背徳の香り

くにざゎゆぅ

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背徳の香り

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 彼が図書館へ行くというので、わたしも一緒についていった。

「目的の本を探すのに時間がかかるかもしれない。好きなところへいっておいで」

 優しい笑顔で告げた彼。

「ぼくのほうから、きみを探しにいくから」

 うなずいたわたしは、彼から離れて歩きだす。

 誰の姿もない、奥の本棚。
 背表紙を眺めながら、ゆっくりと歩く。
 そして、一冊の本を見つけて立ちどまった。

 懐かしい本。
 それ以上に、背徳の香りが漂う一冊。

 高校の図書館で置いてあったこの本が、当時の彼との橋渡しをしていたのだ。


 あの頃、わたしのほうに付き合っている相手はいなかった。
 けれども、彼のほうには彼女がいた。

 彼女の目をかすめて手紙を本にはさみ、お互いに逢う連絡をとっていた。


 美術の準備室で。
 校舎の屋上へあがる扉の内側で。
 木々に隠れた中庭の片隅で。

 刹那とも思える短い時間。
 むさぼるように深い口づけを交わしたのだ。


 その本を見つめていたわたしは、ふと背後に気配を感じる。
 振り向くわたしの目に飛びこんできたのは。
 ――彼。

「なんで……」
「懐かしいだろう? その本」

 動揺するわたしのほうへ、彼はゆっくりと近づいてくる。

「俺は、いまでも時々その本を眺めにここへくるんだ」

 笑みを浮かべる彼は、5年前のあの頃と全然変わっていない。

 長身でバランスの良い体躯。
 うっかり惹きこまれてしまう、蠱惑的な切れ長の瞳。
 つい魅入ってしまう、誘うように緩く開いた口もと。


 動けないわたしを囲うように、彼は、わたしの後ろの本棚へと両手をついた。

「――だめ。ここへは彼ときているから」
「ああ、そうなんだ」

 動じた風もなく、彼はわたしへ顔を近づける。
 懐かしいコロンの香りが、ふわりとわたしを包んで目眩を起こさせた。


「あのころは、俺の彼女がいつ探しにくるかと内心はらはらしていたが」

 わたしの耳もとへ唇を寄せてささやく。

「今度は、きみの彼氏がいつ探しにくるかな……?」


 彼との距離をあけようと、わたしは両手をあげ、彼の胸へと手のひらをあてた。
 けれど。
 彼に触れたせいで、忘れていた官能的な痺れが、ぞくぞくと身体の中心を這いあがる。


 優しい彼を裏切りたくない。
 それなのに、両手に力が入らなくて。
 強引な彼を押しのけることができなくて。

 わたしは、潤む瞳を伏せていた。



FIN
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