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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第156話 ほーりゅう
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「――ねえ、いまの人、誰?」
自転車の速度が穏やかなので、わたしは、運転中でも話しかけて大丈夫かと思ってジプシーに声をかけた。
「ああ、おまえは、いままで会ったことがなかったかな。うちの隣の家の奥さん」
そうか。
近くでもタイミングが合わなきゃ、まったく顔をあわさないお隣さんなんだ。
「夢乃のお母さんに迷惑はかけられないからね。学校とは違って、近所付き合いはできるだけ愛想良くしている」
そして、ジプシーは意味ありげに間をあけて続けた。
「とくに、いまの奥さんはね」
「それって、どういう意味?」
「今日の夕方には、おまえの名前を町内で知らない主婦はいなくなるかもな」
ジプシーの言葉を頭の中で繰り返して、ようやくその意味がわかる。
なぜかジプシーは、楽しげな調子で言った。
「クラスでは藤本みたいな感じだな。このあたりでは一番の噂好きだ」
「ちょっと! ご近所で変な噂がたったら、あんたが困るんじゃないの?」
「俺は、変な噂がたつような行動を近所では見せていない。さっきのお隣さんにしても、俺は成績優秀で真面目な佐伯さんちの息子さんだから」
成績優秀って、自分で言ってる!
――あ。
ジプシーだけ苗字が違うって、ご近所さんは知らないのかな。
その辺の事情は、わざわざ聞かないほうがいいんだろうな……。
「そういえば、京一郎からおまえに伝言があったんだ」
「え? なに?」
京一郎ったら!
昨日、わたしが買い物から戻ったときには、もう帰ったあとだった。
色々見せびらかせたかったのに。
残念。
唇を尖らせたわたしへ、自転車をゆっくりこぎながら、ジプシーは告げた。
「明日から始業式まで、おまえの冬休みの宿題をみてやるってさ。明日は朝一番に宿題と勉強道具持参で、夢乃の部屋へ来いって」
「ええっ、なにそれ! そりゃ、旅行やらなにやらで本当に手つかずだけれど。うわぁ、どうしよう」
冬休みの宿題の存在なんて、すっかり忘れていたよ。
そういえば、かなりの枚数のプリントをもらっていたっけ。
わたしの勉強ペースじゃ、始業式まで終わらないかも。
ショックを受けているわたしに、前を向いたままジプシーが続けた。
「面白そうだな。おまえの勉強に、今回は俺も付き合おうか。俺は昨年中に、宿題をすべて終わらせているから暇だし」
「え! いつの間に……。宿題写させてよ」
「駄目。自力でやれ」
「けち」
「だから、京一郎とふたりで勉強を見てやるって」
「これ以上先生が増えたら、怒られるのが二倍になるだけじゃない!」
他愛のない話をしながら、穏やかな冬の陽差しを浴びている。
美味しいものを食べに行くために、自転車の後ろに乗って楽をしているわたし。
口では意地悪なことを言っていても、意外と気を使ってくれるジプシーの背中につかまりながら、なんとなくいまは、幸せだなぁと感じている。
けれど。
わたしの心の中から消えてなくなってしまったわけじゃない、我龍の影。
自転車の速度が穏やかなので、わたしは、運転中でも話しかけて大丈夫かと思ってジプシーに声をかけた。
「ああ、おまえは、いままで会ったことがなかったかな。うちの隣の家の奥さん」
そうか。
近くでもタイミングが合わなきゃ、まったく顔をあわさないお隣さんなんだ。
「夢乃のお母さんに迷惑はかけられないからね。学校とは違って、近所付き合いはできるだけ愛想良くしている」
そして、ジプシーは意味ありげに間をあけて続けた。
「とくに、いまの奥さんはね」
「それって、どういう意味?」
「今日の夕方には、おまえの名前を町内で知らない主婦はいなくなるかもな」
ジプシーの言葉を頭の中で繰り返して、ようやくその意味がわかる。
なぜかジプシーは、楽しげな調子で言った。
「クラスでは藤本みたいな感じだな。このあたりでは一番の噂好きだ」
「ちょっと! ご近所で変な噂がたったら、あんたが困るんじゃないの?」
「俺は、変な噂がたつような行動を近所では見せていない。さっきのお隣さんにしても、俺は成績優秀で真面目な佐伯さんちの息子さんだから」
成績優秀って、自分で言ってる!
――あ。
ジプシーだけ苗字が違うって、ご近所さんは知らないのかな。
その辺の事情は、わざわざ聞かないほうがいいんだろうな……。
「そういえば、京一郎からおまえに伝言があったんだ」
「え? なに?」
京一郎ったら!
昨日、わたしが買い物から戻ったときには、もう帰ったあとだった。
色々見せびらかせたかったのに。
残念。
唇を尖らせたわたしへ、自転車をゆっくりこぎながら、ジプシーは告げた。
「明日から始業式まで、おまえの冬休みの宿題をみてやるってさ。明日は朝一番に宿題と勉強道具持参で、夢乃の部屋へ来いって」
「ええっ、なにそれ! そりゃ、旅行やらなにやらで本当に手つかずだけれど。うわぁ、どうしよう」
冬休みの宿題の存在なんて、すっかり忘れていたよ。
そういえば、かなりの枚数のプリントをもらっていたっけ。
わたしの勉強ペースじゃ、始業式まで終わらないかも。
ショックを受けているわたしに、前を向いたままジプシーが続けた。
「面白そうだな。おまえの勉強に、今回は俺も付き合おうか。俺は昨年中に、宿題をすべて終わらせているから暇だし」
「え! いつの間に……。宿題写させてよ」
「駄目。自力でやれ」
「けち」
「だから、京一郎とふたりで勉強を見てやるって」
「これ以上先生が増えたら、怒られるのが二倍になるだけじゃない!」
他愛のない話をしながら、穏やかな冬の陽差しを浴びている。
美味しいものを食べに行くために、自転車の後ろに乗って楽をしているわたし。
口では意地悪なことを言っていても、意外と気を使ってくれるジプシーの背中につかまりながら、なんとなくいまは、幸せだなぁと感じている。
けれど。
わたしの心の中から消えてなくなってしまったわけじゃない、我龍の影。
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