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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第153話 京一郎
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こいつの機嫌の良さを不思議に感じた俺は、口に出して聞いてみた。
「おまえ、もっと気落ちしているかと思った」
俺の問いに、ジプシーは顔をあげた。
真正面から、俺の顔を見る。
そのまま、しばらく考える素振りを見せたが、ジプシーはおもむろに雑誌をテーブルの上に置くと、栗をひとつ手に取って、ゆっくりと口を開いた。
「不思議に思うか?」
「ああ」
「――こうして、時間が経ってから考えてみると……。あの状況で過去の事件の記憶が戻ったとき、俺には優先すべき別のことがあった。そのために、あの場でゆっくり考える時間が持てなかった。だが、だからこそ過去に囚われ続けられずに、十年前の出来事なんだと、いま、客観的な目で冷静に見つめる余裕ができた気がするんだ。あのときは、なぜこんな危険な状況のときにと考えたが、俺にとっては、結果として悪くないタイミングになったと思う」
旅行から戻ってきて、ずっと考えていたのだろう。
淀みなく口にする奴の姿に、こいつの中では、十年前の出来事は解決に向かっているんだと安心する。
となると、俺としては、もうひとつのほうが心配にもなってくるのだが……。
目の前で栗に爪をいれるジプシーの姿を見ながら、俺も栗に手を伸ばす。
「ジプシー、もうひとつマジな話。――俺は、恋愛が絡まない男女間の親友ってのに賛成派でね。ほーりゅうとはいい友だちで、これからも付き合っていきたいと思っている。だからさ。まさかと思うが、俺のいなかった一週間、我龍に張り合う気持ちで、ほーりゅうに関わってんじゃねぇだろうな?」
すると、なんでもないことのように、ジプシーはさらりと告げた。
「こういう気持ちってさ、認める気になったら、意外とあっさり受けいれられるものだね」
予想外の言葉を聞いて、俺は呆気にとられた。
そんな俺の様子をチラリと見て、ジプシーは言葉を続ける。
「彼女に対する気持ちは、恋なのか愛なのか、俺にはわからない。だが、俺の中にある理由としては、いつも俺の感情が変化するときに、彼女がそばにいるんだ。それに、彼女の何気ないひとことが、俺の琴線に触れる気がする。だから俺は、ただ、彼女のそばで生きるのもいいかなと――長生きするのも悪くないと思えてきたんだ。でも、認めたからといって、俺の根本的な性格は変わらないけれどね」
そう告げると、いままで無表情だった口もとに、ほのかな笑みを浮かべる。
その表情は、いままでの企みが隠されているような笑顔ではなく、とても穏やかな顔に見えた。
ジプシーの恋愛の定義は、当然俺とは違うだろう。
しかし、彼女のそばで生きたいというのも、充分恋愛の理由になると俺は思うのだが。
俺が黙って考えていると、ジプシーは口調を変えた。
「さっきのおまえの質問。奴は一切関係ない。俺がそう考えたのは、ほーりゅうの想う相手が奴だと知る前だったし。奴との争いごとに、俺は、ほーりゅうを巻きこんだり利用したりする気はまったくない」
そのあと、他愛のない話もしながら、いい加減に栗を食べ散らかした俺は、ゆるりと立ちあがった。
「さてと。女どもが帰ってくる前に、俺は退散しようかなぁ。長居は無用だ」
ちょっと不思議そうな視線を向けてきた奴に、俺は笑いながら告げた。
「たしか去年は、彼女たちの福袋の戦利品のお披露目に付き合わされたうえに、延々とファッションショーの客にさせられたよな。今年はおまえひとりで頑張ってくれ」
慌てて俺を引き止めようと立ちあがるジプシーの手を振り切るように、素早く俺は玄関へと向かいながら片手をあげた。
「じゃあな!」
「おまえ、もっと気落ちしているかと思った」
俺の問いに、ジプシーは顔をあげた。
真正面から、俺の顔を見る。
そのまま、しばらく考える素振りを見せたが、ジプシーはおもむろに雑誌をテーブルの上に置くと、栗をひとつ手に取って、ゆっくりと口を開いた。
「不思議に思うか?」
「ああ」
「――こうして、時間が経ってから考えてみると……。あの状況で過去の事件の記憶が戻ったとき、俺には優先すべき別のことがあった。そのために、あの場でゆっくり考える時間が持てなかった。だが、だからこそ過去に囚われ続けられずに、十年前の出来事なんだと、いま、客観的な目で冷静に見つめる余裕ができた気がするんだ。あのときは、なぜこんな危険な状況のときにと考えたが、俺にとっては、結果として悪くないタイミングになったと思う」
旅行から戻ってきて、ずっと考えていたのだろう。
淀みなく口にする奴の姿に、こいつの中では、十年前の出来事は解決に向かっているんだと安心する。
となると、俺としては、もうひとつのほうが心配にもなってくるのだが……。
目の前で栗に爪をいれるジプシーの姿を見ながら、俺も栗に手を伸ばす。
「ジプシー、もうひとつマジな話。――俺は、恋愛が絡まない男女間の親友ってのに賛成派でね。ほーりゅうとはいい友だちで、これからも付き合っていきたいと思っている。だからさ。まさかと思うが、俺のいなかった一週間、我龍に張り合う気持ちで、ほーりゅうに関わってんじゃねぇだろうな?」
すると、なんでもないことのように、ジプシーはさらりと告げた。
「こういう気持ちってさ、認める気になったら、意外とあっさり受けいれられるものだね」
予想外の言葉を聞いて、俺は呆気にとられた。
そんな俺の様子をチラリと見て、ジプシーは言葉を続ける。
「彼女に対する気持ちは、恋なのか愛なのか、俺にはわからない。だが、俺の中にある理由としては、いつも俺の感情が変化するときに、彼女がそばにいるんだ。それに、彼女の何気ないひとことが、俺の琴線に触れる気がする。だから俺は、ただ、彼女のそばで生きるのもいいかなと――長生きするのも悪くないと思えてきたんだ。でも、認めたからといって、俺の根本的な性格は変わらないけれどね」
そう告げると、いままで無表情だった口もとに、ほのかな笑みを浮かべる。
その表情は、いままでの企みが隠されているような笑顔ではなく、とても穏やかな顔に見えた。
ジプシーの恋愛の定義は、当然俺とは違うだろう。
しかし、彼女のそばで生きたいというのも、充分恋愛の理由になると俺は思うのだが。
俺が黙って考えていると、ジプシーは口調を変えた。
「さっきのおまえの質問。奴は一切関係ない。俺がそう考えたのは、ほーりゅうの想う相手が奴だと知る前だったし。奴との争いごとに、俺は、ほーりゅうを巻きこんだり利用したりする気はまったくない」
そのあと、他愛のない話もしながら、いい加減に栗を食べ散らかした俺は、ゆるりと立ちあがった。
「さてと。女どもが帰ってくる前に、俺は退散しようかなぁ。長居は無用だ」
ちょっと不思議そうな視線を向けてきた奴に、俺は笑いながら告げた。
「たしか去年は、彼女たちの福袋の戦利品のお披露目に付き合わされたうえに、延々とファッションショーの客にさせられたよな。今年はおまえひとりで頑張ってくれ」
慌てて俺を引き止めようと立ちあがるジプシーの手を振り切るように、素早く俺は玄関へと向かいながら片手をあげた。
「じゃあな!」
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