上 下
1 / 24
プロローグ

***

しおりを挟む
 生まれくる子どもに真心を伝えましょう......。
 
 私たちはいつもきみの誕生を心待ちにしていた。
 父親と母親が作り上げるもの、それは結晶のような愛しい我が子だ。でも、私たちの家庭は、もう一人いることを忘れてはいけない。
 "お姉ちゃん"の存在がいるからこそ、きみの名前が世に華々しく出てくるんだよ。私たちは小さくつぶやくと、その生まれて間もない身体を抱きしめた。
「ありがとう、みどり」
「おめでとう、すい」

 ・・・

 わたしが交わしたもの。
 
 それは形がなくて、口だけで紡がれるからとてもふわふわとしていた。
 姿のひとつも見えないから、まるで空に浮かぶ雲のように何処へまでも行きそうだった。
 ひとつ間違うと、濁流の流れに乗って遠くへ行ってしまう。
 わたしが声を出したときにはもう遅かった。
 
 
 ここはどこなんだろう。
 あたりには人影は見えず、どこまでも透き通ったコバルトブルーが一面に広がっている。
 わたしは深く沈んでいくと思っていたのに、どうしたんだろうか。
 首をあっちに向けてもこっちに向けても同じ景色だ。なんだかわたしだけがポツンといるようで、孤独におちいる感覚になってしまいそう。
 
 "海のおきへ、遠く遠く出ていきますと、水の色は、いちばん美しいヤグルマソウの花びらのようにまっさおになり、きれいにすきとおったガラスのように、すみきっています。"
 
 ふとわたしの頭の中に浮かんだのがこの一文だった。
 ああ、そうだ。
 わたしの好きな絵本、「人魚姫」だ。
 
 もしかしたら、私の視界を染め上げているのも水の色なのかもしれない。
 ぷかぷかと浮かんでいる感覚も、抱かれている感じなのも、不思議と合点がいくみたいだ。
 誰に見せるまでもなく、わたしはふわりと微笑んだ。
 なんだか孤独が少しは安らいでくる。
 
 今まで一色だった視界に、視界の隅で差し色が添えられた。なんだろうとその方角に向けて首を上げてみると、なにかがきらめいていた。
「何かなあ」
 そのきらめきに腕を伸ばしてみてもとうてい届かない。
 どこまで遠いんだろうか。
 もしかしたら、人魚姫にでてきた空を泳ぐ火の魚なのかもしれなかった。
 
 それは、花火と呼ばれるもの。
 人魚姫は花火に目を輝かせて、王子様に恋をした。
 人魚姫のエンディングはどうなるんだっけ。
 
 わたしは花火が上がる日を心待ちにしていた。
 夜空に大輪の花が咲いたら、わたしは心に眠っている言葉を伝えよう。
 きみがずっと言えなかったことは、わたしと同じだから。
 
 ――約束。
 
 それが、きみと交わしたもの。
 生まれ変わるなら、新しい恋をしよう。新しい約束をしよう。
 その美しさはいつの時代も変わらない。
 
 もうすぐそれに触れられるはずだったんだ......。
 
 わたしはいつの間にか、このプールに姿を現すことができた。
 もしかしたら、過去と未来が、わたしをつないでくれたのかもしれない......。
 生まれ変わったなら、命の限り旅をしよう。心に秘めた言葉を伝えに行こう。
 風になりたがったわたしは身体を泳がせて、水の上に上がっていく。
「さあ、出かけましょう」
 そうつぶやいたわたしは、誰にも見せない微笑みを作っていた。
 
 恋のものがたり。
 忘れられない経験をしたのは、去年の夏のこと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「ユリって雑草だよね」

ちありや
青春
誰の手も借りる事無く気高く咲く花がある。 彼女はその花の様になりたかった……。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

普通の人生が意外とドラマチック

SANA
青春
普通の女子高生。普通の人生が意外とドラマチックな家族、友達、恋愛、バイト…みんなが当てはまるみんなの人生。

淡い罪

Olivia
青春
あれは現実だったのか、それとも私の妄想だったのか・・・

私のなかの、なにか

ちがさき紗季
青春
中学三年生の二月のある朝、川奈莉子の両親は消えた。叔母の曜子に引き取られて、大切に育てられるが、心に刻まれた深い傷は癒えない。そればかりか両親失踪事件をあざ笑う同級生によって、ネットに残酷な書きこみが連鎖し、対人恐怖症になって引きこもる。 やがて自分のなかに芽生える〝なにか〟に気づく莉子。かつては気持ちを満たす幸せの象徴だったそれが、不穏な負の象徴に変化しているのを自覚する。同時に両親が大好きだったビートルズの名曲『Something』を聴くことすらできなくなる。 春が訪れる。曜子の勧めで、独自の教育方針の私立高校に入学。修と咲南に出会い、音楽を通じてどこかに生きているはずの両親に想いを届けようと考えはじめる。 大学一年の夏、莉子は修と再会する。特別な歌声と特異の音域を持つ莉子の才能に気づいていた修の熱心な説得により、ふたたび歌うようになる。その後、修はネットの音楽配信サービスに楽曲をアップロードする。間もなく、二人の世界が動きはじめた。 大手レコード会社の新人発掘プロデューサー澤と出会い、修とともにライブに出演する。しかし、両親の失踪以来、莉子のなかに巣食う不穏な〝なにか〟が膨張し、大勢の観客を前にしてパニックに陥り、倒れてしまう。それでも奮起し、ぎりぎりのメンタルで歌いつづけるものの、さらに難題がのしかかる。音楽フェスのオープニングアクトの出演が決定した。直後、おぼろげに悟る両親の死によって希望を失いつつあった莉子は、プレッシャーからついに心が折れ、プロデビューを辞退するも、曜子から耳を疑う内容の電話を受ける。それは、両親が生きている、という信じがたい話だった。 歌えなくなった莉子は、葛藤や混乱と闘いながら――。

〜友情〜

らそまやかな
青春
はー…同じクラスの友達と喧嘩(私が悪いんだけど)をしちゃったんだよね。その友達はさよって言うんだけど…あることがあって消えろって言われたの。正直ショックだった。やったことは悪かったけどわざとじゃなくて…どうしよう

Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック
青春
ある年の全米オープン決勝戦の勝敗が決した。世界中の観戦者が、世界ランク3ケタ台の元日本人が起こした奇跡を目の当たりにし熱狂する。男の名前は影村義孝。ポーランドへ帰化した日本人のテニスプレーヤー。そんな彼の勝利を日本にある小さな中華料理屋でテレビ越しに杏露酒を飲みながら祝福する男がいた。彼が店主と昔の話をしていると、後ろの席から影村の母校の男子テニス部マネージャーと名乗る女子高生に声を掛けられる。影村が所属していた当初の男子テニス部の状況について教えてほしいと言われ、男は昔を語り始める。男子テニス部立直し直後に爆発的な進撃を見せた海生代高校。当時全国にいる天才の1人にして、現ATPプロ日本テニス連盟協会の主力筆頭である竹下と、全国の高校生プレーヤーから“海将”と呼ばれて恐れられた影村の話を...。

坊主女子:学園青春短編集【短編集】

S.H.L
青春
坊主女子の学園もの青春ストーリーを集めた短編集です。

処理中です...