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希理子、と圭紫、魔物に向かう!
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魔物が潜む暗い河原。
舗装などされていない、土を踏み固めただけの細い道の両脇は希理子の背丈ほどの雑草が茂って、魔物が身をひそめるにはもってこいだが、今日は風がないから草が揺れればその音で判断できる。
そこを2人は、ぽつりぽつりと話をしながら進んでいる。警戒はしているが、所詮は素人。右手側の茂みがガサガサッと激しく揺れて、一瞬後に黒い影が飛び出してきた時、何の対処もできず固まった。
先に動いたのは圭紫だった。
その瞬間こそ動けなかったものの、飛び出してきたのが敵だと認識した途端、隣の希理子を突き飛ばして自分も後ろに飛びのいた。
バランスを崩しながらもレオフレイに変身し、対処しようと拳を握る。
うす暗闇と敏捷な動きのせいで、魔物は黒い影としか見えないが、それでも敵の動きより素早く拳を繰り出した。
やみくもに打ち出した中の1発が魔物の体をかすめたらしく、地を這うような唸り声がして、ようやく魔物が動きを止めた。
「大丈夫か」
魔物に視線を据えながら圭紫が叫ぶ。
「大丈夫。そっちこそ無茶しないでよ」
自分も変身しながら希理子が返事を返した。
少し目が慣れてきて、ようやく魔物の姿が確認できた。
それは―――――
「ケルベロス」
黒い獣は四つ足で、鋭い爪を持っている。ビロードのような短毛に覆われた体は強靭で、鋼の硬さを備えている。そして、それ最大の特徴は、肉食の獰猛さをうかがわせる目と牙を持つ頭が3つある事だ。
ゲームで現れる時はかなり上位の魔物に分類されている。
「ケルベロス、って……地獄の門番?」
「そうとも言うな」
「って、何でそんな悠長なのよ。ケルベロスってめっちゃ強い魔物じゃない。見てよ、怖そうな顔が3つもあるじゃない。無理っ、無理だからっ!」
希理子は犬好きだ。もふもふは正義と思っているが、あれは違う。あんな、牙むき出しで唸って、口の端からだらだら涎を流しているような犬はかわいくない。
ぎゃあぎゃあわめく希理子の声がうるさかったのか、魔物が一際大きく唸る。それが怖くて更にわめくと、あきれた圭紫に怒鳴られた。
「わめくな。俺が何とかするから、隠れてろ」
物理で対処すると言っただけあって、圭紫は魔物とかなりいい勝負をしている。
とは言っても、希理子に格闘の知識はない。ただ、目で追える範囲ですごいと思うだけだ。
圭紫に飛びかかった魔物は、鋭い爪を振りかぶり、むき出しにした牙を突き立てようと噛みついてくる。だが、圭紫も魔物の攻撃をバックステップで交わし、拳を突き出す。3つの頭の中のひとつ、右端の顔に拳がめり込んだ。魔物が唸っているが怯む事無く次の拳も繰り出され、真ん中の頭を打ちすえた。
だが、頭は3つ。
無事なそれは怒り狂い、まっすぐ伸びた腕に噛みついて、深々と牙を突き立てる。
「ダッ、ダメエッ!」
希理子は叫び、足元の石をつかんで投げつけた。
だが、魔物はそれには構わず組み敷いた男へとどめを刺そうと、再度牙を剥きだしにしている。
走って行ってスティックで刺そうか、でも、近づいて魔物の攻撃が自分に向かってきたら逃げられない。
希理子が逡巡していると、魔物に組み敷かれた圭紫が、魔物の腹を下から膝で突き上げた。いい場所に入ったのか、魔物はすさまじい雄叫びをあげて圭紫の上から飛びのいた。
少し距離をおいてにらみ合うひとりと一匹。
さっきの蹴りは圭紫の期待以上にダメージを与えたらしく、魔物は大きな体を斜めに傾けて立っている。殴られた2つの頭も唸ってはいるものの、無傷のものと比べれば覇気がない。
後ひとつ。最後の頭に圭紫の攻撃が決まれば、こちらに勝機がある。そうなれば、スティックでエネルギーを充填できる。
スティックを握りしめた希理子の拳は力が入り過ぎて白くなってブルブルと震えていた。
一呼吸の後、飛びかかり絡み合う圭紫と魔物。圭紫が殴れば魔物が爪でひっかいた。魔物が牙を突き立てれば圭紫の蹴りが魔物を襲う。
映画の戦闘シーンよりずっと迫力がある。
だが、希理子とてわかっている。このままじっと見ているだけではいけないと。
何かひとつ切欠が、わずかの間でいいから魔物の動きが止まってくれたら、そうしたら近くにいけるのに。
希理子の祈りが届いたのか、奇跡が起こったのか、攻撃の為姿勢を低くした魔物の背に圭紫が飛び乗った。両手で左右の頭を掴んで振り落とされないようにしがみついている。
己の背にとりついた敵を払い落そうと必死な魔物は自ら地面に転がって体を擦り付け始めた。バッタンバッタンと左右に体を捻って、しがみついた圭紫を払い落そうと転がった。
「あぶないっ!」
勢いがつき過ぎたのだろう。転がっていた魔物が大きく移動して、ぽつんと1本聳えていた立ち木にぶつかった。
大きな音がして、木が揺れる。
そして、数秒後、希理子を呼ぶ圭紫の声がした。
もちろん呼ばれる前に駆け寄っていた希理子が目にしたのは、仰向けに抑え込まれた巨大な魔物に馬乗りになった圭紫の姿。
「今だ。押えてるから、どこでもいいから刺せっ!」
溢れる銀の光は暗闇に落ちた周囲を明るく照らし出した。
凶悪な魔物。
ズタボロになって血にまみれた圭紫。
光の渦は回り、回り、渦巻いて舞い踊る。魔物を取り巻き取り囲み、黒い巨体の全身を覆ったかと思ったら次の瞬間、吸い込まれてなくなった。
「うわっ」
力いっぱい魔物を押さえ込んでいた圭紫だが、体の下の巨体が一瞬で小さくなったせいでバランスを失い地に落ちた。
「ワフッ」
のしかかる圭紫の体から飛びのいた1匹の犬が一声鳴いて、そばの茂みに走り込んでいった。
慌てて駆け寄った希理子が圭紫を助け起こせば、彼の体の下には血まみれでぼろぼろになった小さな犬の死体。
「これ……」
「多分、発見者のペットだろうな。魔物にやられたんだ」
圭紫がすでにぼろぼろになっているシャツを脱いで、犬の死体をくるんで持ち上げた。
「せめて飼い主の所につれてってやらないとな」
「……うん」
舗装などされていない、土を踏み固めただけの細い道の両脇は希理子の背丈ほどの雑草が茂って、魔物が身をひそめるにはもってこいだが、今日は風がないから草が揺れればその音で判断できる。
そこを2人は、ぽつりぽつりと話をしながら進んでいる。警戒はしているが、所詮は素人。右手側の茂みがガサガサッと激しく揺れて、一瞬後に黒い影が飛び出してきた時、何の対処もできず固まった。
先に動いたのは圭紫だった。
その瞬間こそ動けなかったものの、飛び出してきたのが敵だと認識した途端、隣の希理子を突き飛ばして自分も後ろに飛びのいた。
バランスを崩しながらもレオフレイに変身し、対処しようと拳を握る。
うす暗闇と敏捷な動きのせいで、魔物は黒い影としか見えないが、それでも敵の動きより素早く拳を繰り出した。
やみくもに打ち出した中の1発が魔物の体をかすめたらしく、地を這うような唸り声がして、ようやく魔物が動きを止めた。
「大丈夫か」
魔物に視線を据えながら圭紫が叫ぶ。
「大丈夫。そっちこそ無茶しないでよ」
自分も変身しながら希理子が返事を返した。
少し目が慣れてきて、ようやく魔物の姿が確認できた。
それは―――――
「ケルベロス」
黒い獣は四つ足で、鋭い爪を持っている。ビロードのような短毛に覆われた体は強靭で、鋼の硬さを備えている。そして、それ最大の特徴は、肉食の獰猛さをうかがわせる目と牙を持つ頭が3つある事だ。
ゲームで現れる時はかなり上位の魔物に分類されている。
「ケルベロス、って……地獄の門番?」
「そうとも言うな」
「って、何でそんな悠長なのよ。ケルベロスってめっちゃ強い魔物じゃない。見てよ、怖そうな顔が3つもあるじゃない。無理っ、無理だからっ!」
希理子は犬好きだ。もふもふは正義と思っているが、あれは違う。あんな、牙むき出しで唸って、口の端からだらだら涎を流しているような犬はかわいくない。
ぎゃあぎゃあわめく希理子の声がうるさかったのか、魔物が一際大きく唸る。それが怖くて更にわめくと、あきれた圭紫に怒鳴られた。
「わめくな。俺が何とかするから、隠れてろ」
物理で対処すると言っただけあって、圭紫は魔物とかなりいい勝負をしている。
とは言っても、希理子に格闘の知識はない。ただ、目で追える範囲ですごいと思うだけだ。
圭紫に飛びかかった魔物は、鋭い爪を振りかぶり、むき出しにした牙を突き立てようと噛みついてくる。だが、圭紫も魔物の攻撃をバックステップで交わし、拳を突き出す。3つの頭の中のひとつ、右端の顔に拳がめり込んだ。魔物が唸っているが怯む事無く次の拳も繰り出され、真ん中の頭を打ちすえた。
だが、頭は3つ。
無事なそれは怒り狂い、まっすぐ伸びた腕に噛みついて、深々と牙を突き立てる。
「ダッ、ダメエッ!」
希理子は叫び、足元の石をつかんで投げつけた。
だが、魔物はそれには構わず組み敷いた男へとどめを刺そうと、再度牙を剥きだしにしている。
走って行ってスティックで刺そうか、でも、近づいて魔物の攻撃が自分に向かってきたら逃げられない。
希理子が逡巡していると、魔物に組み敷かれた圭紫が、魔物の腹を下から膝で突き上げた。いい場所に入ったのか、魔物はすさまじい雄叫びをあげて圭紫の上から飛びのいた。
少し距離をおいてにらみ合うひとりと一匹。
さっきの蹴りは圭紫の期待以上にダメージを与えたらしく、魔物は大きな体を斜めに傾けて立っている。殴られた2つの頭も唸ってはいるものの、無傷のものと比べれば覇気がない。
後ひとつ。最後の頭に圭紫の攻撃が決まれば、こちらに勝機がある。そうなれば、スティックでエネルギーを充填できる。
スティックを握りしめた希理子の拳は力が入り過ぎて白くなってブルブルと震えていた。
一呼吸の後、飛びかかり絡み合う圭紫と魔物。圭紫が殴れば魔物が爪でひっかいた。魔物が牙を突き立てれば圭紫の蹴りが魔物を襲う。
映画の戦闘シーンよりずっと迫力がある。
だが、希理子とてわかっている。このままじっと見ているだけではいけないと。
何かひとつ切欠が、わずかの間でいいから魔物の動きが止まってくれたら、そうしたら近くにいけるのに。
希理子の祈りが届いたのか、奇跡が起こったのか、攻撃の為姿勢を低くした魔物の背に圭紫が飛び乗った。両手で左右の頭を掴んで振り落とされないようにしがみついている。
己の背にとりついた敵を払い落そうと必死な魔物は自ら地面に転がって体を擦り付け始めた。バッタンバッタンと左右に体を捻って、しがみついた圭紫を払い落そうと転がった。
「あぶないっ!」
勢いがつき過ぎたのだろう。転がっていた魔物が大きく移動して、ぽつんと1本聳えていた立ち木にぶつかった。
大きな音がして、木が揺れる。
そして、数秒後、希理子を呼ぶ圭紫の声がした。
もちろん呼ばれる前に駆け寄っていた希理子が目にしたのは、仰向けに抑え込まれた巨大な魔物に馬乗りになった圭紫の姿。
「今だ。押えてるから、どこでもいいから刺せっ!」
溢れる銀の光は暗闇に落ちた周囲を明るく照らし出した。
凶悪な魔物。
ズタボロになって血にまみれた圭紫。
光の渦は回り、回り、渦巻いて舞い踊る。魔物を取り巻き取り囲み、黒い巨体の全身を覆ったかと思ったら次の瞬間、吸い込まれてなくなった。
「うわっ」
力いっぱい魔物を押さえ込んでいた圭紫だが、体の下の巨体が一瞬で小さくなったせいでバランスを失い地に落ちた。
「ワフッ」
のしかかる圭紫の体から飛びのいた1匹の犬が一声鳴いて、そばの茂みに走り込んでいった。
慌てて駆け寄った希理子が圭紫を助け起こせば、彼の体の下には血まみれでぼろぼろになった小さな犬の死体。
「これ……」
「多分、発見者のペットだろうな。魔物にやられたんだ」
圭紫がすでにぼろぼろになっているシャツを脱いで、犬の死体をくるんで持ち上げた。
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