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「――な、なんで?」
「いや。やっぱり箱だと重いだろうと思いなおしてさ。自分で取りにきたんだ」
思わぬ遭遇に立ち尽くしたわたしは、しどろもどろになる。
そんなわたしを、渋谷は面白そうに、じっと見つめてきた。
急に彼の存在を感じて、焦ったわたしは、その視線から逃げるようにうつむいてしまう。
すると、やわらかな低音の声で、彼は続けた。
「それに。――内線に出たのがヨーコさんだったから」
ふいに名前を呼ばれて、わたしは思わず顔をあげた。
驚きで目を見張るわたしのそばまで、いつもの笑みを浮かべてみせながら、彼は近づいてきていた。
「だから、いますぐ倉庫へ向かえば、ヨーコさんとふたりきりになれると思ったんだ。――当たり」
そう口にした渋谷は、わたしの真正面に立つ。
そして両腕で囲うように、手のひらを、わたしの背後の壁についた。
同じくらいの身長だから、彼の端正な顔が、わたしの目の前にある。
あまりにも近すぎて、わたしはうつむくことも、視線をそらすこともできなかった。
「ねえ、ヨーコさん。どうしてヨーコさんは、いつも俺の視線を避けるのかな?」
「――あなたが、誰を見ているかなんて、知らないもの……」
「うそだ。今日の昼休みでも、俺と目が合ったじゃないか。そのあと、これ見よがしに顔をそむけた。――ねえ、ヨーコさん、俺が嫌いなの?」
「親しげに名前を呼ばないで」
「でも、周りはみんな、ヨーコさんって呼んでいるじゃないか」
わたしの名前をそう呼んでいるのは、女の子だけだ。
男性から、名前を呼ばれたことなんてない。
――そう考えて、よけいに彼が、わたしの名前を呼ぶと意識してしまう。
ささやくように口にするたびに、声で愛でられているようで、わたしの心臓がどきりと高鳴った。
わたしは、自分の鼓動が彼に気づかれないように、声を荒げてきっぱりと言う。
「冗談はやめて。あなたがいつも見ているのは、カナでしょう?」
「違う。ヨーコさんだ」
はっきりと告げた彼の言葉に、わたしは、絶句した。
「いつも俺は、ヨーコさんを見ているのに。ヨーコさんは、すぐに俺から視線をそらすよね。少しくらい、俺へ笑顔を見せてくれてもいいんじゃない?」
わたしは、自意識過剰じゃない。
彼がわたしを見ているなんて、思ったことがない。
――人気者の彼が、こんなわたしに興味を向けるはずがないじゃない?
「これだけアピールしているんだ。ヨーコさんからも、なにか言ってよ」
「――それじゃあ、この腕を、どけてくれませんか」
「それは駄目。逃げる気だろ? こんな機会は、もうないかもしれないから。もっと俺を見てくれよ」
「いや。やっぱり箱だと重いだろうと思いなおしてさ。自分で取りにきたんだ」
思わぬ遭遇に立ち尽くしたわたしは、しどろもどろになる。
そんなわたしを、渋谷は面白そうに、じっと見つめてきた。
急に彼の存在を感じて、焦ったわたしは、その視線から逃げるようにうつむいてしまう。
すると、やわらかな低音の声で、彼は続けた。
「それに。――内線に出たのがヨーコさんだったから」
ふいに名前を呼ばれて、わたしは思わず顔をあげた。
驚きで目を見張るわたしのそばまで、いつもの笑みを浮かべてみせながら、彼は近づいてきていた。
「だから、いますぐ倉庫へ向かえば、ヨーコさんとふたりきりになれると思ったんだ。――当たり」
そう口にした渋谷は、わたしの真正面に立つ。
そして両腕で囲うように、手のひらを、わたしの背後の壁についた。
同じくらいの身長だから、彼の端正な顔が、わたしの目の前にある。
あまりにも近すぎて、わたしはうつむくことも、視線をそらすこともできなかった。
「ねえ、ヨーコさん。どうしてヨーコさんは、いつも俺の視線を避けるのかな?」
「――あなたが、誰を見ているかなんて、知らないもの……」
「うそだ。今日の昼休みでも、俺と目が合ったじゃないか。そのあと、これ見よがしに顔をそむけた。――ねえ、ヨーコさん、俺が嫌いなの?」
「親しげに名前を呼ばないで」
「でも、周りはみんな、ヨーコさんって呼んでいるじゃないか」
わたしの名前をそう呼んでいるのは、女の子だけだ。
男性から、名前を呼ばれたことなんてない。
――そう考えて、よけいに彼が、わたしの名前を呼ぶと意識してしまう。
ささやくように口にするたびに、声で愛でられているようで、わたしの心臓がどきりと高鳴った。
わたしは、自分の鼓動が彼に気づかれないように、声を荒げてきっぱりと言う。
「冗談はやめて。あなたがいつも見ているのは、カナでしょう?」
「違う。ヨーコさんだ」
はっきりと告げた彼の言葉に、わたしは、絶句した。
「いつも俺は、ヨーコさんを見ているのに。ヨーコさんは、すぐに俺から視線をそらすよね。少しくらい、俺へ笑顔を見せてくれてもいいんじゃない?」
わたしは、自意識過剰じゃない。
彼がわたしを見ているなんて、思ったことがない。
――人気者の彼が、こんなわたしに興味を向けるはずがないじゃない?
「これだけアピールしているんだ。ヨーコさんからも、なにか言ってよ」
「――それじゃあ、この腕を、どけてくれませんか」
「それは駄目。逃げる気だろ? こんな機会は、もうないかもしれないから。もっと俺を見てくれよ」
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