キスメット

くにざゎゆぅ

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【第一章】出会い編

第4話 ジプシー

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 9月半ばの、あたたかな陽射しが気持ちのよい朝だった。
 俺は早い時間から、まだクラスメートの姿がない4階の教室の窓際にいた。
 窓枠に両腕を添えてもたれ、太陽の光にあたりながら、眼鏡越しに登校中の生徒たちをぼんやりと見下ろす。

 親譲りとなる真っ黒の髪と瞳の俺は、地味で目立たない容姿といえる。
 高くない身長と着痩せする体型で、他人からはひ弱に見られがちだ。
 その印象を最大限に利用し、俺はわざと周りには病弱だと思わせている。
 実際に学校を休むこともあるが、成績はトップクラスだ。
 校内での生活態度も気をつけているので教師の受けもよい。
 他人が嫌がる面倒な雑務をこなす学級委員長もしている。

 ただ、クラスメートとの交流は、悪くはないが良くもなかった。
 こちらが、他人とのあいだに壁を作っているせいもある。
 だが、それ以上にクラスメートを微妙に近寄りがたくさせているのは、俺の父親が陰陽師で俺自身も変な術を使うらしいという噂が、中学のときから流れているせいだろう。

 陰陽師おんみょうじ
 昨今では漫画や映画で取りあげられるせいか、意外と知っていて興味を持つ者は多い。
 だが、実際には、陰陽師と友人になりたいわけではないらしい。



 俺の父親は、本当に陰陽師だった。
 ただ、一族のなかでは理由わけありの末端寄りで、ゆえに実力はあっても陰陽師の仕事をメインにしていたわけではなかった。
 俺自身も父親から術を受け継いだが、すべてを覚える前に両親とも他界してしまった。そのあとは、身元引受人となった叔父に習った。

 クラスの連中に、そのことが噂としてどこまで伝わっているかわからない。
 俺としては、家業の仕事を理由にしたり身体の弱さを理由にしたりと、学校を休む便利な口実に使っているだけだ。

 中学へあがるころに叔父のもとを離れ、ひとりでこの街へやってきた俺は、いまだに片手で数えられるほどしか友人はいない。
 まだこの辺りでは、よそ者として見られているところもある。
 加えて中学時代は理由をつけて長期間学校を休むこともあったために、この地に居つかず、さすらっているイメージがあるのだろうか。
 俺は同じ中学出身のクラスメートから、陰で『ジプシー』と呼ばれていた。
 高校に入ったいまも、その呼び名が浸透している。



 ふいに、背後で気配を感じた。
 顔を動かさずに目で確認すると、夢乃が教室の入り口から顔をのぞかせている。
 窓際にいる俺の姿を認めた彼女は、教室のドアを開け、つかつかと教室内へと入ってきた。
 わざと俺は、ゆっくりと振り返る。

 校内では、成績はよくてもぼんやり者と思われている節がある俺に比べ、夢乃は絵に描いたような才色兼備の優等生だ。
 彼女は、すすんで俺の補佐をしてくれている。

 俺のそばまで近よってきた夢乃は、右手をあげると、そっと人差し指を俺の胸もとに突きつけてきた。

「委員長。あなた、今日の朝一番に職員室へいくようにと、先生に言われていたでしょう?」
「ああ。――そうだったな。うっかりしていた」
「あなた、そのために朝早くきたんじゃなかったの?」

 そう。そのために俺は、いつもより早く家を出てきた。
 だが、自分の机の上にカバンを置き、ふとなにげなく窓の外へ目を向けたら、突き抜けるような青空が視界に映ったのだ。

 いつもは自分の目的に影響を与えるようなことがなければ、空など気にしない。
 だが、今日は、空気が澄んだその先に広がる青色が、なぜなのか俺に、これからの未来を予感させているような……。
 本当に、ついうっかりと、そのまま窓の外を魅入るように眺めてしまっていた。

「もういいわ。わたしが職員室へいってきたから」

 ため息まじりにそう告げた夢乃の後ろから、そのとき、ひとりの女子生徒が姿を現した。

 高校指定の黒いブレザーではなく、近隣では見慣れない濃紺のセーラー服姿だ。
 長袖の手首周りに3本の赤いライン、膝を隠す長さのひだスカートの裾にも赤いラインが1本縁取っている。
 胸もとのセーラースカーフも同色の赤だった。

 やわらかで軽そうな、やや茶色がかったストレートロングの髪は、窓から射しこむ朝陽を受けて、薄紫色の天使の輪をつくっている。
 その中心にある顔のパーツでは、最初に他人の注目を惹くであろう大きな瞳。
 そして――ただでさえ大きなその眼が、いまは思いきり見開かれて、じっと俺を凝視していた。

 彼女のこの顔を、驚きの表情と受けとった俺は、ちょっと眉をひそめる。

 俺は、この少女と会った記憶はないのだが……?
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