13 / 24
第3章 人魚姫の願い
12.きみの手を握りしめて
しおりを挟む
それからしばらく経った日の放課後。
地学のレポートを書き上げたわたしたちは、お互いに拍手をした。
これで明日の授業で提出しよう。
ほとんどが湊くんが調べてきたものが基本になったけれど、だれも文句を言わなかった。
「みんなで協力しないとね」
「そんなこと言ってさ、すいちゃんはほとんど写しただけじゃない」
灯里さんはそう言いながらも、わたしのことを怒るつもりはないようだった。むしろ楽しんでいるようで、くすくすと笑っていた。
「さあ、思いのほか早く書きあがったから出かけようよ!」
わたしはふたりのことを急いで帰り支度させて、街角へと出かけることにした。
わたしたちはよく一緒のグループを作るようになった。
気さくに話しかけてくれる湊くんと、そしてよく心配をしてくれる灯里さん。
登校中に顔を合わせたときも、休み時間で少しだけ話すときも。ふたりが三人になって、より話が膨らんでいく。
そんな時間ができるのはお互いに部活がある中じゃ難しいのは実感していた。
だから、今日くらいはその楽しさをかみしめていたい。
いつも楽しくて、ずっとこのままの関係が続けばいいなって思っていた。
・・・
駅前には小さなショッピングモールが並んでいる。
その中をわたしは一足早く歩いていく。湊くんも灯里さんも、楽しんで着いてきているようだった。
「あまり遠くに行かないでね」
灯里さんが声をかけてくれる。その言葉を耳に入れつつも、わたしはあれらこれらとウィンドウショッピングを続けていく。
......あれ?
気づいたら辺りにはふたりの姿は見えなかった。
いつの間にか、わたしは迷子になっていた。あっちにこっちに振り返ってみても、周りは知らない人だらけ。
しかもここは施設のどの辺なんだろう。全く分からないままだった。
とりあえず電話をしてみよう。
だけども、わたしのスマートフォンはバッテリーがなくなっていて、電話をかけただけで電源が落ちてしまった。
ああ、どうしよう。わたしはその場で立ち尽くすしかなかった。
それでも、来た道を振り返ってみよう。わたしは背中の方に向けて歩き直す。
あの雑貨屋は見たんだっけ。
少し文房具屋を覗いていた気がする。
このカフェはこの場所になかったと思うんだけど。
すぐにみんなと会えると思っていた。だけども、わたしはどこをどう歩いたかすら覚えていなかった。
あまりテレビゲームには詳しくないけれど、ダンジョンの中を抜け出せない主人公たちってこんな感じなんだろうか。
思えば、わたしはいつもひとりだった。
持ち前の明るさが自分のチャームポイントだったのかもしれない。それでも、クラスの子と仲良くなることはとても難しかった。
あの日現れたひとつの影にわたしの心は瞬いた。塾に行こうとして迷子になってしまったわたしの前に声をかけてくれた。
いつしか涙があふれそうだった。
知らない間に小さい頃の自分を思い出してしまって、こみ上げる想いがのどからあふれ出てしまいそう。
ましてや今のわたしは高校生だから、こんなところで泣くわけにはいかない。それに今となっては友達となってくれたみんなが居るんだ。
その中にたった一人の姿を思い浮かべる。わたしはいつもきみのことを追い求めていた。
遠くから、その呼びかける声がわたしのことを探しているんだ......。
「すい! やっと見つけたよ」
わたしが振り返ると、そこにはこちらへ向けて小走りに走ってくる湊くんがいた。
よかった!
きみに会いたかった。
「だいじょうぶ? 心配したよ」
「うん、だいじょうぶ。
......灯里さんは?」
湊くんは、ふたりで別れて探していると説明してくれた。そしてスマートフォンを取り出すと合流する手筈を整えてくれる。
「西原、こっちで見つけたよ。
今どこかな。......ああ、フードコートに居るんだね」
じゃあそっちに行くからと、彼は電話を切った。そして、わたしのことをエスコートするように歩き出した。
わたしは彼の手を握りしめた。
「......すい?」
「......はぐれちゃいやだから、握ってるの」
きみがなんと言おうと、わたしは手に触れていたかった。
その温かさを欲しがった。
やっぱりわたしには、きみが必要なんだ。
・・・
「ねえ、すいちゃん!」
合流した灯里さんがわたしの肩をたたく。そして指さした店舗に、わたしは瞳を輝かせた。
そこは小さなファンシーショップで、きらびやかなアイテムがたくさんと並んでいる。
「ねえ、買って!」
「だめでしょ、高すぎる」
灯里さんとわたしが声を揃えて告げる注文に対して、断る湊くん。
しぶしぶ断るその態度も、なんだか楽しんで見えてしまった。
そして、わたしはウィンドウショッピングを再開する......つもりだった。
でもこれから歩いていこうという意識はなかなか起きず、そのままある商品を見つめたままわたしは動けなかった。
それは、人魚のモチーフをしたペンダント。
いいなあ、いつかこれを宝物にしたい......。
いつか、湊くんが自分の為だけに買ってほしいな。そんなことを夢見るようになっていた。
わたしが人魚姫のとりこになったのは、家から近いところにある本屋だった。
そこには児童書のコーナーが幅広くあって、色んな子がそこに足を踏み入れていた。
わたしもそのひとりで、本棚に平積みされている本の上に無造作に本を広げて瞳を落としていた。お母さんに声をかけられても、ずっとその場から離れなくて、文字に瞳を泳がせていた。
「じゃあせめておうちで読みましょうね」
と言われて買ってもらったのが『人魚姫』だった。
人魚姫はだれもが知っていると思うんだ。
海の中に住む人魚の姿のお姫様。彼女が人間の王子様に恋をする物語。
小さいころは、人魚姫がかわいいから読んでいた。
――でも、恋ってなんだろう。
そこに味があるとしたら、愛の形も匂いもあるとしたら......。
いつかその意味を知ってみたいと思った。
地学のレポートを書き上げたわたしたちは、お互いに拍手をした。
これで明日の授業で提出しよう。
ほとんどが湊くんが調べてきたものが基本になったけれど、だれも文句を言わなかった。
「みんなで協力しないとね」
「そんなこと言ってさ、すいちゃんはほとんど写しただけじゃない」
灯里さんはそう言いながらも、わたしのことを怒るつもりはないようだった。むしろ楽しんでいるようで、くすくすと笑っていた。
「さあ、思いのほか早く書きあがったから出かけようよ!」
わたしはふたりのことを急いで帰り支度させて、街角へと出かけることにした。
わたしたちはよく一緒のグループを作るようになった。
気さくに話しかけてくれる湊くんと、そしてよく心配をしてくれる灯里さん。
登校中に顔を合わせたときも、休み時間で少しだけ話すときも。ふたりが三人になって、より話が膨らんでいく。
そんな時間ができるのはお互いに部活がある中じゃ難しいのは実感していた。
だから、今日くらいはその楽しさをかみしめていたい。
いつも楽しくて、ずっとこのままの関係が続けばいいなって思っていた。
・・・
駅前には小さなショッピングモールが並んでいる。
その中をわたしは一足早く歩いていく。湊くんも灯里さんも、楽しんで着いてきているようだった。
「あまり遠くに行かないでね」
灯里さんが声をかけてくれる。その言葉を耳に入れつつも、わたしはあれらこれらとウィンドウショッピングを続けていく。
......あれ?
気づいたら辺りにはふたりの姿は見えなかった。
いつの間にか、わたしは迷子になっていた。あっちにこっちに振り返ってみても、周りは知らない人だらけ。
しかもここは施設のどの辺なんだろう。全く分からないままだった。
とりあえず電話をしてみよう。
だけども、わたしのスマートフォンはバッテリーがなくなっていて、電話をかけただけで電源が落ちてしまった。
ああ、どうしよう。わたしはその場で立ち尽くすしかなかった。
それでも、来た道を振り返ってみよう。わたしは背中の方に向けて歩き直す。
あの雑貨屋は見たんだっけ。
少し文房具屋を覗いていた気がする。
このカフェはこの場所になかったと思うんだけど。
すぐにみんなと会えると思っていた。だけども、わたしはどこをどう歩いたかすら覚えていなかった。
あまりテレビゲームには詳しくないけれど、ダンジョンの中を抜け出せない主人公たちってこんな感じなんだろうか。
思えば、わたしはいつもひとりだった。
持ち前の明るさが自分のチャームポイントだったのかもしれない。それでも、クラスの子と仲良くなることはとても難しかった。
あの日現れたひとつの影にわたしの心は瞬いた。塾に行こうとして迷子になってしまったわたしの前に声をかけてくれた。
いつしか涙があふれそうだった。
知らない間に小さい頃の自分を思い出してしまって、こみ上げる想いがのどからあふれ出てしまいそう。
ましてや今のわたしは高校生だから、こんなところで泣くわけにはいかない。それに今となっては友達となってくれたみんなが居るんだ。
その中にたった一人の姿を思い浮かべる。わたしはいつもきみのことを追い求めていた。
遠くから、その呼びかける声がわたしのことを探しているんだ......。
「すい! やっと見つけたよ」
わたしが振り返ると、そこにはこちらへ向けて小走りに走ってくる湊くんがいた。
よかった!
きみに会いたかった。
「だいじょうぶ? 心配したよ」
「うん、だいじょうぶ。
......灯里さんは?」
湊くんは、ふたりで別れて探していると説明してくれた。そしてスマートフォンを取り出すと合流する手筈を整えてくれる。
「西原、こっちで見つけたよ。
今どこかな。......ああ、フードコートに居るんだね」
じゃあそっちに行くからと、彼は電話を切った。そして、わたしのことをエスコートするように歩き出した。
わたしは彼の手を握りしめた。
「......すい?」
「......はぐれちゃいやだから、握ってるの」
きみがなんと言おうと、わたしは手に触れていたかった。
その温かさを欲しがった。
やっぱりわたしには、きみが必要なんだ。
・・・
「ねえ、すいちゃん!」
合流した灯里さんがわたしの肩をたたく。そして指さした店舗に、わたしは瞳を輝かせた。
そこは小さなファンシーショップで、きらびやかなアイテムがたくさんと並んでいる。
「ねえ、買って!」
「だめでしょ、高すぎる」
灯里さんとわたしが声を揃えて告げる注文に対して、断る湊くん。
しぶしぶ断るその態度も、なんだか楽しんで見えてしまった。
そして、わたしはウィンドウショッピングを再開する......つもりだった。
でもこれから歩いていこうという意識はなかなか起きず、そのままある商品を見つめたままわたしは動けなかった。
それは、人魚のモチーフをしたペンダント。
いいなあ、いつかこれを宝物にしたい......。
いつか、湊くんが自分の為だけに買ってほしいな。そんなことを夢見るようになっていた。
わたしが人魚姫のとりこになったのは、家から近いところにある本屋だった。
そこには児童書のコーナーが幅広くあって、色んな子がそこに足を踏み入れていた。
わたしもそのひとりで、本棚に平積みされている本の上に無造作に本を広げて瞳を落としていた。お母さんに声をかけられても、ずっとその場から離れなくて、文字に瞳を泳がせていた。
「じゃあせめておうちで読みましょうね」
と言われて買ってもらったのが『人魚姫』だった。
人魚姫はだれもが知っていると思うんだ。
海の中に住む人魚の姿のお姫様。彼女が人間の王子様に恋をする物語。
小さいころは、人魚姫がかわいいから読んでいた。
――でも、恋ってなんだろう。
そこに味があるとしたら、愛の形も匂いもあるとしたら......。
いつかその意味を知ってみたいと思った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
紗綾 拍手お礼&番外編
萌葱
青春
紗綾 ~君と歩く季節~と言う、完結済みの私の作品の過去の拍手用作品+番外編です
鈍感少女の周りでやきもき切ない思いをする男子達という小説となります。
過去拍手に加え、時折番外編が追加されます
※小説家になろう様で連載しています、他作品も外部リンクとして何作かアルファポリス様にも掲載させて頂いておりますが、直接投稿の形をこの作品でしてみようと思っております。
本編もなろう様へのリンクという形で置いてありますので興味を持って頂けたら覗いて下さると嬉しいです。
※最大8話つながる話もありますが、基本1話で終わる本編の番外編ですので、短編としました。
※いじめ表現から本編に念のためR15を付けているので、一応こちらにも付けておきますが、基本的にそのような表現は余り無いと思います。
基本的には本編の別視点や同じ流れに入れるには長くなりすぎるため泣く泣く弾いた小話部分など、関連はしていますが読まなくても本編には影響はありません。
ですが、本編が時期と共に変化していく話なので常に本編のネタバレの可能性をはらみます。
タイトル横の時期や前書きを参考にそこまで未読の方はご注意下さい
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
Y/K Out Side Joker . コート上の海将
高嶋ソック
青春
ある年の全米オープン決勝戦の勝敗が決した。世界中の観戦者が、世界ランク3ケタ台の元日本人が起こした奇跡を目の当たりにし熱狂する。男の名前は影村義孝。ポーランドへ帰化した日本人のテニスプレーヤー。そんな彼の勝利を日本にある小さな中華料理屋でテレビ越しに杏露酒を飲みながら祝福する男がいた。彼が店主と昔の話をしていると、後ろの席から影村の母校の男子テニス部マネージャーと名乗る女子高生に声を掛けられる。影村が所属していた当初の男子テニス部の状況について教えてほしいと言われ、男は昔を語り始める。男子テニス部立直し直後に爆発的な進撃を見せた海生代高校。当時全国にいる天才の1人にして、現ATPプロ日本テニス連盟協会の主力筆頭である竹下と、全国の高校生プレーヤーから“海将”と呼ばれて恐れられた影村の話を...。
からふるに彩れ
らら
青春
この世界や人に対して全く無関心な、主人公(私)は嫌々高校に入学する。
そこで、出会ったのは明るくてみんなに愛されるイケメン、藤田翔夜。
彼との出会いがきっかけでどんどんと、主人公の周りが変わっていくが…
藤田翔夜にはある秘密があった…。
少女漫画の主人公みたいに純粋で、天然とかじゃなくて、隠し事ばっかで腹黒な私でも恋をしてもいいんですか?
────これは1人の人生を変えた青春の物語────
※恋愛系初めてなので、物語の進行が遅いかもしれませんが、頑張ります!宜しくお願いします!
走り始めた恋
桜庭なぎさ
青春
新入生・美月が陸上部のエース・拓海に心惹かれる中、マネージャーとしてチームを支える。互いの距離が縮まる中、大会での勝利を経て、二人の間に新たなスタートラインが引かれる。恋愛、友情、そしてスポーツを軸に、青春の輝きと成長を描く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる