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【第一章】出会い編
第21話 ジプシー
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夜空を仰ぎ、よろりと壁に寄りかかる俺。
状況がわからず立ち尽くす足立真美。
そんな俺たちを交互に見比べたほーりゅうは、てへっと頭をかいて、照れ笑いを浮かべた。
「――なんで」
俺は額に片手をあてて、どうにか言葉をさがす。
「――なんで、おまえがここにいるんだ」
「あんたを尾行したからよ」
「――京一郎は」
「京一郎は、わたしの不意打ちを食らって沈みました。あ、でも、通りかかった用務員のおじさんに頼んできたから大丈夫よ」
得意げに親指を立てグッとOKサインを送ってきた彼女を、俺は呆然と見つめる。
――あの京一郎が。
こんな女の不意打ちを食らうだなんてことが、あるのだろうか?
俺のなかに、ざわりとした、言い知れぬ不安と恐怖が走る。
この女は、害がないなんてものじゃない。
彼女の存在そのものが、それと気づかせないほど巨大な災厄なのではなかろうか。
第一、なぜこの女は俺の術にかかっていないんだ?
「でも、あんたを見失ったあとは、この庭で迷ってたのよね」
黙りこんでいた俺へ向かって、さらりと彼女は言葉を続ける。
そのあまりにも無防備な行動に、常日頃から冷静沈着を心がけている俺だが、さすがに頭に血がのぼった。
するっと俺の口から低く、怒りのオーラをまとった言葉がもれる。
「――状況を見極めろよ。馬鹿野郎」
「わたしに、あんたの状況なんか、わかるわけがないでしょ?」
開き直っているのか、ほーりゅうは腰に手をあてて顎をあげた。
「――だったら、尾行なんて真似をするなよな」
「わたしに隠しごとをするからよ」
「――今日初対面の人間に、なんでもかんでも言えるかよ」
「その初対面に向かって、失礼なことは言うくせに?」
「なに? だいたいおまえは」
「ちょっと、それより逃げなくていいの? この状況からして、逃げるところなんでしょ?」
ほーりゅうが目の前に人差し指を立てて振り、俺の言葉をさえぎる動作をした。
腹が立つそのジェスチャーに、俺は舌打ちをしながらも、素早く考えをまとめる。
まさか、ほーりゅうをここに置いていくわけにはいかない。
無関係であるうえに、彼女は俺の素性を知っている。
「言われなくても逃げるさ。――ったく。足手まといの役立たずが増えやがって」
最短の逃走路を頭のなかに描きながらつぶやくと、その悪態が聞こえたらしい。
ほーりゅうは、ムッとした表情となって口を尖らせた。
「そりゃあ、ここの庭では迷ったけれど。わたし、いますぐあんたの役に立ってあげるわよ」
俺は、目指す方向へと彼女たちを促しながら、ほーりゅうへ言い返す。
「できもしないことを言うな。黙ってさっさとついてこい」
「やん。少しのあいだくらい待ってくれてもいいじゃない? けち」
ほーりゅうは、二の腕に触れた俺の手を振り切って、するりと逃れた。
彼女の能天気さが、おさめようとしている俺の怒りの火を煽る。
「いい加減にしろ! 本当に状況がわかっているのか? この能天気女!」
「あんたこそ、本当に融通のきかない男ね! わたしがここで出口を作ってやろうって言ってんのに!」
「この分厚い壁でもぶち抜く気か? やれるもんならやってみろ!」
彼女が指をさした壁へ同じように指をさしながら、俺は、自分でも呆れるほどの子どもじみたことを、売り言葉に買い言葉で、つい口にしてしまう。
まったく。こいつといると、俺の調子と予定が狂ってくる。
なんで俺は、こんな女と関わりあってしまったんだ?
長時間ここに留まっていては、術が解かれて無効化してしまう恐れがある。
その前に俺は、言うことをきかないほーりゅうの意識を失わせ、担いで走る覚悟を決めた。
表情から、そんな俺の考えが読めたのだろうか。
あるいは、俺にまったく殺気を消す気がなかったために、包む空気が変化したことに気づいたのかもしれない。
ほーりゅうは一歩さがり、俺を睨みつけて身構えた。
そんな彼女に合わせ、俺は当て身を食らわせようと、一歩、ゆらりと踏みだした。
その瞬間。
踏みだした足もとから、俺は異様な気配を感じた。
場に、違和感を覚えたと言うべきか。
一瞬、どこかで似た感覚を体験したという遠い記憶が、俺のなかでよみがえる。
そして、それがいつのことだったのか思いだす前に、俺の本能と修練の賜物が身体を反応させた。
俺は、後ろにさがりながら足立真美を背後にかばう。
ほーりゅうと俺のあいだの目の高さの空間に、左手の人差し指と中指をそろえて五芒星を描くと、素早く両手で印契を結んだ。
普段は、ほとんど使わない簡易防御結界だ。
急であるために、結界強度の確認ができないまま術を発動させる。
同時に俺は、こちらを睨みつけるほーりゅうの胸の前で、常人は可視することができないであろう光が集まり輝くのを視た。
状況がわからず立ち尽くす足立真美。
そんな俺たちを交互に見比べたほーりゅうは、てへっと頭をかいて、照れ笑いを浮かべた。
「――なんで」
俺は額に片手をあてて、どうにか言葉をさがす。
「――なんで、おまえがここにいるんだ」
「あんたを尾行したからよ」
「――京一郎は」
「京一郎は、わたしの不意打ちを食らって沈みました。あ、でも、通りかかった用務員のおじさんに頼んできたから大丈夫よ」
得意げに親指を立てグッとOKサインを送ってきた彼女を、俺は呆然と見つめる。
――あの京一郎が。
こんな女の不意打ちを食らうだなんてことが、あるのだろうか?
俺のなかに、ざわりとした、言い知れぬ不安と恐怖が走る。
この女は、害がないなんてものじゃない。
彼女の存在そのものが、それと気づかせないほど巨大な災厄なのではなかろうか。
第一、なぜこの女は俺の術にかかっていないんだ?
「でも、あんたを見失ったあとは、この庭で迷ってたのよね」
黙りこんでいた俺へ向かって、さらりと彼女は言葉を続ける。
そのあまりにも無防備な行動に、常日頃から冷静沈着を心がけている俺だが、さすがに頭に血がのぼった。
するっと俺の口から低く、怒りのオーラをまとった言葉がもれる。
「――状況を見極めろよ。馬鹿野郎」
「わたしに、あんたの状況なんか、わかるわけがないでしょ?」
開き直っているのか、ほーりゅうは腰に手をあてて顎をあげた。
「――だったら、尾行なんて真似をするなよな」
「わたしに隠しごとをするからよ」
「――今日初対面の人間に、なんでもかんでも言えるかよ」
「その初対面に向かって、失礼なことは言うくせに?」
「なに? だいたいおまえは」
「ちょっと、それより逃げなくていいの? この状況からして、逃げるところなんでしょ?」
ほーりゅうが目の前に人差し指を立てて振り、俺の言葉をさえぎる動作をした。
腹が立つそのジェスチャーに、俺は舌打ちをしながらも、素早く考えをまとめる。
まさか、ほーりゅうをここに置いていくわけにはいかない。
無関係であるうえに、彼女は俺の素性を知っている。
「言われなくても逃げるさ。――ったく。足手まといの役立たずが増えやがって」
最短の逃走路を頭のなかに描きながらつぶやくと、その悪態が聞こえたらしい。
ほーりゅうは、ムッとした表情となって口を尖らせた。
「そりゃあ、ここの庭では迷ったけれど。わたし、いますぐあんたの役に立ってあげるわよ」
俺は、目指す方向へと彼女たちを促しながら、ほーりゅうへ言い返す。
「できもしないことを言うな。黙ってさっさとついてこい」
「やん。少しのあいだくらい待ってくれてもいいじゃない? けち」
ほーりゅうは、二の腕に触れた俺の手を振り切って、するりと逃れた。
彼女の能天気さが、おさめようとしている俺の怒りの火を煽る。
「いい加減にしろ! 本当に状況がわかっているのか? この能天気女!」
「あんたこそ、本当に融通のきかない男ね! わたしがここで出口を作ってやろうって言ってんのに!」
「この分厚い壁でもぶち抜く気か? やれるもんならやってみろ!」
彼女が指をさした壁へ同じように指をさしながら、俺は、自分でも呆れるほどの子どもじみたことを、売り言葉に買い言葉で、つい口にしてしまう。
まったく。こいつといると、俺の調子と予定が狂ってくる。
なんで俺は、こんな女と関わりあってしまったんだ?
長時間ここに留まっていては、術が解かれて無効化してしまう恐れがある。
その前に俺は、言うことをきかないほーりゅうの意識を失わせ、担いで走る覚悟を決めた。
表情から、そんな俺の考えが読めたのだろうか。
あるいは、俺にまったく殺気を消す気がなかったために、包む空気が変化したことに気づいたのかもしれない。
ほーりゅうは一歩さがり、俺を睨みつけて身構えた。
そんな彼女に合わせ、俺は当て身を食らわせようと、一歩、ゆらりと踏みだした。
その瞬間。
踏みだした足もとから、俺は異様な気配を感じた。
場に、違和感を覚えたと言うべきか。
一瞬、どこかで似た感覚を体験したという遠い記憶が、俺のなかでよみがえる。
そして、それがいつのことだったのか思いだす前に、俺の本能と修練の賜物が身体を反応させた。
俺は、後ろにさがりながら足立真美を背後にかばう。
ほーりゅうと俺のあいだの目の高さの空間に、左手の人差し指と中指をそろえて五芒星を描くと、素早く両手で印契を結んだ。
普段は、ほとんど使わない簡易防御結界だ。
急であるために、結界強度の確認ができないまま術を発動させる。
同時に俺は、こちらを睨みつけるほーりゅうの胸の前で、常人は可視することができないであろう光が集まり輝くのを視た。
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