キスメット

くにざゎゆぅ

文字の大きさ
上 下
21 / 159
【第一章】出会い編

第21話 ジプシー

しおりを挟む
 夜空を仰ぎ、よろりと壁に寄りかかる俺。
 状況がわからず立ち尽くす足立真美。
 そんな俺たちを交互に見比べたほーりゅうは、てへっと頭をかいて、照れ笑いを浮かべた。

「――なんで」

 俺は額に片手をあてて、どうにか言葉をさがす。

「――なんで、おまえがここにいるんだ」
「あんたを尾行したからよ」
「――京一郎は」
「京一郎は、わたしの不意打ちを食らって沈みました。あ、でも、通りかかった用務員のおじさんに頼んできたから大丈夫よ」

 得意げに親指を立てグッとOKサインを送ってきた彼女を、俺は呆然と見つめる。

 ――あの京一郎が。
 こんな女の不意打ちを食らうだなんてことが、あるのだろうか?

 俺のなかに、ざわりとした、言い知れぬ不安と恐怖が走る。

 この女は、害がないなんてものじゃない。
 彼女の存在そのものが、それと気づかせないほど巨大な災厄なのではなかろうか。
 第一、なぜこの女は俺の術にかかっていないんだ?

「でも、あんたを見失ったあとは、この庭で迷ってたのよね」

 黙りこんでいた俺へ向かって、さらりと彼女は言葉を続ける。
 そのあまりにも無防備な行動に、常日頃から冷静沈着を心がけている俺だが、さすがに頭に血がのぼった。
 するっと俺の口から低く、怒りのオーラをまとった言葉がもれる。

「――状況を見極めろよ。馬鹿野郎」
「わたしに、あんたの状況なんか、わかるわけがないでしょ?」

 開き直っているのか、ほーりゅうは腰に手をあてて顎をあげた。

「――だったら、尾行なんて真似をするなよな」
「わたしに隠しごとをするからよ」
「――今日初対面の人間に、なんでもかんでも言えるかよ」
「その初対面に向かって、失礼なことは言うくせに?」
「なに? だいたいおまえは」
「ちょっと、それより逃げなくていいの? この状況からして、逃げるところなんでしょ?」

 ほーりゅうが目の前に人差し指を立てて振り、俺の言葉をさえぎる動作をした。
 腹が立つそのジェスチャーに、俺は舌打ちをしながらも、素早く考えをまとめる。
 まさか、ほーりゅうをここに置いていくわけにはいかない。
 無関係であるうえに、彼女は俺の素性を知っている。

「言われなくても逃げるさ。――ったく。足手まといの役立たずが増えやがって」

 最短の逃走路を頭のなかに描きながらつぶやくと、その悪態が聞こえたらしい。
 ほーりゅうは、ムッとした表情となって口を尖らせた。

「そりゃあ、ここの庭では迷ったけれど。わたし、いますぐあんたの役に立ってあげるわよ」

 俺は、目指す方向へと彼女たちを促しながら、ほーりゅうへ言い返す。

「できもしないことを言うな。黙ってさっさとついてこい」
「やん。少しのあいだくらい待ってくれてもいいじゃない? けち」

 ほーりゅうは、二の腕に触れた俺の手を振り切って、するりと逃れた。
 彼女の能天気さが、おさめようとしている俺の怒りの火を煽る。

「いい加減にしろ! 本当に状況がわかっているのか? この能天気女!」
「あんたこそ、本当に融通のきかない男ね! わたしがここで出口を作ってやろうって言ってんのに!」
「この分厚い壁でもぶち抜く気か? やれるもんならやってみろ!」

 彼女が指をさした壁へ同じように指をさしながら、俺は、自分でも呆れるほどの子どもじみたことを、売り言葉に買い言葉で、つい口にしてしまう。

 まったく。こいつといると、俺の調子と予定が狂ってくる。
 なんで俺は、こんな女と関わりあってしまったんだ?

 長時間ここに留まっていては、術が解かれて無効化してしまう恐れがある。
 その前に俺は、言うことをきかないほーりゅうの意識を失わせ、担いで走る覚悟を決めた。

 表情から、そんな俺の考えが読めたのだろうか。
 あるいは、俺にまったく殺気を消す気がなかったために、包む空気が変化したことに気づいたのかもしれない。

 ほーりゅうは一歩さがり、俺を睨みつけて身構えた。
 そんな彼女に合わせ、俺は当て身を食らわせようと、一歩、ゆらりと踏みだした。



 その瞬間。

 踏みだした足もとから、俺は異様な気配を感じた。
 場に、違和感を覚えたと言うべきか。

 一瞬、どこかで似た感覚を体験したという遠い記憶が、俺のなかでよみがえる。
 そして、それがいつのことだったのか思いだす前に、俺の本能と修練の賜物が身体を反応させた。

 俺は、後ろにさがりながら足立真美を背後にかばう。
 ほーりゅうと俺のあいだの目の高さの空間に、左手の人差し指と中指をそろえて五芒星を描くと、素早く両手で印契を結んだ。

 普段は、ほとんど使わない簡易防御結界だ。
 急であるために、結界強度の確認ができないまま術を発動させる。

 同時に俺は、こちらを睨みつけるほーりゅうの胸の前で、常人は可視することができないであろう光が集まり輝くのをた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Condense Nation

SF
西暦XXXX年、突如としてこの国は天から舞い降りた勢力によって制圧され、 正体不明の蓋世に自衛隊の抵抗も及ばずに封鎖されてしまう。 海外逃亡すら叶わぬ中で資源、優秀な人材を巡り、内戦へ勃発。 軍事行動を中心とした攻防戦が繰り広げられていった。 生存のためならルールも手段も決していとわず。 凌ぎを削って各地方の者達は独自の術をもって命を繋いでゆくが、 決して平坦な道もなくそれぞれの明日を願いゆく。 五感の界隈すら全て内側の央へ。 サイバーとスチームの間を目指して 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

Starlit 1996 - 生命の降る惑星 -

月夜野 すみれ
SF
『最後の審判』と呼ばれるものが起きて雨が降らなくなった世界。 緑地は海や川沿いだけになってしまい文明も崩壊した。 17歳の少年ケイは殺されそうになっている少女を助けた。 彼女の名前はティア。農業のアドバイザーをしているティアはウィリディスという組織から狙われているという。 ミールという組織から狙われているケイは友人のラウルと共にティアの護衛をすることになった。 『最後の審判』とは何か? 30年前、この惑星に何が起きたのだろうか? 雨が降らなくなった理由は? タイトルは「生命(いのち)の降る惑星(ほし)」と読んで下さい。 カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

うちのペットはもしかしたら地球を侵略するかもしれない。

ハコニワ
SF
※この作品はフィクションです。一部、残酷描写が含まれてます。苦手なかたはご遠慮を……。 ある日、両親がゴミ箱に捨てられていたペットを拾った。でも俺から見れば、触覚の生えた人間!? 違う、宇宙人だ。 ペットは地球を侵略すると宣言。ど天然彼女たちの地球侵略が始まった。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

ReaL -墓守編-

千勢 逢介
SF
速水勇三は稀有な体質を持ちながらも普通の高校生としての生活を送っていた。 あるとき彼は、さる事情から入江霧子という謎めいた少女を追うことになる。 街の地下深くまで降りていく勇三。 そこで彼を待ち受けていたのは〈もうひとつの世界〉だった。

SF作品頻出英会話重要表現※音声リンクあり

ひぽぽたます
SF
SF作品に頻出する英会話の重要表現(私が理解しづらかった構文や表現)を掲載します。 音声はYoutubeで聞けます。下方にリンクを貼りました。※英会話重要表現リスニング練習

恋するジャガーノート

まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】 遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。 クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。 対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。 道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。 『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』 シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、 光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……? ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ── 三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける! 「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください! ※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。 ※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...