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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第147話 ほーりゅう
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真夜中の初詣にくる人たちは、ちらほらと姿がみえるけれど、そんなに多くはなかった。
友だち同士のグループやカップルがほとんどで、子ども連れの家族は見当たらない。
誰もが皆、もの静かにお参りしていた。
その様子を見ながら、わたしは首をかしげる。
なんでジプシーは、わざわざ真夜中にきたんだろう。
べつに昼間でもいいと思うのに。
そういえばジプシーって、もともと家が代々陰陽道の一族とかいっていたから、ここの神社になにか関係や急ぎの用事があるのだろうか。
それならば邪魔をしたらいけないと考えたわたしは、黙っておとなしくジプシーのあとについて歩く。
けれど、わたしの予想とは裏腹に、普通に神さまの前に立ってお賽銭を入れ、二礼二拍手一礼に則して柏手を打つジプシーを見て、わたしも慌てて横に並んだ。同じようにお賽銭を入れて手を合わせる。
なにをお願いしようかな。
やっぱり健康一番か。
学業向上か。
――恋愛は、なんだかわたしの中で、勢いがなくなっちゃったな。
相手が我龍だって知ったときに。
あの彼が――屈託のない笑顔と楽しそうに話をしていた彼が、どうしてもジプシーの家族を見殺しにしたうえにひどい言葉を浴びせたという我龍だということに、わたしの中では結びつかない。
だから、ひとときの夢を見ていた気分だ。
わたしの中で、彼に対する現実味がなくなったっていうのが正しい表現かな。
そう考えたわたしは、ふと、横で瞳を閉じているジプシーへ視線を向けた。
彼は、なにを思っていま、手を合わせているのだろうか。
けれど、いつもの無表情のために、その横顔からはなにも読み取ることはできなかった。
その神社の一角で、かなり大きな焚き火があった。
こんな真夜中の、逆に人が少ない小さな神社だからできることなんだろう。
参拝者の何人かが、静かに火を囲んでいる。
おみくじやお守りに興味がないわたしとジプシーは、引き寄せられるように、焚き火へ近寄っていった。
火をかきながら、ひとり焚き火の調節をしているのは、この神社の神職だろうか。
でも、実際に焚き火へ近寄ってみてわかった。
焚き火って、意外と温かい。
じゃなくて、熱い!
見た目以上に暖のとれるものなんだ。
そう思いながら、わたしはちょっとずつ後ずさって、焚き火からじりじりと遠ざかる。
ジプシーって、あんなに近くで熱くないのかなぁと、動かない後姿を離れて眺めていたら、ゆっくりと近づいてきた人影に、わたしは声をかけられた。
「彼はこの三年ほど、いつもひとりできていたね」
わたしがハッと顔を向けると、声をかけてきたのは、先ほどから焚き火を調節していた、かなり年配の神職だった。
「初詣にくる人たちは、たいがい新年を祝う気持ちできているが、彼は悲痛な面持ちでくるものだから、毎年目をひいていた。今年は、初めて見る穏やかな顔つきだから安心したよ」
そう告げると、神職は、わたしに笑いかけた。
悲痛な面持ち?
さっきは、いつもの無表情で拝んでいるなぁと思っていたけれど。
いままでのジプシーは、負の感情を顔にだしてお参りしていたってこと?
いったい、なにを考えながら、初詣にきていたんだろう。
そこまで考えたわたしは、ふと、旅行中に聞いたトラの話を思いだした。
――そうだ。
思い当たることがある。
まさかと思うけれど、毎年初詣にお賽銭を投げながら、打倒我龍!と誓っていたのではないだろうか。
ジプシーの性格ならありえそう。
でも、今年はわたしがついてきたから、無表情に徹しているのかな。
っていうか、勝手にわたしがついてきたんじゃなくて、また巻き添えでジプシーに連れだされたんだけれど!
しばらくしてから、ジプシーが帰る方向へと向きをかえた。
わたしは、不思議に思って近寄りながら声をかける。
「あれ? ここに用事があるんじゃないの? だから真夜中に、わざわざこの神社へ出向いてきたんでしょ?」
「いや」
素っ気なく口にしたあと、わたしの言わんとする意味に気がついたのか、ジプシーは言葉を続けた。
「俺は正式に陰陽師を継承していない。本家からは勘当され切り離されている。どこにも所属していないから、新年の挨拶もなにも関係がない」
そんなものなの?
陰陽道一族直系のトラに匹敵する力を持っていても、監視外で野放し状態だなんて、いいのだろうか?
わたしは腑に落ちない気もしたけれど、本人がいいって言っているんだったら、まぁいいかと思いなおし、あとに続く。
ただ、鳥居の端をくぐる直前に、笑顔の神職と目が合ったわたしは、小さく頭をさげた。
行きに通った同じ道を、逆に帰る。
今度はもう道や行き先がわかっているから、不安なくついていった。
ふたりとも、無言で黙々と歩いたために、ほどなくわたしのマンションの前に着く。
「じゃあ」
立ち止まったジプシーは、あっさりとそれだけ言って、わたしにマンションの中へ入るようにと促した。
「あれ? 本当に初詣だけ? せっかくだから、あがっていく?」
あまりのそっけなさに思わずそう口にしたら、ジプシーは、ちょっと考えるように視線をさまよわせて言った。
「このまま帰る。おまえも明日は寝過ごさないように、さっさと寝ろ。俺も朝は、夢乃とそろって彼女の両親に挨拶しなきゃならないし」
そうだ、年の初めに寝過ごしたら大変だ。
それに夜更かしは美容の敵だものね。
わたしは、それじゃあとジプシーに見送られて、マンションに入った。
でも、なんでわたし、一緒に初詣へ連れていかれたんだろう?
わたしが同行した意味って、あったのだろうか。
友だち同士のグループやカップルがほとんどで、子ども連れの家族は見当たらない。
誰もが皆、もの静かにお参りしていた。
その様子を見ながら、わたしは首をかしげる。
なんでジプシーは、わざわざ真夜中にきたんだろう。
べつに昼間でもいいと思うのに。
そういえばジプシーって、もともと家が代々陰陽道の一族とかいっていたから、ここの神社になにか関係や急ぎの用事があるのだろうか。
それならば邪魔をしたらいけないと考えたわたしは、黙っておとなしくジプシーのあとについて歩く。
けれど、わたしの予想とは裏腹に、普通に神さまの前に立ってお賽銭を入れ、二礼二拍手一礼に則して柏手を打つジプシーを見て、わたしも慌てて横に並んだ。同じようにお賽銭を入れて手を合わせる。
なにをお願いしようかな。
やっぱり健康一番か。
学業向上か。
――恋愛は、なんだかわたしの中で、勢いがなくなっちゃったな。
相手が我龍だって知ったときに。
あの彼が――屈託のない笑顔と楽しそうに話をしていた彼が、どうしてもジプシーの家族を見殺しにしたうえにひどい言葉を浴びせたという我龍だということに、わたしの中では結びつかない。
だから、ひとときの夢を見ていた気分だ。
わたしの中で、彼に対する現実味がなくなったっていうのが正しい表現かな。
そう考えたわたしは、ふと、横で瞳を閉じているジプシーへ視線を向けた。
彼は、なにを思っていま、手を合わせているのだろうか。
けれど、いつもの無表情のために、その横顔からはなにも読み取ることはできなかった。
その神社の一角で、かなり大きな焚き火があった。
こんな真夜中の、逆に人が少ない小さな神社だからできることなんだろう。
参拝者の何人かが、静かに火を囲んでいる。
おみくじやお守りに興味がないわたしとジプシーは、引き寄せられるように、焚き火へ近寄っていった。
火をかきながら、ひとり焚き火の調節をしているのは、この神社の神職だろうか。
でも、実際に焚き火へ近寄ってみてわかった。
焚き火って、意外と温かい。
じゃなくて、熱い!
見た目以上に暖のとれるものなんだ。
そう思いながら、わたしはちょっとずつ後ずさって、焚き火からじりじりと遠ざかる。
ジプシーって、あんなに近くで熱くないのかなぁと、動かない後姿を離れて眺めていたら、ゆっくりと近づいてきた人影に、わたしは声をかけられた。
「彼はこの三年ほど、いつもひとりできていたね」
わたしがハッと顔を向けると、声をかけてきたのは、先ほどから焚き火を調節していた、かなり年配の神職だった。
「初詣にくる人たちは、たいがい新年を祝う気持ちできているが、彼は悲痛な面持ちでくるものだから、毎年目をひいていた。今年は、初めて見る穏やかな顔つきだから安心したよ」
そう告げると、神職は、わたしに笑いかけた。
悲痛な面持ち?
さっきは、いつもの無表情で拝んでいるなぁと思っていたけれど。
いままでのジプシーは、負の感情を顔にだしてお参りしていたってこと?
いったい、なにを考えながら、初詣にきていたんだろう。
そこまで考えたわたしは、ふと、旅行中に聞いたトラの話を思いだした。
――そうだ。
思い当たることがある。
まさかと思うけれど、毎年初詣にお賽銭を投げながら、打倒我龍!と誓っていたのではないだろうか。
ジプシーの性格ならありえそう。
でも、今年はわたしがついてきたから、無表情に徹しているのかな。
っていうか、勝手にわたしがついてきたんじゃなくて、また巻き添えでジプシーに連れだされたんだけれど!
しばらくしてから、ジプシーが帰る方向へと向きをかえた。
わたしは、不思議に思って近寄りながら声をかける。
「あれ? ここに用事があるんじゃないの? だから真夜中に、わざわざこの神社へ出向いてきたんでしょ?」
「いや」
素っ気なく口にしたあと、わたしの言わんとする意味に気がついたのか、ジプシーは言葉を続けた。
「俺は正式に陰陽師を継承していない。本家からは勘当され切り離されている。どこにも所属していないから、新年の挨拶もなにも関係がない」
そんなものなの?
陰陽道一族直系のトラに匹敵する力を持っていても、監視外で野放し状態だなんて、いいのだろうか?
わたしは腑に落ちない気もしたけれど、本人がいいって言っているんだったら、まぁいいかと思いなおし、あとに続く。
ただ、鳥居の端をくぐる直前に、笑顔の神職と目が合ったわたしは、小さく頭をさげた。
行きに通った同じ道を、逆に帰る。
今度はもう道や行き先がわかっているから、不安なくついていった。
ふたりとも、無言で黙々と歩いたために、ほどなくわたしのマンションの前に着く。
「じゃあ」
立ち止まったジプシーは、あっさりとそれだけ言って、わたしにマンションの中へ入るようにと促した。
「あれ? 本当に初詣だけ? せっかくだから、あがっていく?」
あまりのそっけなさに思わずそう口にしたら、ジプシーは、ちょっと考えるように視線をさまよわせて言った。
「このまま帰る。おまえも明日は寝過ごさないように、さっさと寝ろ。俺も朝は、夢乃とそろって彼女の両親に挨拶しなきゃならないし」
そうだ、年の初めに寝過ごしたら大変だ。
それに夜更かしは美容の敵だものね。
わたしは、それじゃあとジプシーに見送られて、マンションに入った。
でも、なんでわたし、一緒に初詣へ連れていかれたんだろう?
わたしが同行した意味って、あったのだろうか。
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