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くにざゎゆぅ

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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』

第145話 ほーりゅう

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 年末の慌ただしさが感じられる街を、わたしは歩く。
 目指す先は、魚屋さんや果物屋さんや肉屋さんなどの専門店や、スーパーも同時に並ぶ、縦横に道が広がる大きな商店街。

「買い物で外へでるだけなのに、べつに伊達だて眼鏡をかける必要ないんじゃない? 学校じゃないんだしさ」

 わたしは、前を歩くジプシーに声をかけた。
 彼は、無表情のまま返してくる。

「これから買い物にいく商店街は、この時期なら学校の連中がたぶんいるはずだから」

 そこまで徹底しなくてもいいと、わたしは思うんだけれどなぁ。

「そうそう。夢乃って、あまりテンション変わらないね。死んだと思っていた島本さんが生きていたんだよ。もっと嬉しそうにしているかと思ったんだけれど」

 すると、今度はすぐに反応が返ってきた。

「いや。いままでにないくらい、夢乃のテンションはあがっている。気がつかないか?」
「え、そう? ちょっと楽しそうだなとは思ったけれど。なんかこう、もっとはっきり性格が変わるかと」
「さっきおまえが読んでいたあの雑誌。夢乃に頼まれていたから、俺が昨日の帰りに本屋で買って帰ったんだ」 

 あ、あの雑誌、ジプシーが買って帰ったんだ!
 女性誌を本屋さんでレジ係に渡すジプシーの姿なんて、なんだか想像すると笑えるなぁ。

 なんて、わたしが思っていることに当然知らないジプシーは、表情を変えずに続けた。

「それに、夢乃は旅行から帰ってきてから、一歩も家からでない」
「え? それって、どういう意味?」

 なぜ夢乃が家からでなくなったのか、その理由が思い浮かばない。
 不思議そうな顔をみせたわたしへ視線を走らせてから、ジプシーは口を開いた。

「島本夏樹なつき、奴からの連絡が、家の電話にあるかもと考えているんだ。だから、普段は持ち歩かなかった携帯を、いまは家の中でも持ち歩いている」

 あ、なるほどね。
 でも、別れるときに連絡すると、たしかに島本さんは言っていたけれど。
 そんなに早く電話をしてくるかなぁ?

「島本さんって、夢乃の家の電話番号を知っているのかな?」
「当たり前だろ」

 呆れたように、ジプシーはわたしを見た。

「奴らは以前から、俺の身元を調べあげていたんだ」

 そこでジプシーは言葉を切ったけれど。

 そうだった。
 ジプシーと敵対する我龍と島本さんは、つながっているんだ。
 間違いなくジプシーについて、また彼を取り巻く人間についても、昔から情報を集められているに違いなかった。



 夢乃の家から、歩いて十分ほどの商店街に入った。
 買い物リストをみて、わたしはスーパーと専門店へいく順序を考えながらジプシーの後ろを歩く。
 すると、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 声の聞こえたほうへ視線を向けると、人ごみの隙間から、お母さんらしき人とともに明子ちゃんが、顔をのぞかせた。

「ほーりゅう、帰ってきていたんだぁ! 終業式のときに旅行へいくって聞いていたから、てっきりお正月も旅行先で過ごすんだと思っていたよ。げ、委員長!」

 明子ちゃんは、この数日の休みのために会っていないあいだの時間を取り戻すかのような早口で喋りだしたけれど、わたしと一緒にいるジプシーに気がついて顔が引きつる。
 そんな明子ちゃんを、ジプシーは無言で一瞥した。

「あれ? ほーりゅう、今日は珍しい髪型してるねぇ。普段は梳きっさらしなのに」

 さっそく、目ざとい明子ちゃんは気がついてくれる。
 わたしはそれが嬉しくて、明子ちゃんが見えやすいようにと、後ろを向いてみせた。

「どお? ジプシーがしてくれたの!」
「――え? 委員長が? 女の子の髪で編み込み?」

 目を見開いたまま、明子ちゃんは驚いた表情で固まった。

 そうか。
 ジプシーが指先の器用な奴だって、クラスの皆は知らないんだ。

 わたしは、明子ちゃんの驚きをそう理解して、言葉を続けた。

「あとね、ピアノも弾いてくれる約束もしているし。ジプシーって、手先の器用な奴なんだよ」
「おまえ、喋り過ぎ」

 そう言ったジプシーに、わたしは後ろから頭を片手でガシッとつかまれた。

 別に隠すことでもない話なのに。

 振り返ると、ジプシーの表情にはなにも浮かんでいないけれど。
 照れているのかな?

 唇を尖らせたわたしの視線を受け、ジプシーが口を開く。

「行くぞ。忙しい時期だ。買い物先が混んでいて、家に戻るのが遅くなる可能性がある」

 そして、背中からわたしの肩に腕を回して促してきたので、わたしは慌てて明子ちゃんに手を振った。

「そうだ。元旦は夢乃と一緒に、わたしも初詣に行くからね。また連絡するね!」

 すぐに人ごみに押し流されて、明子ちゃんの姿は見えなくなった。
 最後まで、なぜか唖然とした表情の明子ちゃんだったけれど、どうしたんだろう?
 不思議に思いながらも、わたしは「そうそう。年末近いから、きっと売り場もレジも、人が一杯で並んでいるんだろうなぁ」と思いなおす。
 長い時間、立ち話で道草をくっている暇はないよね。

 そう考えたわたしは、また前を歩きだしたジプシーのあとについて、人ごみを避けながら歩きはじめる。
 だから、前を向いて歩くジプシーの口もとへ浮かんだ薄い笑いに、わたしは全然気がつかなかった。
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