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珠男、過去を少し思い出す
しおりを挟むツユクサという名を呟いたせいで記憶が刺激されたのか、珠男は束の間無言で頭を抱え込んでいた。心配になり顔を覗き込もうとしゃがみこんだ桃太郎と江五郎だが、表情を見る前に珠男がピッカリ光を放つ。
「「うおぉっ!!」」
眩しさに目を閉じ叫んだ2人が再度目を開けた時、眼前にはレベルアップ(?)した珠男の姿。
先ほどよりもっと人間味を帯びていた。
皮膚が淡い肌色になり頭部分も水に溶かした墨汁位の黒さに変わっているし、何より凹凸だけだった顔にパーツがあった。目はきちんと目に見えるし鼻も口もしっかり存在を主張している。
桃太郎が思わず「……ふわぁ。人間だぁ……」と呟く程の質感だ。
一方、変身後の珠男を目にした江五郎は「おぉぉっ。やはり羽熊様……」と、目に涙を浮かべながら拝んでいる。
そして(死んでいるから本物の幽霊なのだが、見た目が)かなり人間に戻った珠男は、姿と同時に生前の記憶もいくらか取り戻したらしい。
《あ~~……羽熊長十郎なぁ。確かに生きてる時はそんな名前で通ってた気がするわ。ったく、何でまたそんなけったいな名前を名乗ったんだか、自分。羽熊って……熊に羽がついてるわけないっちゅーに。どうせならもっとこぉ……宝田とか豊昇とか、かっこいい名前にしときゃよかったぜ。
あ、爺さん。拝んでくれてるとこ悪ぃんだけど、俺の本名羽熊なんて名前じゃないから。それって雇われる時に適当につけた偽名だわ》
記憶を取り戻したら何やら喋り方まで変わっている。犬山みたいな武家喋りだったのが猿川っぽい町民喋りになっているではないか。
驚き過ぎて、口を開けたまま固まった江五郎の顎が落ちそうだ。
だが、珠男は喋る。自分の中にあふれ出た記憶を、喋りながら整理しているみたいに次々喋る。
《しかもさぁ、さっきの―――――手柄の話。それ……すんげぇ盛ってる。確かに反乱は記憶にあるし、外国の船に乗り込んだのも……多分覚えてる。だけどなぁ~~~……》
むにゃむにゃと言葉を濁しながら、少々バツが悪そうに江五郎を見つつしゃべる珠男。
曰く―――――――
珠男は確かに江五郎が言う行動はとったけれど、英雄などではない。
反乱時、敵の陣営に忍び込んだのは本当だ。だがそれは奇襲や密命されたせいではなく、ただ単に腹が減ったから食い物を盗みに入っただけ。ついでに仲間内で噂になっていた敵陣の女中に夜這いをかけようと、陣奥に忍び込んだ。
運良くひとり寝の女中の布団に潜り込んだその帰り、出て行く方向を間違えた珠男は出口でなく陣の奥へと迷い込んでしまった。
ヤバイと思った時には特別豪華な一角にいて、しかも豪華そうな布団に寝ていた男に誰何された。
仕方なく先手必勝とばかりに男の首をかき切った。
それが盟主の若領主だったというわけだ。
「え?でも盟主は2人いて、2人共の首を取ったんでしょう?」
不思議に思い突っ込めば
《いや……その時は盟主だどうだは知らんかった。2人纏めてだったのは、場所が場所だったせいかどうかは知らんが、あいつらはひとつ布団で寝てたんだよ。ありゃ、多分できてたな。とにかく俺は2人共の首を切った。騒がれたらこちらの身が危ないからな。で、豪華な布団で寝ているなら少しは地位がある奴だろうと首を持ち帰ったってわけだ》
「それが敵の頭だったというわけか」
驚きに、再度江五郎は顎が外れそうな程ぱっかりと口を空けたままで固まった。
だが、数秒。何かにつかれたみたいに復活した。
「だっ、だがっ!ならば外国の奇襲はどうじゃ?あの時はさすがには羽熊様も我が国の危機を察して乗り込まれたのであろう?」
初めての時は偶然かもしれないが、名が売れた2度目はきちんと計画を立てて襲撃したのだろう、と縋るみたいに尋ねれば。
《う~~ん、あれなぁ。よくは覚えてねぇけど……多分、外国の女子を見に行ったんじゃないかな。出島から越してきた奴らの噂で、外国の女子は黄色い髪と青い目で乳と尻がババ~ンとでかいと聞いたんだよ。そんなもの、ひとめ拝まなきゃ死んでも死に切れないってな。で、仲間と共に小舟でこっそり近寄り忍び込んだんだ》
やっぱり今度も女がらみ。
どうやら珠男は江五郎とよく似た性欲魔人らしいと、少し呆れる桃太郎だった。
だが、江五郎はまだあきらめきれないのかしつこく食い下がっている。
「だっ、だがっ……そんな事で大勢の外国人を始末できるなど……いや、だが……」
わしの憧れが~~、と半泣きの江五郎に賭ける言葉もない。
すると今度は珠男の方が江五郎へと問いかける。
自分の死因が痴情のもつれで、犯人がツユクサだと言うのなら、そのあたりの詳しい事情を教えて欲しいと言い出した。
応える江五郎の記憶はこうだ。
すっかり有名な英雄となった羽熊は五雲の姫を正室に貰い受けたが、その結婚は上手くいかなかった。
原因は、英雄と言えど貴族でもない成り上がりの夫は五雲の姫のめがねに適わなかったとか、下賜されて尚、姫は御上に気持ちを残していたらしいとか、羽熊の女遊びが激し過ぎて姫が呆れかえったせいだとか、様々な噂がされていた。
確かに羽熊の女関係は華やかで、常に周りを綺麗どころが取り囲んでいたし、羽熊を取り合って女たちが凄絶な喧嘩を繰り広げたりもした。
そんな中、羽熊はとある旅芝居の花形女優を気に入り、贔屓にした。それがツユクサだ。
ツユクサも、仕事抜きにして羽熊に惚れたのだろう。2人は人目を憚らず逢瀬を持ち、家を借りて一緒に住み始めた。
「その後だな。何があったのか知らないが、ツユクサが羽熊様を刺し殺したのは」
「えええっ?何で?だって2人は仲良く暮らしてたんでしょう?」
急展開にびっくりした桃太郎が叫んで問えば、江五郎ではなく珠男が答えてくれた。
《ああ……ツユクサと一緒に住んでたなぁ。だが、あいつは旅女優なんて仕事のわりにゃ擦れてない女だった。いつか俺と、奥と別れた俺と所帯が持てると思ってたんだ。だが、そりゃ無理だ。姫は御上からの報奨品だ。何があっても離縁はできない。俺が刺されたのはそいつを言ったせいだったと思う。あいつぁ、半分異国の血が入った女だ。しかも隔離された出島で育ってきたせいで貴族の仕組みなんぞちっともわかっちゃいなかったんだ》
可哀そうな事しちまったよ。
と小さく呟く珠男はツユクサの面影を浮かべているのだろう。きつく目を閉じたまま動かない。
「あぁ、だからだな。犯人は本来死罪になるところ、尼僧院への幽閉で済まされたのじゃ。羽熊様が息を引き取る前に温情を乞うたと囁かれとったんじゃ。自分を殺した相手への温情などまさかと思っておったが、そのような事情があったのなら……」
夢見る乙女の如き表情でうっとり頬を染める江五郎爺。はっきり言って気色悪い。
だがここで、桃太郎はある事に引っかかりを覚えてしまう。
「え?珠男を殺した犯人の人って尼僧院に幽閉されたの?それって……妙慶寺だったり―――――まさかねぇ」
珠男の珠が保管されていたのは妙慶寺。
いつ、どうやって珠が蔵に保管されたか記録は無かった。
もしも、珠がツユクサの持ち物だったら?
そこで亡くなった尼僧の持ち物だから鞍に保管されたんじゃ?
尼僧の持ち物記録に残ってなかったんじゃ?
可能性はありだが、それでは話がうますぎるだろう。もしそうだったとしても、珠男が珠に宿った理由がわからないし。
「考えすぎだよね?あはは」
ありえないと首を振る桃太郎に、しかし江五郎は「ある……ありかも……あり得るぞ」と瞳を輝かせていた。
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