キスメット

くにざゎゆぅ

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【第一章】出会い編

第14話 ジプシー

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 あの転入生。
 まったく気配が感じられなかった。

 さっきもそうだし、昼休みの屋上でもそうだった。
 彼女が教室の外で、あれだけ大胆に様子をうかがっていたことに気づかないとは、俺としたことが珍しい。

 しかし、あの転入生の目的は何であれ、考えるのは明日からだ。
 それまでに京一郎がどうにかしてくれれば、差し障りはない。

 そう結論をだした俺は、校門から続く長く緩やかなくだり坂を一気に駆けおりながら、今夜の計画のために神経を研ぎ澄ませる。
 体調は万全。問題ない。

 ところが、そう考えたとたんに、坂が終わる地点で立っている人影に気がついた。

 まったく。
 今日は、朝から予想外のアクシデントが多い日だ。



 全身に殺気をみなぎらせていた彼は、じっと鋭くこちらを睨みつけていた。
 その視線の先は間違いなく俺だ。
 どうやら俺は、彼に待ち伏せをされていたようだ。
 この高校に通う生徒で、この人物を知らぬ者はいない。

 彼の名は足立一真あだちかずま
 少し長めのさらさらとした髪が端整な顔をふちどり、険しい表情を浮かべているにもかかわらず、爽やかな印象を与えている。
 校内でもっとも人気を博している、我が校の生徒会長さまだ。

 じつは、先ほどの委員会でも顔を合わせていた。
 そのときにも、教卓前で進行していた彼からの痛いくらいの視線を感じていたのだが、こちらはわざと気づかないふりをしてプリントに目を落とし、顔をそらし続けていたのだ。

 だが、以前から――もしかしたら高校に入学したときから、直接言葉をかけられることはなかったが、俺は会長にマークをされていた気がする。
 こちらは、できるだけ目立たぬように過ごしてきたのだが、俺に関する怪しげな噂が、彼の耳に届いているためだろう。
 そして、今回の件で、ようやく俺と正面を切って話をする気にでもなったか。

 いまの俺に、時間的な余裕はない。
 しかし、高校内での噂をわざわざ肯定する必要もないと判断した俺は、抵抗のそぶりなく彼の前でゆっくりと立ち止まった。

 口火を切ったのは、会長のほうだった。

「いまからどこへ向かう気だ」

 俺は答える気がない。
 黙っていれば、俺以上に追いつめられているであろう会長が、自分の持っている手札を見せるだろうと踏んだからだ。

 俺のだんまりを感じ取った会長は、こちらの予想通り、すぐに言葉を続けた。

「妹が、昨日の朝から家へ戻ってこない。私は目撃者の話から、妹は誰かに誘拐されたと考えている。貴様が妹とどういう関係か知らんが、その様子では行方を知っているのだろう? 知っていることを洗いざらい話してもらおう」

 校内での会長は、目に入れても痛くないほどの妹の溺愛ぶり、悪くいえばシスコンとの評判を耳にしている。
 それが会長の人間的美点であり、また周囲の女子からは恋愛対象外とされている欠点ともいえる。
 そしていま、妹が戻らなくて気が気ではないということか。

 そんな心境のなかで俺の動きに気づくとは、よい勘をしている。
 あるいは、もともとマークしていた俺の行動を不審に思っただけなのだろうか。

 そして、ふと合点がいった。
 昼休み、転入生が見かけたと口にしていた屋上での人影は、なるほど、この会長のことに違いない。
 さて、この場をどう振り切ろうか……。

 そう考えを巡らせた俺の態度に、会長は苛立ったようだ。

「貴様。黙っていては、なにもわからんだろう? さっさと答えろ!」
「いやです。先輩には関係ないことですから」

 相手の高飛車な言い方に、思わず突き放した言葉が口から飛びだしてしまった。
 挑発的な返答ではなく、もう少し考えればよかったと思うが、あとの祭りだ。
 俺は短気で、つくづく修行が足りないと反省する。

 しかし、そう返事をした一瞬あとには、本能的にかがんだ俺の頭上を、ミリ単位で廻蹴まわしげりがかすめていた。
 頭上の髪が薙ぎ払われる。

 俺の言葉を予想していたのか、あるいは、もともと返答の内容に関係なく攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。
 すぐに続けて放たれた鳩尾への足刀蹴そくとうげり、そして左右の拳での連打は引身ひきみをしながら飛び退すさってかわした。
 一方的な攻撃に、俺は、ただ身体をひねって避け続けていく。

 会長は文武両道に長けると、過去に目にしたデータにあった。
 空手の有段者であり校内の空手部主将を任され、ここ最近の試合では好成績を残している。
 情報以上に実力がありそうで、俺は、久し振りに楽しくなりそうな気配を感じた。
 身体中の血が一気に熱くなる。
 きっと、いまの俺の精神が高揚しているせいもあるだろう。

 だが、残念なことに、本当に時間がなかった。
 仕方がないが、会長との攻防は次回へ持越しとなる。

 俺は、飛び退った反動を活かして踏み切ると、坂道からガードレールを越した小道へ向かって、バック転で跳んだ。
 続いて両脚にかかる衝撃。

 数メートルの高さからの着地で、かなりの負担があったが、気にするほどではなかった。
 常識を持つ会長には、無理な行動だ。
 体重も軽く機敏で――いつ命を落としてもいいくらいの気持ちでいる俺だからこそ、躊躇なく跳べる。

 そして、絶対に追いかけてこないと確信している俺は、そのまま後ろを振り向かずに全力で駆けだした。
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