「piyo-piyo」~たまきさんとたまごのストーリー

卯月ゆう

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第3章 変わってゆくものばかり

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(たまきside)

 私は自宅の窓を開けるなり、ひくひくとウサギのように鼻を動かして空気を感じてみる。
 ベランダに出てみると珍しく湿気の少ない空気が澄み切っていた。まるで写真を撮っておきたくなるような光景だと思った。
 視界の脇をバスが通り過ぎて行った。駅へ向かう便に乗っている人々は、それから何処に向かうのだろう。仕事に行く人が大半だろうけど、中には有給休暇を取得した人もいると思う。彼らは旅行なのだろうと考えると、こちらまでわくわくしてくる。
 オフの日を過ごす私も、出かけてみたくなるものだ。わだかまりも少しは落ち着くような気がしている。

 部屋に戻ってきた私はデッキを操作した。
 流れてくるクラシックに合わせて家事をするのが好きなんだ。冷蔵庫に入っている食材から今日のメニューを考えるのが楽しみだ。
 「piyo-piyo」のマスターとして、色んな人の話を聞いて卵料理を創作する。決してお客様は満足に来てくださるわけじゃないけれど、自分自身が楽しんでいる、それが一番大事だと思う。
 冷蔵庫からレモンをみっつ出してきた。そのうちひとつを手に取って、窓の外へ向けて掲げてみた。朝の空に浮かぶ月のようだ。
 小さい頃は、月は夜にしか見えないものだと信じ切っていたっけ。だから、朝に月を見たときは、不思議な異世界を思わせるような神秘的な出来事だと思っていた。
 手にしたレモンが月と重なって、まるで私はお月さまを手にしたような気分に錯覚を覚えた。
 ......これから作る飲み物を<お月さまの飲み物>と名付けようかな。引き続きレモンの調理を進めていった。
 なんだか、今日の私はロマンチストだった。

 ・・・

 午後はペッパーをケージに入れて、バスに乗り込む。
 彼を飼い始めた頃は大変だった。家の周りは全く散歩してくれないので、私は頭を悩ませた。
 ふと思いついて、「piyo-piyo」から歩いて行ける公園に行ってみた。ここはオフィス街の中にも少しばかりの緑や芝生があるんだ。まるでドッグランに行くみたいに、彼は生き生きと楽しんでくれるようになった。たまにしかできない贅沢を、これから味わって欲しいと思う。
 ペッパーを散歩していると、木陰の下にあるとあるベンチが目についた。私の中にわだかまりがこみ上げて、リードを離してしまいそうになった。そう、この間みたいにペッパーがじゃれてくれないだろうか。あの人のところまで、案内してほしいって思うから。
 ベンチに座って、どれくらいの時間が経っただろうか。影の角度が変わっても、あの人も、プリン屋のワゴン販売も現れなかった。
 寂しさを覚えた私は、仕方なく帰る事にするのだった。

 ・・・

 晩ごはんのために自宅のキッチンに立っている。
 「piyo-piyo」の余り物で作るトーストを温めながら、隣ではフライパンでニンニクを火にかける。
 カンパチで作る、簡易的なカルパッチョだ。サクのままオリーブオイルとみじん切りのニンニクで焼き付けて、表面の色が変わったらすぐに氷水に取り出すだけのもの。是非お試しあれ。
 そして、ついに<お月さまの飲み物>が完成になりつつあった。
 朝からレモンの皮を付けていたウォッカに炭酸水を混ぜる......。そう、自作のレモンサワーだった。
 
 私はレモンサワーを片手にベランダに出てみた。
 外の空気を思いっきり吸い込んでみる。それは楽しいけれど、どこか都会の空気が寂しさを感じさせた。
 視界の隅に走るバスがヘッドライトを照らす、生きていると示しているサインのように。それらを大きな新月が照らしていた。生命の温かみを見守っているように、月はいつもそこにある。
 レモンサワーを一口飲んだ。
 先日妹が持ってきた雑誌に掲載されていた記事を参考にはじめて作ってみた。食材と簡単な手間が調和して、新しいものを生みだせた。この創作の時間こそ、私が求めているもの、卵の番人が望んでいる時間だ。
 ほんのりとしたレモンの香りが私の気分を紅潮させる。
「今日はずっとロマンチストな気がしたなあ」
 ひとりポツリとつぶやく。最近感じていたわだかまりはセンチメンタルに昇華された。それは、恋からくる衝動。
 梨央さんは、この新月を見ているだろうか。
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