瞳をそらさないで

くにざゎゆぅ

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 彼から逃げられないわたしを面白がる気配がして、ふいにわたしは、カチンときた。

 もしかして、わたしが彼に興味を持たない素振りをしているから、ただ振り向かせたいだけなのではなかろうか。

 そう考えたわたしは、顔をあげ、キッと彼を睨みつける。

「その、俺だけを見ろみたいな態度、一番嫌いなの」
「――なんだよ? それ」
「こんな、逃げられない体勢に追いこんで、ただ面白がっているだけなんでしょう? 放して」
「ヨーコさん」
「あなたの冗談に付き合う気はないの。あなたにこんな風にされたがっている、もっとほかの人に目を向けたら」

 そう言いながら、わたしは、力が抜けた彼の腕を押しのけて脱出する。
 そのまま逃げるように、倉庫の入口へ向かって歩きだした。

 ――早く。
 わたしがうっかり勘違いする前に、早く彼から離れなくっちゃ……。

 けれど。

「――周囲に目を向けていないの、どっちだよ」

 ふいに聞こえた、彼のぽつりと口にした言葉に、思わずわたしは、え?っと振り返った。
 すると、普段の軽い姿からは想像できないような強い光を宿した瞳で、彼は、じっとわたしを見つめている。
 それは、怒りにも似た、真剣なまなざしだった。
 たちまちわたしの心臓は、ぎゅっと縮みあがるように締めつけられ、続けて早鐘のように鳴り響く。

 ――なによ、これ……。

「――俺だけを見ろ、じゃない」
「――え?」
「どうか、俺のほうを見て、俺の想いに気がついて……って、ずっと思っていた」

 彼からの、告白のようなその言葉に、わたしは呼吸が止まった。

 ――どういうこと?

 彼は、足早に向かってくると、混乱しているわたしの前にまわりこむ。
 そして、激しく叩きつけるように、壁へ片手のこぶしをついた。
 その荒々しさに、わたしはびくりと身を縮こませる。

「周りを見ていないのは、ヨーコさんのほうだ」
「わたしの、ほう?」
「そうだ。俺はヨーコさんのことを、たぶんヨーコさん以上に見て、知っている」

 そして彼は、瞳に宿った鋭い光を、ふいに穏やかなやわらかい光へと変化させた。
 大人の色気が漂う甘やかな笑みを口もとへ刻んで、わたしの瞳をのぞきこむ。

「背の高さなんて気にすることない。うつむかずに姿勢を正したほうが、ヨーコさんのスタイルの良さが際立つよ。仕事中の真面目な顔も、今の恥じらう顔も、どちらも俺の好みだ。そのギャップが可愛いよね」

 わたしは、一気に赤面する。
 恥ずかしいほどに、頬が火照ってきた。

 ――背のコンプレックスも、ばれているんだ……。
 それだけ、ずっとわたしを見ていたってこと?
 もしかして、周りを見ていなかったのは、わたしのほう?

 そんなわたしの気持ちがわかったのか、彼は笑みを深くする。

 両手でわたしの顔の横に手をついた。
 そして気がつけば、わたしの脚のあいだに彼の片脚が割りこんでいて、身体全体で逃げ場をなくしている。
 そのまま、そっと顔を傾けながら近づけると、魅惑的な低い声でささやいた。

「さあ、ヨーコさん。今度はヨーコさんの番だよ」
「――え?」
「俺の上っ面だけじゃなく、内面まで知ってほしいんだ」
「――でも」
「ねえ、ヨーコさん。目をそらさずに、俺を見て……」

 気がつけば、もう逃げられない。
 この状況からも。
 彼からも……。




FIN
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