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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第144話 ほーりゅう
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「できた」
耳もとでささやくように聞こえたジプシーの声で、わたしは、ハッと目が覚めた。
やばい。うっかり寝ちゃっていたよ。
わたしって美容院でも、髪を触られるとつい、うとうとしちゃうんだよなぁ。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
口もとをぬぐいながら目を開ける。
そして、とりあえず両手を自分の頭の上にあげて、できあがった髪型の感触を確かめた。
けれど、手触りだけでは自分の髪型がどうなっているのか、よくわからない。
「鏡、借ります!」
わたしはそう言いながら廊下にでて、夢乃のお母さんの部屋へ向かった。
夢乃のお母さんの部屋には、たしか三面鏡やら手鏡がそろって置いてあったはずだ。
わたしは和室へ飛びこむと、すぐに三面鏡を開き、手鏡を持って、合わせ鏡にした。
――本当だ。編み込みがちゃんとできている!
さっきまで見ていた雑誌の写真と、そっくり同じだ。
感心したわたしは、しばらく角度を変えながら鏡をのぞきこむ。
そして、ようやく満足したわたしは、キッチンへ戻ると、夢乃の前までいってくるくる回って見せた。
「見て見て、どう?」
「綺麗にできているじゃない。ほーりゅう、似合っているわよ」
「可愛い、可愛い」
夢乃のお母さんと夢乃のふたりに褒められ、わたしは機嫌良くジプシーのほうへ振り向くと、お礼を口にした。
「ありがとう。でも、ジプシーって本当に手先が器用だよね」
ピアノは弾けるし、陰陽術の印を結ぶのも早い。
指先を使うことは、なんでも得意な奴なんだ。
ってことは、わたしよりも料理や裁縫が上手だったりして。
わたしが見せびらかしに行っているあいだ、ソファに座っていたジプシーが、いつもの無表情ながらも、さらに嬉しい言葉をかけてくれた。
「おまえが夢乃の部屋に泊まりにきた次の日には、早起きする気があるなら、学校へ行く前にしてやってもいい」
「本当? わたし、早起きしちゃうよ! っていうか、泊まらない日はわたしの家までやりにきてよ。どうせ毎日早起きして、公園で拳法の朝練しているんでしょ?」
「調子に乗るな」
にべもなく一言で、ジプシーは一蹴したけれど。
――良かった。
ジプシー、昨日の機嫌の悪さがみられない。
いつものジプシーだ。
アスレチッククリアーで、本当にチャラにしてくれたのかな?
「ほーりゅうちゃん、そろそろ買い物を、お願いしていいかな?」
そのとき、夢乃のお母さんが聞いてきた。
わたしは調子良く手をあげて返事をする。
「はぁい! ほーりゅう、買い物に行かせていただきます!」
そのまま外出用のコートを取りに、ソファのところへ戻ろうとしたとき、わたしの様子を眺めていたらしいジプシーが口を開いた。
「荷物持ちで、おれもついて行ってやる」
思わぬ申し出に驚いたわたしは、ちょっと考える。
「なんで? もしかして、やっぱりなにか企んでる?」
そう口にしたわたしに、ため息をついたジプシーは、ゆっくり告げた。
「――ほーりゅう、あの奥に上級者用アスレチックがある。いつ行きたい?」
「ごめんなさい、すみません。もう言いません」
ジプシーが上着を取りに二階の自分の部屋へ行っているあいだ、玄関で靴を履いていたわたしへ、夢乃のお母さんが買い物メモを手渡してくれながら訊いてきた。
「今回の旅行での夢乃のこと、だいたいは聡から聞いたけれど」
ああ。
やっぱりジプシーは、あの一件をお母さんに報告したんだ。
それは当たり前か。
でも、どういう言い方をしたんだろう?
夢乃のお母さんの表情は、そう曇ってもいなかった。
当然、島本さんが他国の元エージェントだなんて言っていないだろうし。
「この近くの大学生で、偶然旅行先で出会ったんですって? 落ち着いた優しそうな性格にみえるって聡から聞いたけれど、そのうちに家へ遊びにきてもらえるのかしら」
「わたし、島本さんとは直接話はしていないけれど、見た目はカッコイイと思いますよぉ」
話を合わせてみる。
とたんに、夢乃のお母さんは嬉しそうな表情を浮かべた。
「本当? イケメン?」
お母さん……。
やっぱり見た目は気になるんだね。
そう思っていたら、夢乃のお母さんは続けて言った。
「そのうちに夢乃がお嫁にいったらこの家をでちゃうけれど、聡にお嫁さんがきてくれたら、娘が増えるのよねぇ。ね、ほーりゅうちゃん」
「そうですよねぇ」
お母さんの言葉の意味を深く考えずに、わたしが調子を合わせて相槌を打ったとき、上着を着たジプシーが眼鏡をかけながら階段を降りてきた。
でも、ジプシーが、じつはこんな底意地の悪い性格だってわかったら、なかなか彼女なんてできないだろうなぁなんて。
わたしは、彼の運動靴の靴ひもを結ぶ姿を横目に、他人事のように考えていた。
耳もとでささやくように聞こえたジプシーの声で、わたしは、ハッと目が覚めた。
やばい。うっかり寝ちゃっていたよ。
わたしって美容院でも、髪を触られるとつい、うとうとしちゃうんだよなぁ。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
口もとをぬぐいながら目を開ける。
そして、とりあえず両手を自分の頭の上にあげて、できあがった髪型の感触を確かめた。
けれど、手触りだけでは自分の髪型がどうなっているのか、よくわからない。
「鏡、借ります!」
わたしはそう言いながら廊下にでて、夢乃のお母さんの部屋へ向かった。
夢乃のお母さんの部屋には、たしか三面鏡やら手鏡がそろって置いてあったはずだ。
わたしは和室へ飛びこむと、すぐに三面鏡を開き、手鏡を持って、合わせ鏡にした。
――本当だ。編み込みがちゃんとできている!
さっきまで見ていた雑誌の写真と、そっくり同じだ。
感心したわたしは、しばらく角度を変えながら鏡をのぞきこむ。
そして、ようやく満足したわたしは、キッチンへ戻ると、夢乃の前までいってくるくる回って見せた。
「見て見て、どう?」
「綺麗にできているじゃない。ほーりゅう、似合っているわよ」
「可愛い、可愛い」
夢乃のお母さんと夢乃のふたりに褒められ、わたしは機嫌良くジプシーのほうへ振り向くと、お礼を口にした。
「ありがとう。でも、ジプシーって本当に手先が器用だよね」
ピアノは弾けるし、陰陽術の印を結ぶのも早い。
指先を使うことは、なんでも得意な奴なんだ。
ってことは、わたしよりも料理や裁縫が上手だったりして。
わたしが見せびらかしに行っているあいだ、ソファに座っていたジプシーが、いつもの無表情ながらも、さらに嬉しい言葉をかけてくれた。
「おまえが夢乃の部屋に泊まりにきた次の日には、早起きする気があるなら、学校へ行く前にしてやってもいい」
「本当? わたし、早起きしちゃうよ! っていうか、泊まらない日はわたしの家までやりにきてよ。どうせ毎日早起きして、公園で拳法の朝練しているんでしょ?」
「調子に乗るな」
にべもなく一言で、ジプシーは一蹴したけれど。
――良かった。
ジプシー、昨日の機嫌の悪さがみられない。
いつものジプシーだ。
アスレチッククリアーで、本当にチャラにしてくれたのかな?
「ほーりゅうちゃん、そろそろ買い物を、お願いしていいかな?」
そのとき、夢乃のお母さんが聞いてきた。
わたしは調子良く手をあげて返事をする。
「はぁい! ほーりゅう、買い物に行かせていただきます!」
そのまま外出用のコートを取りに、ソファのところへ戻ろうとしたとき、わたしの様子を眺めていたらしいジプシーが口を開いた。
「荷物持ちで、おれもついて行ってやる」
思わぬ申し出に驚いたわたしは、ちょっと考える。
「なんで? もしかして、やっぱりなにか企んでる?」
そう口にしたわたしに、ため息をついたジプシーは、ゆっくり告げた。
「――ほーりゅう、あの奥に上級者用アスレチックがある。いつ行きたい?」
「ごめんなさい、すみません。もう言いません」
ジプシーが上着を取りに二階の自分の部屋へ行っているあいだ、玄関で靴を履いていたわたしへ、夢乃のお母さんが買い物メモを手渡してくれながら訊いてきた。
「今回の旅行での夢乃のこと、だいたいは聡から聞いたけれど」
ああ。
やっぱりジプシーは、あの一件をお母さんに報告したんだ。
それは当たり前か。
でも、どういう言い方をしたんだろう?
夢乃のお母さんの表情は、そう曇ってもいなかった。
当然、島本さんが他国の元エージェントだなんて言っていないだろうし。
「この近くの大学生で、偶然旅行先で出会ったんですって? 落ち着いた優しそうな性格にみえるって聡から聞いたけれど、そのうちに家へ遊びにきてもらえるのかしら」
「わたし、島本さんとは直接話はしていないけれど、見た目はカッコイイと思いますよぉ」
話を合わせてみる。
とたんに、夢乃のお母さんは嬉しそうな表情を浮かべた。
「本当? イケメン?」
お母さん……。
やっぱり見た目は気になるんだね。
そう思っていたら、夢乃のお母さんは続けて言った。
「そのうちに夢乃がお嫁にいったらこの家をでちゃうけれど、聡にお嫁さんがきてくれたら、娘が増えるのよねぇ。ね、ほーりゅうちゃん」
「そうですよねぇ」
お母さんの言葉の意味を深く考えずに、わたしが調子を合わせて相槌を打ったとき、上着を着たジプシーが眼鏡をかけながら階段を降りてきた。
でも、ジプシーが、じつはこんな底意地の悪い性格だってわかったら、なかなか彼女なんてできないだろうなぁなんて。
わたしは、彼の運動靴の靴ひもを結ぶ姿を横目に、他人事のように考えていた。
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