157 / 159
【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第157話 夢乃
しおりを挟む
窓を大きくとった造りなので、冬の柔らかな陽差しが店内を満たす。
島本さんの運転で、市外のカフェテラスがある大きな喫茶店に入った。
外は寒いので、店内の陽当たりの良い窓際の、大きな楕円形のテーブルに着く。
白い陶器のティーポットの取っ手が、光を受けてテーブルの上で輝いている。
「もう少し体調が回復したら、ドライブなど遠出もできます。こちらの大学もはじまってしまいますが、時間を作りますね」
島本さんは、申しわけなさそうに言う。
「そんなこと……」
会えるだけでも充分ですからと口にするのは、さすがに照れのために面と向かって続けられなかった。
島本さんは、旅行先で会ったときと少しも印象が変わっていない。
女性と見間違うほどではないが、線の細い端正な顔に浮かべる表情は穏やかだ。
さらりとした長い黒髪を柔らかくひとくくりにして、肩口から胸もとへ垂らしている。
ティーカップに添えられた指は長く、爪先は整っていた。
「本当はホテルを変えて、もう少しあちらにいるつもりでしたが、予定を変更せざるを得ない事情ができてね……」
「なにがあって? あ、例の……。その、工作員としての仕事の関係で?」
「いえ、私のほうじゃないのです。じつはあれから、我龍のほうに追っ手がかかりましてね」
あっさりと島本さんは否定する。
続けて肩をすくめながら、なんでもないことのように笑顔で言ってのけた。
「大みそかに、こちらへ戻ったあと、その足で我龍は姿をくらませています。一緒に住んでいるといっても、私のマンションは彼にとって、ただの拠点のひとつに過ぎないから」
そう告げると彼は、わたしの顔をふいにのぞきこんだ。
うっかり、我龍に対して浮かべた嫌悪の表情を読み取られてしまい、わたしは困惑する。
嫌な女だと思われただろうか。
そんなわたしの様子に、島本さんは突然訊いてきた。
「あなたは我龍の能力のことを、どこまで知っていますか?」
てっきり我龍の話題を避けるかと思ったのに、逆に話をふられ、戸惑いながらも答える。
「彼の能力ですか? 手で触れずに物を動かす力があると。あと、テレパシーと呼ばれる力を持っていると聞きましたけれど……」
文化祭のときは、宙に浮かす力を目撃したけれども、ほんの一瞬だった。
テレパシーのほうは、トラくんとほーりゅうから話だけを聞いている。
「そう。サイコキネシスと言われる念力。それとテレパシーと言われる精神感応。ただ、念力のほうは無制限ですが、精神感応に関して、彼にはいくつか制限があります。ここで制限に関してあなたに話したら、私が彼に怒られてしまうので教えられません。でも、その精神感応能力によって、私は十年前の聡くんの事件も、そのあとの我龍と聡くんと従兄弟の件も、その場で見ていたように知っています。無防備な我龍の近くで寝ると、たまに彼の夢が映像で流れこんでくるのですよ」
そう言って、島本さんは楽しそうに笑う。
そして、ふいに真面目な表情になった。
「聡くんの事件のときと、そのあとのことに関してですが。あのときの我龍は、私からみても彼の状態と性格上、ああせざるを得なかったと思います」
思わず言葉を発しかけたわたしを、島本さんは片手で制して続けた。
「あなたが聞き知っている我龍は、たぶん聡くんの従兄弟から聞いた、十年前の我龍でしょうね。私からいま、その当時や現状の我龍の考えや立場について話すことを、彼は望んでいないのでお話しできません。ただ、私から見た彼の印象を、別の話としてあなたに語るのは、構いませんよね。あなたには聡くんのそばにいる第三者として、我龍の人柄を知ってもらいたいのです」
島本さんの運転で、市外のカフェテラスがある大きな喫茶店に入った。
外は寒いので、店内の陽当たりの良い窓際の、大きな楕円形のテーブルに着く。
白い陶器のティーポットの取っ手が、光を受けてテーブルの上で輝いている。
「もう少し体調が回復したら、ドライブなど遠出もできます。こちらの大学もはじまってしまいますが、時間を作りますね」
島本さんは、申しわけなさそうに言う。
「そんなこと……」
会えるだけでも充分ですからと口にするのは、さすがに照れのために面と向かって続けられなかった。
島本さんは、旅行先で会ったときと少しも印象が変わっていない。
女性と見間違うほどではないが、線の細い端正な顔に浮かべる表情は穏やかだ。
さらりとした長い黒髪を柔らかくひとくくりにして、肩口から胸もとへ垂らしている。
ティーカップに添えられた指は長く、爪先は整っていた。
「本当はホテルを変えて、もう少しあちらにいるつもりでしたが、予定を変更せざるを得ない事情ができてね……」
「なにがあって? あ、例の……。その、工作員としての仕事の関係で?」
「いえ、私のほうじゃないのです。じつはあれから、我龍のほうに追っ手がかかりましてね」
あっさりと島本さんは否定する。
続けて肩をすくめながら、なんでもないことのように笑顔で言ってのけた。
「大みそかに、こちらへ戻ったあと、その足で我龍は姿をくらませています。一緒に住んでいるといっても、私のマンションは彼にとって、ただの拠点のひとつに過ぎないから」
そう告げると彼は、わたしの顔をふいにのぞきこんだ。
うっかり、我龍に対して浮かべた嫌悪の表情を読み取られてしまい、わたしは困惑する。
嫌な女だと思われただろうか。
そんなわたしの様子に、島本さんは突然訊いてきた。
「あなたは我龍の能力のことを、どこまで知っていますか?」
てっきり我龍の話題を避けるかと思ったのに、逆に話をふられ、戸惑いながらも答える。
「彼の能力ですか? 手で触れずに物を動かす力があると。あと、テレパシーと呼ばれる力を持っていると聞きましたけれど……」
文化祭のときは、宙に浮かす力を目撃したけれども、ほんの一瞬だった。
テレパシーのほうは、トラくんとほーりゅうから話だけを聞いている。
「そう。サイコキネシスと言われる念力。それとテレパシーと言われる精神感応。ただ、念力のほうは無制限ですが、精神感応に関して、彼にはいくつか制限があります。ここで制限に関してあなたに話したら、私が彼に怒られてしまうので教えられません。でも、その精神感応能力によって、私は十年前の聡くんの事件も、そのあとの我龍と聡くんと従兄弟の件も、その場で見ていたように知っています。無防備な我龍の近くで寝ると、たまに彼の夢が映像で流れこんでくるのですよ」
そう言って、島本さんは楽しそうに笑う。
そして、ふいに真面目な表情になった。
「聡くんの事件のときと、そのあとのことに関してですが。あのときの我龍は、私からみても彼の状態と性格上、ああせざるを得なかったと思います」
思わず言葉を発しかけたわたしを、島本さんは片手で制して続けた。
「あなたが聞き知っている我龍は、たぶん聡くんの従兄弟から聞いた、十年前の我龍でしょうね。私からいま、その当時や現状の我龍の考えや立場について話すことを、彼は望んでいないのでお話しできません。ただ、私から見た彼の印象を、別の話としてあなたに語るのは、構いませんよね。あなたには聡くんのそばにいる第三者として、我龍の人柄を知ってもらいたいのです」
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説



ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる