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くにざゎゆぅ

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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』

第158話 夢乃

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「いや、でもこれを話せば、私があなたに嫌われるかな」

 ふいに、そうつぶやくと、島本さんは少し困ったように笑った。
 なので、わたしは慌てて両手を突きだし、目の前で振る。

「嫌うだなんて、そんなことは絶対にないです!」

 島本さんは、わたしから視線をそらすと、窓の外に広がる風景へ顔を向けた。

「十年も前の話だから、わざわざ持ちだして、夢乃さんの気がかりなことを増やす必要もないのですが。もう私には吹っ切れた過去ですし……」
「大丈夫です。気にしませんから」

 前置きが長くなるほど、よけいに気になってくる。
 わたしの言葉に、島本さんはどの辺りから話そうかという感じで考えこみ、おもむろに口を開いた。

「――十年前、私は十六歳のころに、失恋をしました」

 突然の思わぬ話の飛躍に驚いて、わたしは目を見開いた。
 そんなわたしへ島本さんは、昔の話ですからと笑いながら念を押す。

「いまは彼女に対して、本当に、元気で過ごしているかなと思いだす程度です。だから、深く気にしないで話を聞いてもらいたいのですが。その相手の女性は……そうですね。年若くても高貴な方だった。すべて上から目線で居丈高、言葉も命令形でしか話さない、私より三歳年上の女性でした」

 この話がどう我龍につながるのかわからなかったが、わたしは黙って耳を傾ける。
 けれど、いまの言葉だけで想像したら、相手は、なんて高慢な女性なのだろうか。

「彼女は日本人ではありませんでした。十年前に彼女が自国へ戻るとき、私は彼女とともに行くかどうかの選択を迫られて、結果、ひとり日本に残りました。そして、彼女を空港で見送った帰りに、私は我龍と出会いました」

 島本さんは、わたしの表情の動きを確かめるように視線を走らせる。
 そして、当時を思いだしたのか、ふっと表情を曇らせた。

「初めて出会ったときの我龍は七歳。そのときの事情は、彼のアイデンティティに係わるプライベートなので、ここでは話せません。でも、いまでも、よく回復できたものだと思えるほどの怪我を負っていました。意識不明で三日間眠り続けましたが、すでに精神感応能力者だった彼の事情が私には理解できたので、病院には連れて行きませんでした。そして、意識が戻ったときに、最初に彼が考えたことを、あなたはなんだと思いますか?」

 急に島本さんが、言葉の最後に質問をしてきたので、急いでわたしは思考をめぐらす。

 七歳の子どもが考えること、といえば……?
 自分の親や家のこと?
 怪我を負った前後の事情?
 でも、能力者だと考え方が違うのだろうか。
 最初になにを思うのだろう? 

 考えこんだわたしを見つめながら、島本さんは静かな声で語った。

「眠っているあいだでも、彼は持っている能力で、その時の私側の事情を知ったようです。意識が戻ったあとの彼の言動は、国へ帰った彼女と、年齢と男女という変えられない差以外のすべてがそっくりでした」

 告げられた言葉の内容に、一瞬、理解ができなかった。
 それはどういう意味かと見返したわたしへ、島本さんは続ける。

「目覚めた我龍は、年若くして気品があり、すべて上から目線で居丈高、言葉も命令形の少年でした。我龍は、私が彼を助けたことで、とっさに今度は七歳の彼が自分でできることを考えたのでしょう。彼は、自分が彼女の身代わりになることで、私の失恋の傷を癒そうと考えたのです。たとえ事情がわかっても、別のことで彼女を忘れさせようと考えるのではなく、まず、自ら身代わりになろうとした。安直で浅はかな考えといわれればそれまでですが、普通、七歳の子どもが考え、起こせる行動ではないですよね」

 わたしは呆気にとられる。
 七歳の子どもが、本当にそこまで考えたのだろうか?
 ただの島本さんの考え過ぎ、飛躍し過ぎではないのか?

 ふいに、場の雰囲気を和ませるように、島本さんは笑い声をたてた。
 軽い調子となって、言葉を続ける。

「最初に告げた通り十年前の話です。もうとっくに、私の失恋の痛手は消えています。でも、最初にできあがった我龍と私の人間関係の構図は、いまも変わらず十年間続いているのですよ。命令されたりこき使われたりすることは、考えて動くことより意外と楽なので、私が彼に甘えている状態ですね。――この話はほんの一部で、彼との出会いです。でも、一事が万事、彼はその調子です」

 そして、島本さんは目を伏せながら、ぽつりと口にした。

「私があなたに知ってもらいたい彼の人柄とは……。彼の基本的な行動は、すべてにおいて自己犠牲から成り立っているということ。そして私の願いは、ただ、彼の幸せなのです」

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