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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第151話 ほーりゅう
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明子ちゃんにはミルフィーユ、紀子ちゃんにはベイクドチーズケーキが、それぞれの目の前に置かれた。
「ミルフィーユ、食べにくいってわかっているんだけれど、美味しいから外でも頼んじゃうんだよねぇ」
そう言いながら明子ちゃんは、手で一番上のパイをはがした。
たっぷりとカスタードクリームの付いた側を上に向けて、端から直接口でかじる。
紀子ちゃんは、ケーキの端にフォークを入れて、同じようにつぶやいた。
「チーズケーキって、見た目シンプルだけれど、カロリーが高いからなぁ。その点、ほーりゅうってよく食べるわりには太らないよねぇ。うらやましい」
わたしの目の前に置かれた、フルーツたっぷりのタルトを、紀子ちゃんは羨ましそうに見つめる。
すると、いままで黙っていたジプシーが、ザッハトルテのそばに絞られた生クリームをフォークでつつきながら、ぼそっとつぶやいた。
「たしかに旅行中、あれだけ連日バイキングやらお菓子やら食べていたわりには、ほーりゅうの抱き心地は変わらないね」
「そういうジプシーは食べなさ過ぎ。旅行中、ほとんどなにも食べていなかったでしょ。ホテルの朝食も美味しかったのに、もったいなぁい」
わたしがジプシーの言葉を深く考えず言い返したとき、ジプシーが上着の内側から携帯を取りだした。
光の点滅が見えて、バイブ音もかすかに聞こえる。
「悪い。京一郎から着信だ。席をはずす」
携帯の画面を見ながら立ちあがると、ジプシーは足早にレストランの入り口へと向かう。
そして、扉を開けた彼が携帯を耳にあてながら外に出る姿を見たあと、わたしは明子ちゃんのほうへ向き直り……。
ぎくりとした。
明子ちゃんと紀子ちゃんのふたりに、わたしは、真正面から穴が開くほど見つめられている。
「――なに?」
戸惑いながら口を開いたわたしへ、明子ちゃんがゆっくりと答えた。
「ほーりゅう。いま、すっごい内容の会話だったって、自分で気がついてる?」
「すごい内容? 旅行先のバイキングで、わたしが毎日山盛り食べていたって話?」
わたしの返事に明子ちゃんが、小さい声ながらもつかみかからんばかりの勢いでテーブルの上へ乗りだして叫んだ。
「ちょっと、ほーりゅう! 旅行って、転校前の学校の友だちと行ってきたんじゃなかったっけ? それに、前に言っていたあなたの片想いの相手、モデル張りのカッコイイ男は、どうなってんのよ!」
「え、どうって」
わたしは言い淀む。
そりゃ、偶然向こうでジプシーとは出会ったけれど。
旅行は本当に、前の学校の友人と行ったもの。
それに、以前明子ちゃんに話をしたあの時点では、わたしの片想い相手が我龍だなんて知らなかった。
この、我龍とジプシーが絡む微妙な関係図、わたしはうまく説明できない。
「えっと……。あれは、保留」
「片想いに保留があるわけないでしょ!」
ごもっとも。
わたしが、どのように返事をしようかと迷っていると、ふいに、テーブルの上まで乗りだしていた明子ちゃんが、突然おとなしくなって椅子に座りなおした。
あれ?
「白熱してるね。なんの話?」
「え? とくになにも……」
明子ちゃんがおとなしくなったのは、席にジプシーが戻ってきたからだったのか。
ジプシーの前で、片想いの相手がどうこう言うのは、さすがにまずいと思ったのか、明子ちゃんはムッとしながらも黙りこむ。
わたしは、明子ちゃんからの追求がなくなり、ほっとしつつ、目の前のフルーツタルトに視線を戻した。
すると、席に着いたジプシーが、ザッハトルテのお皿をわたしの前に押しだしてきたので、わたしはさらに嬉しくなった。
同時に、さっきまで明子ちゃんに問い詰められかけた話題が、きれいさっぱり頭から消える。
美味しいものが目の前にあるなんて、幸せだよなぁ。
「ミルフィーユ、食べにくいってわかっているんだけれど、美味しいから外でも頼んじゃうんだよねぇ」
そう言いながら明子ちゃんは、手で一番上のパイをはがした。
たっぷりとカスタードクリームの付いた側を上に向けて、端から直接口でかじる。
紀子ちゃんは、ケーキの端にフォークを入れて、同じようにつぶやいた。
「チーズケーキって、見た目シンプルだけれど、カロリーが高いからなぁ。その点、ほーりゅうってよく食べるわりには太らないよねぇ。うらやましい」
わたしの目の前に置かれた、フルーツたっぷりのタルトを、紀子ちゃんは羨ましそうに見つめる。
すると、いままで黙っていたジプシーが、ザッハトルテのそばに絞られた生クリームをフォークでつつきながら、ぼそっとつぶやいた。
「たしかに旅行中、あれだけ連日バイキングやらお菓子やら食べていたわりには、ほーりゅうの抱き心地は変わらないね」
「そういうジプシーは食べなさ過ぎ。旅行中、ほとんどなにも食べていなかったでしょ。ホテルの朝食も美味しかったのに、もったいなぁい」
わたしがジプシーの言葉を深く考えず言い返したとき、ジプシーが上着の内側から携帯を取りだした。
光の点滅が見えて、バイブ音もかすかに聞こえる。
「悪い。京一郎から着信だ。席をはずす」
携帯の画面を見ながら立ちあがると、ジプシーは足早にレストランの入り口へと向かう。
そして、扉を開けた彼が携帯を耳にあてながら外に出る姿を見たあと、わたしは明子ちゃんのほうへ向き直り……。
ぎくりとした。
明子ちゃんと紀子ちゃんのふたりに、わたしは、真正面から穴が開くほど見つめられている。
「――なに?」
戸惑いながら口を開いたわたしへ、明子ちゃんがゆっくりと答えた。
「ほーりゅう。いま、すっごい内容の会話だったって、自分で気がついてる?」
「すごい内容? 旅行先のバイキングで、わたしが毎日山盛り食べていたって話?」
わたしの返事に明子ちゃんが、小さい声ながらもつかみかからんばかりの勢いでテーブルの上へ乗りだして叫んだ。
「ちょっと、ほーりゅう! 旅行って、転校前の学校の友だちと行ってきたんじゃなかったっけ? それに、前に言っていたあなたの片想いの相手、モデル張りのカッコイイ男は、どうなってんのよ!」
「え、どうって」
わたしは言い淀む。
そりゃ、偶然向こうでジプシーとは出会ったけれど。
旅行は本当に、前の学校の友人と行ったもの。
それに、以前明子ちゃんに話をしたあの時点では、わたしの片想い相手が我龍だなんて知らなかった。
この、我龍とジプシーが絡む微妙な関係図、わたしはうまく説明できない。
「えっと……。あれは、保留」
「片想いに保留があるわけないでしょ!」
ごもっとも。
わたしが、どのように返事をしようかと迷っていると、ふいに、テーブルの上まで乗りだしていた明子ちゃんが、突然おとなしくなって椅子に座りなおした。
あれ?
「白熱してるね。なんの話?」
「え? とくになにも……」
明子ちゃんがおとなしくなったのは、席にジプシーが戻ってきたからだったのか。
ジプシーの前で、片想いの相手がどうこう言うのは、さすがにまずいと思ったのか、明子ちゃんはムッとしながらも黙りこむ。
わたしは、明子ちゃんからの追求がなくなり、ほっとしつつ、目の前のフルーツタルトに視線を戻した。
すると、席に着いたジプシーが、ザッハトルテのお皿をわたしの前に押しだしてきたので、わたしはさらに嬉しくなった。
同時に、さっきまで明子ちゃんに問い詰められかけた話題が、きれいさっぱり頭から消える。
美味しいものが目の前にあるなんて、幸せだよなぁ。
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