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第6章 その瞳は、悲し気ながらも強く輝いていた
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(たまきside)
今日もお客様を見送った。
静かになった店内には私一人になった。窓から外を見ると落ち葉が風で飛ばされていく、朝掃除したのにな。
......だいぶ秋が深くなってきたんだな、と気づき直した。
少し休憩しようと考えて軽く呼吸をしようとすると、苦しい感じがあった。
思わず壁にかけてあったカーディガンを手に抱きかかえるようにして、その場にしゃがみ込んだ。
過呼吸が再発したようだった。何時の頃からか抱えている小さな爆弾みたいなもの。それはふとした時に訪れる。
どれくらい身を固めていたのだろうか、やっと落ち着いてきた。
ゆっくり立ち上がってみる。まだふらつく感じが残っていながらもグラスに水を注いだ。
だいぶ働きづめだったな......。
新しいお客様と出会って、色んな会話を楽しんで、ストーカーを撃退して。様々な出来事が通り過ぎていった気がした。
賄い料理は簡単に卵スープを作ることに決めた。漂う香りは私の気持ちを落ち着かせる。
食べたらドアの外に供えている花を変えておかないと。この花は、天国に居る貴方への気持ちなのです。
・・・
ヒヨコは、いや鳥類というのは、瞳に移ったものを親だと認識するもの。けれども、私の黒い瞳は親を映していなかった。
私がたぶん最初に覚えているのは、母親が手で顔を隠して泣いているシーンだったと思う。父親の死別の日だった。
それから、手を引かれた私は新しい父親と出会った。母親がどういう経緯で再婚相手を見つけたのは私の知るところではないが、それは苗字が玉井に変わった日だった。
「おかえりなさい」
私は帰宅したお父さんを玄関で迎える。
それは嬉しい出来事だったんだけど、どこか寂しさをも感じた。うっすら物心がついていたから、どう接すれば良いか分からなかったんだ。
やがて、私は妹を迎えた。
赤子は愛の証、子供ながらにそんなことを理解していた気がする。私は最初の頃は妹を溺愛した。
だけれども、後から気づいたんだ。
妹は私と血のつながりが全くないことに。彼女は父と母の愛が作り上げた結晶なのだ。自分の感情は屈折してしまい、愛されているのか分からなくなってしまった。
それから私は妹を拒絶した。
必要以上に彼女と話すことを嫌って、家で静かに過ごすようになった。曇りがかった心を振り払うことはできないままで、なんとなく学校にも馴染めなかった気がする。
ピヨピヨ鳴くヒヨコに憧れていたんだよ。
周りに居場所がなかった私は、大学生になると同時に一人暮らしをはじめた。
夕立に遭った私は偶然にも「piyo-piyo」の軒先で雨宿りしていた。そこに声をかけてくれたのがお店を支える先代のマスターだった。
「どんな料理でもできるよ」
長身で少し髪の長い彼は、爽やかな笑顔で私を招き入れてくれた。
わくわくした私は、どんな料理をお願いしようかなと思ったけれど、お金がないから卵スープしか注文できなかった。
「そうだ、卵スープは地味な料理だろうけどね。
キッチンに来て見てみなよ、面白いよ~」
「でも、私。
髪とか濡れたままですし、お邪魔するのは悪いですよ......」
「いいから、いいから」
そう言って彼は、私に調理工程を見せてくれた。
沸騰したスープの火を止めて、少しずつ鍋をかき回していった。そうして生まれた水流の中にゆっくりと溶き卵を注いでいく。
少し高いところから溶き卵を注ぐ姿、あっという間にふわふわと固まっていく卵たち。まるでメリーゴーランドのように輝いて見えた。
「なんて綺麗なんだろう......」
一口飲ませてもらって、この素朴な美味しさに感動したんだ......。
そしていつの間にかバイトをはじめていて、料理の腕を見込まれて正規の店員になっていた。
休憩時間に彼に聞いたことがあったのだ。
「小さい頃から卵料理が好きだったのですか?」
彼はにっこり笑うような表情でこう答えてくれた。
「命に感謝しているんだよ」
「命に......ですか?」
「卵が美味しいのはもちろんだけどさ、毎日卵を産んでくれるニワトリって素晴らしくないかな?
人間の命もヒヨコの命も同じだと考えると感謝しなきゃいけないと思うでしょ」
そんな彼が交通事故に遭うなんて思っていなかった。
ある日、夜が遅くお客さんも居ないだろうとふたりでビールを開けた。
私ははじめて飲んだのだけど、苦みしか感じられなかった。だけども、卵料理の甘さと不思議と組み合わさって美味な世界だと感じたんだ。
顔がすぐに赤くなった私に対して、マスターは全く顔に出なかった。だから私は、どんどん飲ませてしまったんだ。
私が調子に乗らなければ良かったのに......。
・・・
お店の外に出ると、日差しは強いのにだいぶ空気が冷たかった。これが秋の季節なんだなあと再確認するようだった。
ドアの前に置いてあるお供えの花束を差し替えて、手を合わせてその場にしゃがみ込んだ。
マスター、今も天国から見ていますでしょうか......。
ペッパーもお店も私の意思で引き取ったんだ、きちんと守りたかったから。
しばらくお店を休業にしてしまおう。
ドアプレートを裏返して<CLOSED>にした。卵スープを綺麗に飲み干すと、店内の片付けをはじめていった。
今日もお客様を見送った。
静かになった店内には私一人になった。窓から外を見ると落ち葉が風で飛ばされていく、朝掃除したのにな。
......だいぶ秋が深くなってきたんだな、と気づき直した。
少し休憩しようと考えて軽く呼吸をしようとすると、苦しい感じがあった。
思わず壁にかけてあったカーディガンを手に抱きかかえるようにして、その場にしゃがみ込んだ。
過呼吸が再発したようだった。何時の頃からか抱えている小さな爆弾みたいなもの。それはふとした時に訪れる。
どれくらい身を固めていたのだろうか、やっと落ち着いてきた。
ゆっくり立ち上がってみる。まだふらつく感じが残っていながらもグラスに水を注いだ。
だいぶ働きづめだったな......。
新しいお客様と出会って、色んな会話を楽しんで、ストーカーを撃退して。様々な出来事が通り過ぎていった気がした。
賄い料理は簡単に卵スープを作ることに決めた。漂う香りは私の気持ちを落ち着かせる。
食べたらドアの外に供えている花を変えておかないと。この花は、天国に居る貴方への気持ちなのです。
・・・
ヒヨコは、いや鳥類というのは、瞳に移ったものを親だと認識するもの。けれども、私の黒い瞳は親を映していなかった。
私がたぶん最初に覚えているのは、母親が手で顔を隠して泣いているシーンだったと思う。父親の死別の日だった。
それから、手を引かれた私は新しい父親と出会った。母親がどういう経緯で再婚相手を見つけたのは私の知るところではないが、それは苗字が玉井に変わった日だった。
「おかえりなさい」
私は帰宅したお父さんを玄関で迎える。
それは嬉しい出来事だったんだけど、どこか寂しさをも感じた。うっすら物心がついていたから、どう接すれば良いか分からなかったんだ。
やがて、私は妹を迎えた。
赤子は愛の証、子供ながらにそんなことを理解していた気がする。私は最初の頃は妹を溺愛した。
だけれども、後から気づいたんだ。
妹は私と血のつながりが全くないことに。彼女は父と母の愛が作り上げた結晶なのだ。自分の感情は屈折してしまい、愛されているのか分からなくなってしまった。
それから私は妹を拒絶した。
必要以上に彼女と話すことを嫌って、家で静かに過ごすようになった。曇りがかった心を振り払うことはできないままで、なんとなく学校にも馴染めなかった気がする。
ピヨピヨ鳴くヒヨコに憧れていたんだよ。
周りに居場所がなかった私は、大学生になると同時に一人暮らしをはじめた。
夕立に遭った私は偶然にも「piyo-piyo」の軒先で雨宿りしていた。そこに声をかけてくれたのがお店を支える先代のマスターだった。
「どんな料理でもできるよ」
長身で少し髪の長い彼は、爽やかな笑顔で私を招き入れてくれた。
わくわくした私は、どんな料理をお願いしようかなと思ったけれど、お金がないから卵スープしか注文できなかった。
「そうだ、卵スープは地味な料理だろうけどね。
キッチンに来て見てみなよ、面白いよ~」
「でも、私。
髪とか濡れたままですし、お邪魔するのは悪いですよ......」
「いいから、いいから」
そう言って彼は、私に調理工程を見せてくれた。
沸騰したスープの火を止めて、少しずつ鍋をかき回していった。そうして生まれた水流の中にゆっくりと溶き卵を注いでいく。
少し高いところから溶き卵を注ぐ姿、あっという間にふわふわと固まっていく卵たち。まるでメリーゴーランドのように輝いて見えた。
「なんて綺麗なんだろう......」
一口飲ませてもらって、この素朴な美味しさに感動したんだ......。
そしていつの間にかバイトをはじめていて、料理の腕を見込まれて正規の店員になっていた。
休憩時間に彼に聞いたことがあったのだ。
「小さい頃から卵料理が好きだったのですか?」
彼はにっこり笑うような表情でこう答えてくれた。
「命に感謝しているんだよ」
「命に......ですか?」
「卵が美味しいのはもちろんだけどさ、毎日卵を産んでくれるニワトリって素晴らしくないかな?
人間の命もヒヨコの命も同じだと考えると感謝しなきゃいけないと思うでしょ」
そんな彼が交通事故に遭うなんて思っていなかった。
ある日、夜が遅くお客さんも居ないだろうとふたりでビールを開けた。
私ははじめて飲んだのだけど、苦みしか感じられなかった。だけども、卵料理の甘さと不思議と組み合わさって美味な世界だと感じたんだ。
顔がすぐに赤くなった私に対して、マスターは全く顔に出なかった。だから私は、どんどん飲ませてしまったんだ。
私が調子に乗らなければ良かったのに......。
・・・
お店の外に出ると、日差しは強いのにだいぶ空気が冷たかった。これが秋の季節なんだなあと再確認するようだった。
ドアの前に置いてあるお供えの花束を差し替えて、手を合わせてその場にしゃがみ込んだ。
マスター、今も天国から見ていますでしょうか......。
ペッパーもお店も私の意思で引き取ったんだ、きちんと守りたかったから。
しばらくお店を休業にしてしまおう。
ドアプレートを裏返して<CLOSED>にした。卵スープを綺麗に飲み干すと、店内の片付けをはじめていった。
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