
「あなた、そこをどきなさいよ! 潰してやる! そんなロザリオなんか、なくなってしまえばいい!」
そう叫ぶ麗香さんに、それでもわたしは退けない。
ジプシーのロザリオは、彼のお母さんの形見だと知っているから。
絶対に、壊させるわけにはいかない。
彼女の放った大きな気の塊を正面から受け、自分の力の発動が間にあわなかったわたしは、ジプシーを飛び超えるように吹きあげられた。
そして叩きつけられる先は、外に面した廊下の窓ガラス。
その瞬間。
苦痛に歪んだ表情のジプシーが、それでも力を振り絞ってわたしに左手を伸ばしてきた。
吹き飛ばされるわたしの右手首をつかむ。
でも、彼の血にまみれたわたしの右手を、握力の弱くなったジプシーは、握り切れずに滑って離してしまった。
そのままわたしは、窓ガラスを割って、三階の窓から外へ、身体ごと飛びだしてしまう。
――これって。
もしかして本当にヤバい?
これじゃあ、文化祭のときの、四階から落ちた強盗犯の二の舞だ。
ただし、吹き飛ばすほうじゃなくて、わたしが落ちるほうで。
そう思った瞬間、わたしの身体は重力に従って、一気に落下をはじめた。
かすかな声が聞こえた。
そして、わたしの上に覆いかぶさっていたジプシーが、うめき声とともに両肘を床につき、わずかに身体を起こす。
「ジプシー!」
「――だから、大きな声を、だすなって……」
少しあいた隙間から、わたしは後ずさりに這いでて、改めてジプシーを見つめた。
背中一面が血の色に染まる。
そして、流れ続け、床の上に絶え間なく広がり続ける血溜まり。
やっぱり、さっきの麗香さんの切り裂き系のかまいたち、わたしをかばってジプシーが食らっちゃったんだ!
「なんで……?」
「――悪い。誰かが、復元結界に干渉してきて、そっちに気をとられた。俺のミスだ」
それって。
干渉してきた人間って、ジプシー以上の能力者ってことになるんじゃないの?
「大丈夫。結界はまだ、破られていないから。この怪我は、とっさに防御術を、おまえに飛ばせなかった、俺のせい」
荒くなってくる息のなかで、ジプシーが小さく言葉を続ける。
麗香さんも、まさかジプシーがわたしをかばって、ここまでひどい怪我をすると思っていなかったんだろう。
「こんなこと、――あなたに、こんな怪我をさせる気なんて、全然なかったのに……」
つぶやきながら、血の気の失せた顔を横に振って、麗香さんは唖然と立ち尽くす。
どうしよう。
どう見ても、ジプシーの出血が多い。
このまま時間が経てば、命にかかわってくるかもしれない。
第一、意識を失いかねない。
そうなると、こんな事態に直面したいま、意味がようやくわかったあの長ったらしい説明にあった復元結界の条件。
ジプシーが気を失った時点で、破壊され炎もあがっているこの校舎が、このまま現実世界に残るってことなんだ。
いっそのこと、ジプシーの意識があるあいだに、復元結界を術者のジプシー自身が解いたら?
それなら、校舎のダメージだけでも戻るはず。
ジプシーを、すぐに病院へ運ぶこともできる。
今回の作戦を放棄して、また改めて次の作戦を練ろうよ。
わたしは、そうジプシーに向かって言おうとした。
――そのとき。
両肘を床についてうつむいているジプシーの胸もとで、鎖を伝って滑り落ち、炎の光を受けたロザリオが揺れて反射した。
麗香さんの瞳が、ジプシーのロザリオに釘付けになる。
「――ふたり、おそろいの、ロザリオ?」
わたしは、その言葉の意味に気がついたけれど。
ジプシーとわたしの持っているロザリオは、偶然形が似ているだけで同じじゃないって説明する暇がなかった。
たぶん、これが最近どこかで聞いたフレーズだ。
可愛さ余って憎さ百倍っていうんだろうか。
好きな相手を傷つけたショックが重なって、ロザリオを凝視する麗香さんの力が、急激に膨れあがったのがわかった。
「だめ!」
思わずわたしは立ちあがり、ジプシーの前に両手を広げて立ちふさがった。
意識をぎりぎり保っている、怪我をしているジプシーに、これ以上の攻撃なんか受けさせられない。
「あなた、そこをどきなさいよ! 潰してやる! そんなロザリオなんか、なくなってしまえばいい!」
そう叫ぶ麗香さんに、それでもわたしは退けない。
ジプシーのロザリオは、彼のお母さんの形見だと知っているから。
絶対に、壊させるわけにはいかない。
彼女の放った大きな気の塊を正面から受け、自分の力の発動が間にあわなかったわたしは、ジプシーを飛び超えるように吹きあげられた。
そして叩きつけられる先は、外に面した廊下の窓ガラス。
その瞬間。
苦痛に歪んだ表情のジプシーが、それでも力を振り絞ってわたしに左手を伸ばしてきた。
吹き飛ばされるわたしの右手首をつかむ。
でも、彼の血にまみれたわたしの右手を、握力の弱くなったジプシーは、握り切れずに滑って離してしまった。
そのままわたしは、窓ガラスを割って、三階の窓から外へ、身体ごと飛びだしてしまう。
――これって。
もしかして本当にヤバい?
これじゃあ、文化祭のときの、四階から落ちた強盗犯の二の舞だ。
ただし、吹き飛ばすほうじゃなくて、わたしが落ちるほうで。
そう思った瞬間、わたしの身体は重力に従って、一気に落下をはじめた。
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