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第5章 すべての命に感謝を
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(梨央side)
僕は今日も「piyo-piyo」にお邪魔していた。
席に座るなり、僕は先ほど見かけた花の話をしてみせる。スマートフォンで撮影した画像を見せながら、たまきさんに話してみた。
「ほら、これ見てくださいよ。
ショッピングモールの花壇に植えられていた花。
黄色い小さな花が集まっているようで、可愛かったです」
「あら、ホントですね。
アキノキリンソウでしょうか?」
ほうほう、思った通り博学な彼女が答えを教えてくれた。
「......そこで、ひとつ創作たまご料理を頼みたいのですよ」
お店のマスターはこのメニューを注文すると、さも嬉しそうに頬が上がっていく。自分の腕によりをかけられるからだ。
「この黄色い花のように、ゆで卵をつぶして散らすサラダが食べたいです」
ふむふむ、とメモを取っている彼女。だけども次第にしょんぼりしてしまった。
何があったのだろうか?
「......それって、"ミモザサラダ"ではありませんか?」
そうそう、それです。
「ミモザサラダを作るくらい、造作もありません。
本場のロシア風を作るならまだしも、梨央さんがイメージしているのは日本のやつでしょう。
いつもの前菜のサラダにゆで卵をつぶしますよ。
ですので、創作ではなくて何か注文してくださいませ」
なるほど、創作メニューの価格は一律だから割に合わないわけだ。
彼女は視線をこちらに送り、
「まあ、このお値段相当な量のサラダを食べたいなら作って差し上げますが。
キャベツ二個を千切りにして......」
などと釘を刺してくる。
それはお腹の足しにならないし、すぐに飽きてしまいそうから止めて欲しい。天真爛漫な彼女ならやりそうな気もしたので、丁重にお断りしておこう。
たまきさんはなんだか視線をきょろきょろと泳がせている。サラダを僕の前に置くと、少し耳打ちをしてきた。
「......なんだか視線を感じるのです」
僕は慌てて窓の方に振り返った。誰もいないので、ドアを開けて外に出てみた。
はて? やはり誰もいなかった。僕は胸を撫で下ろした。だけども、たまきさんはまだ不安そうな表情をしてその場に立っている。
「......そうですか」
それでも、不安な心を残したままキッチンに戻っていった。
・・・
「ロシアのミモザサラダというのは、たぶん見たことがないと思います。
魚の水煮缶、チーズやジャガイモ・玉ねぎなどの野菜を、ケーキの様に盛り付けます。
その上に潰すなり裏ごしするゆで卵をトッピングして、切り分けて食べます」
トーストを焼きながら彼女は説明してくれる。
手間はかかるという第一印象な分、<創作メニュー>に合いそうな気もしたのだが。改めて今度頼んでみたくなった。
「あ、魚の水煮缶は買っておかないといけないので、あらかじめ予約してくださいね。
あと複数人で来て下さらないと余りますので」
なるほど。たしかに残すわけにはいかないか。食べ物を残すなという釘を刺されてしまった。
「そういえば。
ミモザの花言葉ってご存知で......」
彼女はここまで言って、口をつむった。うっすら恥ずかしげのある表情をしていた。つい気になってしまう。
そこに、タイミングを合わせてトースターがチンと鳴って、焼きたてのパンが飛び出してくる。
「あ、できましたね」
たまきさんはトースターに目を向けながら言った。これで話が打ち切られてしまった。
たまきさんはまた視線をきょろきょろと泳がせている。しきりに窓の方を伺っては不安そうな表情をしている。
僕は声に声をかけてみた。
「さっき見た通り、誰もいなかったですよ。
......あの男のことが気になっているのですか」
「ええ、まあ。
杞憂なら良いのですけどね」
そう言いながら、彼女は僕のサラダを片付けようと近づいてきた。だけども、足がふらついていて危なそうだった。
足元注意して、という間もなく彼女は慌てて僕の方に倒れてしまう。彼女の身体を支える格好になった。
たまきさんは軽めの体重だろうけど、それでもずっしりと重いような感じがした。
「また、気を失ってしまいそう」
彼女のセリフから、不安が僕にも伝わってくる。たしかに、取り越し苦労ならどれだけ良いことか。
パンを食べ終わった僕は、あることを思いついた。キッチンの中でマグカップを持って座っているたまきさんに声を掛ける。
「そうだ、ふたりで確認しに行きませんか?
赤信号も一緒に渡れば怖くないっていうし」
「赤信号のことはよく分かりませんが。
ええ、是非」
少し彼女の表情が晴れたような気がした。
僕はゆっくりと歩みを進めた。後ろにはたまきさんがワイシャツの背中にしがみついている。
ドアを開けて外を伺ってみるが、誰一人歩いていなかった。僕は彼女に声を掛ける。
「だれもいませんね」
「ええ、そうですねえ。
じゃあ、あの角までお願いします」
再度ゆっくりと歩いていく。はたから見たら面白い恰好なふたりなのだけど、こちらは本気なのだ。
角を見ても、人っ子ひとりいなかった。たまきさんは肩の荷を下ろしたのか、やっと離れてくれた。
安心した様子で「piyo-piyo」に戻る。
・・・
だけども、目に映ったのは半開きになっている店舗のドアだった。あ! うっかりしてきちんと閉めてなかったんだ。
すかさず彼女がドアに張り付いて中の様子を伺っている。
「......何か、ガサゴソ音がします」
一気に緊張してきた。
身を固くしながらも、僕は彼女に告げる。
「ドアを一気に開いてください、そしたら僕が飛び込みます」
「ええ。
......行きますよ」
一気に視界が開かれた。そこで目にしたものは......。
「ニャー!」
ニャー? 半開きの扉から入ってきたのは猫だったのだ。
「まさか、野良猫でしたか」
ふたりして息を吐きだした。猫が店内をあちこち歩き回っている姿に、一気に和やかな雰囲気になった。
だけども、まだ彼女は不安そうな表情をしている。ペッパーを飼っているのに、動物嫌いだというのはないだろう。
笑いと不安が入り混じった彼女が言うには、
「私、猫アレルギーなんです。
見ているだけならいいんですけど、近づけなくて」
その回答に僕は大きな口を開けて笑ってしまった。
「何笑っているんですか、早くミルクを出してあげてくださいよー」
そのまま後ろを振り向いてくしゃみをしていた。
・・・
(たまきside)
今日も梨央さんを見送った。
最近の彼の表情は、安堵で包まれているような感じがする。それを見るのが私も楽しいのです。
本当に、皆が落ち着いて食事をできる雰囲気を楽しんでくれれば良いな。これは<マスター>としての願い。大切な人もよく言っていたっけ。
......彼の前で言えなかった言葉があるんだ。
ミモザの花言葉、知っていますか? 感受性・思いやり。そして、秘密の恋。
「今も忘れない恋の歌......」
洗い物をしながら、好きな曲の歌詞を口ずさんでみた。
この気持ちは以前、大切な人へ向けられていた。そして、今は彼へ向いている。気づいてくれると良いな。
彼は私のことをどんな風に想っているのだろうか......。
ミモザの日は私の誕生日なんだ。黄色い花を贈ってほしい、そう思っている。これは<たまき>としての願い。
僕は今日も「piyo-piyo」にお邪魔していた。
席に座るなり、僕は先ほど見かけた花の話をしてみせる。スマートフォンで撮影した画像を見せながら、たまきさんに話してみた。
「ほら、これ見てくださいよ。
ショッピングモールの花壇に植えられていた花。
黄色い小さな花が集まっているようで、可愛かったです」
「あら、ホントですね。
アキノキリンソウでしょうか?」
ほうほう、思った通り博学な彼女が答えを教えてくれた。
「......そこで、ひとつ創作たまご料理を頼みたいのですよ」
お店のマスターはこのメニューを注文すると、さも嬉しそうに頬が上がっていく。自分の腕によりをかけられるからだ。
「この黄色い花のように、ゆで卵をつぶして散らすサラダが食べたいです」
ふむふむ、とメモを取っている彼女。だけども次第にしょんぼりしてしまった。
何があったのだろうか?
「......それって、"ミモザサラダ"ではありませんか?」
そうそう、それです。
「ミモザサラダを作るくらい、造作もありません。
本場のロシア風を作るならまだしも、梨央さんがイメージしているのは日本のやつでしょう。
いつもの前菜のサラダにゆで卵をつぶしますよ。
ですので、創作ではなくて何か注文してくださいませ」
なるほど、創作メニューの価格は一律だから割に合わないわけだ。
彼女は視線をこちらに送り、
「まあ、このお値段相当な量のサラダを食べたいなら作って差し上げますが。
キャベツ二個を千切りにして......」
などと釘を刺してくる。
それはお腹の足しにならないし、すぐに飽きてしまいそうから止めて欲しい。天真爛漫な彼女ならやりそうな気もしたので、丁重にお断りしておこう。
たまきさんはなんだか視線をきょろきょろと泳がせている。サラダを僕の前に置くと、少し耳打ちをしてきた。
「......なんだか視線を感じるのです」
僕は慌てて窓の方に振り返った。誰もいないので、ドアを開けて外に出てみた。
はて? やはり誰もいなかった。僕は胸を撫で下ろした。だけども、たまきさんはまだ不安そうな表情をしてその場に立っている。
「......そうですか」
それでも、不安な心を残したままキッチンに戻っていった。
・・・
「ロシアのミモザサラダというのは、たぶん見たことがないと思います。
魚の水煮缶、チーズやジャガイモ・玉ねぎなどの野菜を、ケーキの様に盛り付けます。
その上に潰すなり裏ごしするゆで卵をトッピングして、切り分けて食べます」
トーストを焼きながら彼女は説明してくれる。
手間はかかるという第一印象な分、<創作メニュー>に合いそうな気もしたのだが。改めて今度頼んでみたくなった。
「あ、魚の水煮缶は買っておかないといけないので、あらかじめ予約してくださいね。
あと複数人で来て下さらないと余りますので」
なるほど。たしかに残すわけにはいかないか。食べ物を残すなという釘を刺されてしまった。
「そういえば。
ミモザの花言葉ってご存知で......」
彼女はここまで言って、口をつむった。うっすら恥ずかしげのある表情をしていた。つい気になってしまう。
そこに、タイミングを合わせてトースターがチンと鳴って、焼きたてのパンが飛び出してくる。
「あ、できましたね」
たまきさんはトースターに目を向けながら言った。これで話が打ち切られてしまった。
たまきさんはまた視線をきょろきょろと泳がせている。しきりに窓の方を伺っては不安そうな表情をしている。
僕は声に声をかけてみた。
「さっき見た通り、誰もいなかったですよ。
......あの男のことが気になっているのですか」
「ええ、まあ。
杞憂なら良いのですけどね」
そう言いながら、彼女は僕のサラダを片付けようと近づいてきた。だけども、足がふらついていて危なそうだった。
足元注意して、という間もなく彼女は慌てて僕の方に倒れてしまう。彼女の身体を支える格好になった。
たまきさんは軽めの体重だろうけど、それでもずっしりと重いような感じがした。
「また、気を失ってしまいそう」
彼女のセリフから、不安が僕にも伝わってくる。たしかに、取り越し苦労ならどれだけ良いことか。
パンを食べ終わった僕は、あることを思いついた。キッチンの中でマグカップを持って座っているたまきさんに声を掛ける。
「そうだ、ふたりで確認しに行きませんか?
赤信号も一緒に渡れば怖くないっていうし」
「赤信号のことはよく分かりませんが。
ええ、是非」
少し彼女の表情が晴れたような気がした。
僕はゆっくりと歩みを進めた。後ろにはたまきさんがワイシャツの背中にしがみついている。
ドアを開けて外を伺ってみるが、誰一人歩いていなかった。僕は彼女に声を掛ける。
「だれもいませんね」
「ええ、そうですねえ。
じゃあ、あの角までお願いします」
再度ゆっくりと歩いていく。はたから見たら面白い恰好なふたりなのだけど、こちらは本気なのだ。
角を見ても、人っ子ひとりいなかった。たまきさんは肩の荷を下ろしたのか、やっと離れてくれた。
安心した様子で「piyo-piyo」に戻る。
・・・
だけども、目に映ったのは半開きになっている店舗のドアだった。あ! うっかりしてきちんと閉めてなかったんだ。
すかさず彼女がドアに張り付いて中の様子を伺っている。
「......何か、ガサゴソ音がします」
一気に緊張してきた。
身を固くしながらも、僕は彼女に告げる。
「ドアを一気に開いてください、そしたら僕が飛び込みます」
「ええ。
......行きますよ」
一気に視界が開かれた。そこで目にしたものは......。
「ニャー!」
ニャー? 半開きの扉から入ってきたのは猫だったのだ。
「まさか、野良猫でしたか」
ふたりして息を吐きだした。猫が店内をあちこち歩き回っている姿に、一気に和やかな雰囲気になった。
だけども、まだ彼女は不安そうな表情をしている。ペッパーを飼っているのに、動物嫌いだというのはないだろう。
笑いと不安が入り混じった彼女が言うには、
「私、猫アレルギーなんです。
見ているだけならいいんですけど、近づけなくて」
その回答に僕は大きな口を開けて笑ってしまった。
「何笑っているんですか、早くミルクを出してあげてくださいよー」
そのまま後ろを振り向いてくしゃみをしていた。
・・・
(たまきside)
今日も梨央さんを見送った。
最近の彼の表情は、安堵で包まれているような感じがする。それを見るのが私も楽しいのです。
本当に、皆が落ち着いて食事をできる雰囲気を楽しんでくれれば良いな。これは<マスター>としての願い。大切な人もよく言っていたっけ。
......彼の前で言えなかった言葉があるんだ。
ミモザの花言葉、知っていますか? 感受性・思いやり。そして、秘密の恋。
「今も忘れない恋の歌......」
洗い物をしながら、好きな曲の歌詞を口ずさんでみた。
この気持ちは以前、大切な人へ向けられていた。そして、今は彼へ向いている。気づいてくれると良いな。
彼は私のことをどんな風に想っているのだろうか......。
ミモザの日は私の誕生日なんだ。黄色い花を贈ってほしい、そう思っている。これは<たまき>としての願い。
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