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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第139話 ほーりゅう
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バスは二十分ほど走り続けた。
そのあいだに乗り降りする人は、とても少ない。
年末近いこの時期に、このバスが向かう方面へ用事のある人が少ないってことなのかな。
そんなことを考えながら窓の外ばかりを眺めていたら、急にボタンを押してジプシーが立ちあがった。
次のバス停が近かったらしく、すぐにバスは停まる。
ジプシーは、わたしが当然ついてくるものと思っているのか振り返りもせず、さっさと大人二人と言って料金を払い降りてしまった。
慌ててわたしも立ちあがると、ジプシーのあとを追って、急いでバスを飛び降りる。
ここはどこだろう?
降りたところは、わたしが住んでいる街よりは緑が多く、でも人工的に整備された広い公園のような場所。
潮の香りがするくらいに海が近く、なのに、振り向けば山もある。
迷いなくジプシーは、山のほうに向かって歩いていく。
はぐれたら大変と、小走りであとをついていくと、なにかのチケット売り場で券を購入していた。
見上げると、そこはロープウェー乗り場と書いてある。
――なんで、ロープウェー?
この寒い季節に、なんで山のてっぺん?
呆然と見ているわたしの前を、ジプシーはどんどんと歩いていく。
なので、わたしも仕方なくついていった。
この知らない場所で、置いてきぼりを食うわけにはいかない。
そういえば、結局乗らなかったけれど、旅行先のホテルの裏手にもロープウェーがあったなぁと思いだす。
かなりの数の階段をぐるぐると上がり、そろそろ足が疲れてきたころ、ロープウェーの本体が見えてきた。
やはり無言で促されたわたしは、階段の傾斜に合わせて開いているドアから中へ入る。
予想通り、誰も乗っていない。
この寒い時期に、こんな朝早い時間から乗る人っていないよなぁ。
わたしも、ロープウェーなんていつ以来だろうと思いながら席に座らず、一番下になる窓へ近寄っていった。
間もなく時間になって、ドアを係員が外から閉める。
そして、ロープウェーは、急に速いスピードで動きはじめた。
その瞬間、わたしは思わず窓に張りつく。
これは面白いかも!
斜面をあがっていくにしたがって、どんどん木々や道路が離れていく。
徐々に遠のいて小さくなっていく風景を、わたしは食い入るように眺めた。
やがて、車や人のような小さなものが識別できないくらいになり、水平線だけ少し遠くに見えていた海が、高度が上がるにつれて、海の割合が視界を占めていった。
途中で下りのロープウェーとすれ違う。
けれど、あちらにも当然、誰も乗っていない。
そうしているあいだに、動きだしたときと同じように突然、ショックとともにロープウェーがとまった。
ロープウェーが、上の乗り場に着いたんだ。
わたしは、係員が外から開けるドアのほうへと、何気なく振り返る。
すると、わたしの真後ろに立っていたらしいジプシーとぶつかりそうになった。
「ちょっと! 危ないなぁ。ジプシー、近すぎ!」
眉をひそめながら、わたしはそう言って、彼より先に開けられたドアから外にでる。
ここまできてしまえば、考えても仕方がないし。
だったら開き直って、ここがどんなところなのか散策してみようって気になっていた。
ロープウェーから降りたわたしは、階段をのぼって出口へ向かう。
外へでてみると、そこが山のてっぺんというわけではないらしい。
目の前に、さらに展望台へ続く階段と、その脇に、木々のあいだを縫ってのぼっていく自然を利用した小道があった。
高いところへきたらお約束とばかりに、とりあえず、展望台へと続く階段をのぼってみる。
すると目の前に、ロープウェーの中で見た景色が横長の見事な眺望となって広がった。
もっとよく見ようと、わたしは手すりぎりぎりまで近寄る。
すると、下から吹きあげた風が冷たく身に沁みた。
低く雲が広がっている雪の降りそうな寒空の下で、わたしは思わず身震いする。
そのとき、目の前に腕がまわされて、急に背中が温かくなった。
――後ろから、ジプシーに肩を抱きしめられたらしい。
一瞬戸惑ったけれど、あ、なんか温かいかもって思ったとき、わたしの耳もとでジプシーがささやいた。
「――片想いの相手が奴だって、おまえ、本当に知らなかったのか?」
え?
とたんに、ひやりと背筋が凍りつく。
「――まさか。それを確認するために、わたしをここまで連れてきたの?」
「それ以外に、ほかにどんな理由がある?」
「――ない」
わたしは、一気に血の気がひいた。
ひとりでは帰ることができない見知らぬ場所で、それ以前に逃げられない状態。
助けてくれる京一郎も誰もいない状況に追いこんで、旅行の帰りの列車での話の続きをするつもりなんだ!
「で、どうなんだ?」
「すみません。ごめんなさい。本当に彼が我龍だと知りませんでした。信じてください」
ふたたび質問されたわたしは、立て続けに謝りの言葉を口にした。
だって、本当に我龍だったなんて知らなかったし。
ほかに弁解のしようがない。
すると、ちょっと間を置いてから、意外にあっさりとジプシーは告げた。
「おまえの言うことは信じるよ」
あまりにもあっけなく信用してくれたので、わたしは少しだけジプシーのほうへ振り返り、疑い深げに上目づかいとなる。
「――なにか、企んでる?」
「なぜ、そう考えるわけ?」
無表情のまま、ちょっと片眉をあげたジプシーは、言葉を続けた。
「しいて言えば、こんなことに対して、おまえは駆け引きのできるような性格じゃないって、わかっているから」
そして、ジプシーは溜息をついてみせた。
「おまえの中で、俺はどういうイメージの奴なんだろうね」
「腹黒い男」
「――この状況で、よく言い切った。いい覚悟だ」
わたしの肩を抱いていた彼の両腕に、力がこもる。
慌ててわたしは、弁解すべく言葉を探したが、うまい言い訳が見つからない。
「すみません。心に思った本当のことを口にだしてしまいました。ごめんなさい」
後ろにいるから表情が見えないけれど、わたしの言葉を聞いた彼から腕を通して、なんとなく楽しげな雰囲気が伝わってきた。
ジプシーはきっと、このいたぶり状況を面白がっているに違いない。
ほら!
やっぱり、意地悪な奴じゃん!
そのあいだに乗り降りする人は、とても少ない。
年末近いこの時期に、このバスが向かう方面へ用事のある人が少ないってことなのかな。
そんなことを考えながら窓の外ばかりを眺めていたら、急にボタンを押してジプシーが立ちあがった。
次のバス停が近かったらしく、すぐにバスは停まる。
ジプシーは、わたしが当然ついてくるものと思っているのか振り返りもせず、さっさと大人二人と言って料金を払い降りてしまった。
慌ててわたしも立ちあがると、ジプシーのあとを追って、急いでバスを飛び降りる。
ここはどこだろう?
降りたところは、わたしが住んでいる街よりは緑が多く、でも人工的に整備された広い公園のような場所。
潮の香りがするくらいに海が近く、なのに、振り向けば山もある。
迷いなくジプシーは、山のほうに向かって歩いていく。
はぐれたら大変と、小走りであとをついていくと、なにかのチケット売り場で券を購入していた。
見上げると、そこはロープウェー乗り場と書いてある。
――なんで、ロープウェー?
この寒い季節に、なんで山のてっぺん?
呆然と見ているわたしの前を、ジプシーはどんどんと歩いていく。
なので、わたしも仕方なくついていった。
この知らない場所で、置いてきぼりを食うわけにはいかない。
そういえば、結局乗らなかったけれど、旅行先のホテルの裏手にもロープウェーがあったなぁと思いだす。
かなりの数の階段をぐるぐると上がり、そろそろ足が疲れてきたころ、ロープウェーの本体が見えてきた。
やはり無言で促されたわたしは、階段の傾斜に合わせて開いているドアから中へ入る。
予想通り、誰も乗っていない。
この寒い時期に、こんな朝早い時間から乗る人っていないよなぁ。
わたしも、ロープウェーなんていつ以来だろうと思いながら席に座らず、一番下になる窓へ近寄っていった。
間もなく時間になって、ドアを係員が外から閉める。
そして、ロープウェーは、急に速いスピードで動きはじめた。
その瞬間、わたしは思わず窓に張りつく。
これは面白いかも!
斜面をあがっていくにしたがって、どんどん木々や道路が離れていく。
徐々に遠のいて小さくなっていく風景を、わたしは食い入るように眺めた。
やがて、車や人のような小さなものが識別できないくらいになり、水平線だけ少し遠くに見えていた海が、高度が上がるにつれて、海の割合が視界を占めていった。
途中で下りのロープウェーとすれ違う。
けれど、あちらにも当然、誰も乗っていない。
そうしているあいだに、動きだしたときと同じように突然、ショックとともにロープウェーがとまった。
ロープウェーが、上の乗り場に着いたんだ。
わたしは、係員が外から開けるドアのほうへと、何気なく振り返る。
すると、わたしの真後ろに立っていたらしいジプシーとぶつかりそうになった。
「ちょっと! 危ないなぁ。ジプシー、近すぎ!」
眉をひそめながら、わたしはそう言って、彼より先に開けられたドアから外にでる。
ここまできてしまえば、考えても仕方がないし。
だったら開き直って、ここがどんなところなのか散策してみようって気になっていた。
ロープウェーから降りたわたしは、階段をのぼって出口へ向かう。
外へでてみると、そこが山のてっぺんというわけではないらしい。
目の前に、さらに展望台へ続く階段と、その脇に、木々のあいだを縫ってのぼっていく自然を利用した小道があった。
高いところへきたらお約束とばかりに、とりあえず、展望台へと続く階段をのぼってみる。
すると目の前に、ロープウェーの中で見た景色が横長の見事な眺望となって広がった。
もっとよく見ようと、わたしは手すりぎりぎりまで近寄る。
すると、下から吹きあげた風が冷たく身に沁みた。
低く雲が広がっている雪の降りそうな寒空の下で、わたしは思わず身震いする。
そのとき、目の前に腕がまわされて、急に背中が温かくなった。
――後ろから、ジプシーに肩を抱きしめられたらしい。
一瞬戸惑ったけれど、あ、なんか温かいかもって思ったとき、わたしの耳もとでジプシーがささやいた。
「――片想いの相手が奴だって、おまえ、本当に知らなかったのか?」
え?
とたんに、ひやりと背筋が凍りつく。
「――まさか。それを確認するために、わたしをここまで連れてきたの?」
「それ以外に、ほかにどんな理由がある?」
「――ない」
わたしは、一気に血の気がひいた。
ひとりでは帰ることができない見知らぬ場所で、それ以前に逃げられない状態。
助けてくれる京一郎も誰もいない状況に追いこんで、旅行の帰りの列車での話の続きをするつもりなんだ!
「で、どうなんだ?」
「すみません。ごめんなさい。本当に彼が我龍だと知りませんでした。信じてください」
ふたたび質問されたわたしは、立て続けに謝りの言葉を口にした。
だって、本当に我龍だったなんて知らなかったし。
ほかに弁解のしようがない。
すると、ちょっと間を置いてから、意外にあっさりとジプシーは告げた。
「おまえの言うことは信じるよ」
あまりにもあっけなく信用してくれたので、わたしは少しだけジプシーのほうへ振り返り、疑い深げに上目づかいとなる。
「――なにか、企んでる?」
「なぜ、そう考えるわけ?」
無表情のまま、ちょっと片眉をあげたジプシーは、言葉を続けた。
「しいて言えば、こんなことに対して、おまえは駆け引きのできるような性格じゃないって、わかっているから」
そして、ジプシーは溜息をついてみせた。
「おまえの中で、俺はどういうイメージの奴なんだろうね」
「腹黒い男」
「――この状況で、よく言い切った。いい覚悟だ」
わたしの肩を抱いていた彼の両腕に、力がこもる。
慌ててわたしは、弁解すべく言葉を探したが、うまい言い訳が見つからない。
「すみません。心に思った本当のことを口にだしてしまいました。ごめんなさい」
後ろにいるから表情が見えないけれど、わたしの言葉を聞いた彼から腕を通して、なんとなく楽しげな雰囲気が伝わってきた。
ジプシーはきっと、このいたぶり状況を面白がっているに違いない。
ほら!
やっぱり、意地悪な奴じゃん!
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