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【第二章】 文化祭編『最終舞台(ラストステージ)は華やかに』
第38話 京一郎
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俺は、放送を聞いた直後に駆けだした。
文化祭ということで人が多いから走りにくいが、今日に限っては、堂々と廊下を走っても咎める教師は見当たらない。
階段を駆けおりようとしたところで、偶然ほーりゅうと合流した。
「京一郎、いまの放送、聞いた?」
「だから急いでいる。夢乃の呼び出しに続いて、夢乃の声でジプシーも呼び出しだ。なにかあったんだ」
階段をおりてから、ふたりで渡り廊下を走って職員室棟へ向かう。
「そういえば。おまえ、ジプシーを追いかけていなかったか? 奴はどうした。もう職員室に行ったのか?」
「知らない。――途中で、まかれちゃったもの」
「ドジ」
まあ、職員室へ行けば奴と会えるだろうと思い、俺は職員室のドアの前までたどり着いた。
背後で呼吸困難を起こしているほーりゅうを放っといて、俺は職員室のなかをのぞく。
ジプシーと夢乃が職員室の奥にいた。
まだジプシーは、ジュリエットの舞台衣装のままだった。
放送のタイミングを考えると、着替える時間がなかっただろうから当然か。
「――江沼!」
職員室だと考慮して、名字を呼んだ俺の声が聞こえたのだろう。
手もとの紙を見ながら職員室の電話を使っていたジプシーが顔をあげて、俺の姿を確認する。
そして、俺へ向かって短く口を動かした。
「独鈷三本、屋上へ」
そのまま紙へ視線を戻し、電話に戻る。
俺は、瞬時に了解した。
身をひるがして職寝室をあとにしようとした俺の後ろを、ほーりゅうがまた、走ってついてこようとする。
「おまえは夢乃のところにいろ! あとで必ず合流するから!」
そう叫んで、俺は一気に走りだした。
走るのが遅いほーりゅうを連れ回したくない。
彼女は、さすがに追いつけないとわかったら、諦めて夢乃と一緒にいるだろう。
俺は渡り廊下を走り抜け、校舎の出入り口の方面へと向かった。
走りながら考える。
独鈷は本来、護摩のときに使う代物だと奴から聞いている。
だが、正規の陰陽師として継承していない異端なジプシーは、精神集中と術発動の媒体としてこれを使っている。
生徒の靴箱兼ロッカーが並ぶ場所に着き、俺は普段から預かっているジプシーの合鍵を取りだした。
「あいつ、独鈷って言ったよな」
つぶやきながら俺は、奴の持っている法具のなかから、鈷がひとつの22センチの物を選びだす。
奴の独鈷は、独鈷杵武術でも使えるようにと鉄製だが、いままでに体術でこれを使っている姿を見たことがない。
校内で、これを使わなければならないなにかが起こったのだろうか?
俺がいつもの待ち合わせ場所となる屋上に着くと、ほーりゅうが手招きをしながら叫んだ。
「京一郎、遅いっ!」
いつもなら「悪いね」とか言いながら合流するところだが、ほーりゅうに先に口にされると言いにくい。
ジプシーは片膝をついて、黒板に使うチョークで小さな陣を描いている途中だった。
俺は近づいていき、そばで見ている夢乃の横へ黙って並ぶ。
以前にもなんどか見たことがある。
これは――たしか、ジプシー専用の式神召喚の陣だ。
夢乃が黙ったまま、俺のほうへ、一枚のFAX用紙を渡してきた。
これは、さっきジプシーが、職員室の電話口で見ていた紙だろうか。
そう思いつつ視線を落とすと、そこには、ふたりの男の上半身写真が載っていた。
ひとりは、目もとが神経質そうな細身の男。
もうひとりは大柄な感じがする、太い首から肩口にかけて筋肉質的な男。
どちらも人相は、非常によろしくない。
「現在指名手配中の強盗犯ふたり組」
夢乃が俺に説明する。
だろうな。
そんな感じの関わりたくないタイプの男たちだ。
「今朝、潜伏先を発見して踏みこんだら、逃げたあとだったそうよ。とくに拳銃などは所持していないらしいけれど。逃げた先が偶然にも、この高校の敷地内の可能性があるって連絡があったの」
「――それって、普通にヤバくねぇ? 今日はただでさえ文化祭で人が増えてんじゃん。さっさと警察が入って探す……ってわけにはいかないか。校内がパニックになるうえに、本当に逃げこんでいたら、警察を見たとたんに人質をとって暴れそうな連中だよな」
「それに、さっき職員室で確認したら、文化祭開催の挨拶のあと、すぐに校長先生は用事で出かけてしまっていて、連絡が取れるのは11時を回るそうよ」
「そして」
描き終わったジプシーが立ちあがり、夢乃から写真の紙を受け取る。陣の真ん中に据え置くと、その上へ俺が渡した独鈷を配しながら言葉を続けた。
「警察と学校の協定かなにか知らないが、学校側の責任者の承諾がなければ、警察は学校の敷地内に勝手に入ることができないはずだ」
それが本当なら相当ヤバいんじゃねぇ?
強盗犯、校内に隠れ放題だ。
ジプシーは両手で印契を結ぶと、ささやくように告げた。
「いまから学校の校内に連中がいるかどうかをみる。いなけりゃ夢乃の親父さんに連絡だけ。もしいたら、学校敷地外へ連中を追いだす」
文化祭ということで人が多いから走りにくいが、今日に限っては、堂々と廊下を走っても咎める教師は見当たらない。
階段を駆けおりようとしたところで、偶然ほーりゅうと合流した。
「京一郎、いまの放送、聞いた?」
「だから急いでいる。夢乃の呼び出しに続いて、夢乃の声でジプシーも呼び出しだ。なにかあったんだ」
階段をおりてから、ふたりで渡り廊下を走って職員室棟へ向かう。
「そういえば。おまえ、ジプシーを追いかけていなかったか? 奴はどうした。もう職員室に行ったのか?」
「知らない。――途中で、まかれちゃったもの」
「ドジ」
まあ、職員室へ行けば奴と会えるだろうと思い、俺は職員室のドアの前までたどり着いた。
背後で呼吸困難を起こしているほーりゅうを放っといて、俺は職員室のなかをのぞく。
ジプシーと夢乃が職員室の奥にいた。
まだジプシーは、ジュリエットの舞台衣装のままだった。
放送のタイミングを考えると、着替える時間がなかっただろうから当然か。
「――江沼!」
職員室だと考慮して、名字を呼んだ俺の声が聞こえたのだろう。
手もとの紙を見ながら職員室の電話を使っていたジプシーが顔をあげて、俺の姿を確認する。
そして、俺へ向かって短く口を動かした。
「独鈷三本、屋上へ」
そのまま紙へ視線を戻し、電話に戻る。
俺は、瞬時に了解した。
身をひるがして職寝室をあとにしようとした俺の後ろを、ほーりゅうがまた、走ってついてこようとする。
「おまえは夢乃のところにいろ! あとで必ず合流するから!」
そう叫んで、俺は一気に走りだした。
走るのが遅いほーりゅうを連れ回したくない。
彼女は、さすがに追いつけないとわかったら、諦めて夢乃と一緒にいるだろう。
俺は渡り廊下を走り抜け、校舎の出入り口の方面へと向かった。
走りながら考える。
独鈷は本来、護摩のときに使う代物だと奴から聞いている。
だが、正規の陰陽師として継承していない異端なジプシーは、精神集中と術発動の媒体としてこれを使っている。
生徒の靴箱兼ロッカーが並ぶ場所に着き、俺は普段から預かっているジプシーの合鍵を取りだした。
「あいつ、独鈷って言ったよな」
つぶやきながら俺は、奴の持っている法具のなかから、鈷がひとつの22センチの物を選びだす。
奴の独鈷は、独鈷杵武術でも使えるようにと鉄製だが、いままでに体術でこれを使っている姿を見たことがない。
校内で、これを使わなければならないなにかが起こったのだろうか?
俺がいつもの待ち合わせ場所となる屋上に着くと、ほーりゅうが手招きをしながら叫んだ。
「京一郎、遅いっ!」
いつもなら「悪いね」とか言いながら合流するところだが、ほーりゅうに先に口にされると言いにくい。
ジプシーは片膝をついて、黒板に使うチョークで小さな陣を描いている途中だった。
俺は近づいていき、そばで見ている夢乃の横へ黙って並ぶ。
以前にもなんどか見たことがある。
これは――たしか、ジプシー専用の式神召喚の陣だ。
夢乃が黙ったまま、俺のほうへ、一枚のFAX用紙を渡してきた。
これは、さっきジプシーが、職員室の電話口で見ていた紙だろうか。
そう思いつつ視線を落とすと、そこには、ふたりの男の上半身写真が載っていた。
ひとりは、目もとが神経質そうな細身の男。
もうひとりは大柄な感じがする、太い首から肩口にかけて筋肉質的な男。
どちらも人相は、非常によろしくない。
「現在指名手配中の強盗犯ふたり組」
夢乃が俺に説明する。
だろうな。
そんな感じの関わりたくないタイプの男たちだ。
「今朝、潜伏先を発見して踏みこんだら、逃げたあとだったそうよ。とくに拳銃などは所持していないらしいけれど。逃げた先が偶然にも、この高校の敷地内の可能性があるって連絡があったの」
「――それって、普通にヤバくねぇ? 今日はただでさえ文化祭で人が増えてんじゃん。さっさと警察が入って探す……ってわけにはいかないか。校内がパニックになるうえに、本当に逃げこんでいたら、警察を見たとたんに人質をとって暴れそうな連中だよな」
「それに、さっき職員室で確認したら、文化祭開催の挨拶のあと、すぐに校長先生は用事で出かけてしまっていて、連絡が取れるのは11時を回るそうよ」
「そして」
描き終わったジプシーが立ちあがり、夢乃から写真の紙を受け取る。陣の真ん中に据え置くと、その上へ俺が渡した独鈷を配しながら言葉を続けた。
「警察と学校の協定かなにか知らないが、学校側の責任者の承諾がなければ、警察は学校の敷地内に勝手に入ることができないはずだ」
それが本当なら相当ヤバいんじゃねぇ?
強盗犯、校内に隠れ放題だ。
ジプシーは両手で印契を結ぶと、ささやくように告げた。
「いまから学校の校内に連中がいるかどうかをみる。いなけりゃ夢乃の親父さんに連絡だけ。もしいたら、学校敷地外へ連中を追いだす」
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