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【第二章】 文化祭編『最終舞台(ラストステージ)は華やかに』

第39話 京一郎

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 目の前の、式神召喚の陣。
 その前で片膝をつき、両手で印契を結んで真言を唱えている、クラシックな衣装に身を包んだ黒髪の可愛らしい美少女……に化けている男。

 ――変な構図。
 なんて考えている場合じゃない。
 俺には、もうひとつ気になることがあった。

 じつは、俺も夢乃も、そちら方面の才能がまったくないために、ジプシーの召喚する式神とやらが視えない。
 しかし、狙ったところに当てることができないとはいえ、超能力と呼ばれるものを持っているらしいほーりゅうだ。
 彼女には、果たしてジャンル違いのそれは、視えるものなのだろうか? 

 皆で陣を見つめていたそのとき、ジプシーの目線が陣からはずれ、すっと上を向いた。
 夢乃がジプシーの動作に気づき、視えてはいないのだろうが、ジプシーと同じように上を向く。
 だが。
 ほーりゅうはワクワクとした表情で、まだ陣を見つめていた。

 ――そうか、こいつにも式神は視えていないんだ。
 それが、非常に残念なような、同類で嬉しいような……。

 目でしばらく式神を追っていたらしいジプシーが、急に立ちあがった。

「向かいの職員室棟、四階の理科室前」

 独鈷をひとつつかむと、ジプシーは、屋上から階段へと続く扉へ向かって走りだした。

「くそっ! マジで強盗犯がいたのか!」

 俺も夢乃も、ひとつずつ独鈷をつかんで、奴のあとを追うように走りだす。

「あ~! わたしだけ! なにか名前知らないけれど、ソレがない!」

 取り損ねて悔しがるような声をあげながらも、ほーりゅうは仕方がなさそうに、最後に残ったFAX用紙を拾って走りだした。



 階段を駆けおりながら、夢乃が隣を走る俺へ向かって声をかける。

「理科室って、もしかして強盗犯は、持ちだし禁止の薬品狙いってこと?」
「理科室は偶然かもしれないな。文化祭で、生徒棟と講堂と運動場はいま、一般客もあふれている。開放していない職員室棟の上の階は、そういう意味では人がいない。ただ単に隠れる場所として選んだんじゃねぇかな」

 四階には渡り廊下がない校舎構造なので、いったん三階まで降りてから渡り廊下を走る。
 その途中で俺はスピードをあげ、夢乃と後ろを走るほーりゅうを引き離した。
 先頭で駆けだした、長いドレスで走りにくそうなジプシーに追いつく。

「四階へ続く階段をあがった直後にひとり」

 ジプシーが俺へ、指示をだす。
 俺は、FAXで送られてきていた、ふたりの男の顔写真を思い浮かべた。

 ――俺の直感だ。
 たぶん、階段をあがった直後に待ち構えているのは、筋肉質の男のほうだろう。
 それなら、こちらに分があるのは、力よりもスピードだ。

 俺は動きにくいジプシーより先に、階段を駆けあがる。
 そして、その階段の途中へとさしかかったとき。
 まがり角で待ち構えていた男が突然姿を現し、上から俺へ飛びかかってきた。

 聞いていたおかげで、俺は階段の真ん中で一瞬左へと身体をかわす。
 同時に、男の腹に思い切り右足を振って蹴りあげた。
 相手は俺の動きを予測していなかったのだろう。
 きれいに蹴りが決まり、男が身体をくの字に曲げて、バランスを崩しながら低くなる。

 俺はそのまま横をすり抜け駆けあがる。
 すれ違いざまに後ろから体重をかけて、右の腕刀わんとうを延髄めがけて叩きつけた。
 男は前のめりにふらついた。
 そこへジプシーが追いつく。

 ジプシーは右手を差しだし、前のめりになっていた男の右手を握手するかのようにつかむ。
 そのまま身体を反転させると、握った手の左下からくぐり抜け、男を階段下の踊り場へ投げ飛ばした。
 さらに、間髪入れず飛びおりたジプシーの片膝が、仰向けに倒れる男の鳩尾へと食いこむ。

 俺の勢いに任せた攻撃に加えて、ジプシーの基本忠実で正確な技が決まった。
 筋肉質の男のほうは、これで間違いなく意識不明だろう。
 やり過ぎの感はあるが、なんといっても相手は強盗犯。
 確実に倒すためだ。仕方がない。
 俺とジプシーはお互いに、無言で親指を立ててOKの合図を交わした。



 そのとき、ほーりゅうと夢乃が俺たちに追いついた。

「なに? もう終っちゃった? なによこの人、泡吹いてんじゃん。大丈夫なの?」

 残念そうに唇を尖らせたほーりゅうの口を、夢乃が慌てて押さえる。
 そうだ、もうひとり。
 写真をみた俺の感覚では、たぶんこの筋肉男より頭の回りそうな、ずる賢いイメージの男がいるはずだ。

 今度は近くまで近づいていることもあり、全員でゆっくりと足音を立てないように、歩いて階段をあがりはじめた。
 階段をあがりきったところでジプシーが、曲がり角から顔をだし、廊下と片側に並ぶ教室の様子をうかがう。

「――人のいる気配がしないな」
「いまのあいだに逃げたのか? 式神は?」
「廊下向こうの突き当たりに、なにか落ちている……。トラップかな? 式神はその上に乗っている。あれは――服の上着かな。もうひとりの男の落とし物かも。もっと先へ飛ばす」

 そっと俺ものぞいてみるが、廊下の奥のほうで落ちている服だけが確認できた。
 当然、式神は視えない。
 ジプシーの言葉から察するに、式神は、もうひとりの男を探索するために、別のところへ飛んでいったはずだ。

 廊下の片側は、すべて外に向かった窓だ。
 開いたりしまったりしているが、とくに異常は感じられない。
 だが、その向かいに並ぶ教室のどこかに、飛ぶ式神からは確認できない位置で潜んでいる可能性は、ある。

 ここで眺めていても、らちが明かないと思ったのか。
 ジプシーは、ゆっくりと廊下へ足を踏みだした。

 俺は、一番近い教室の開きっぱなしのドアから、暗いなかをのぞきこむ。
 それから、一度振り向いて、背後にいる夢乃へ声をかけた。

「おまえらふたりは、ここで待っていろ。絶対に動くなよ」

 俺は夢乃がうなずくのを確認してから、ふたたび教室のなかへ、今度は気配を確認しつつするりと忍びこんだ。
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