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桃太郎、見合い会場に乗り込む
しおりを挟む桃太郎 「何だかふざけられない真面目ムードなんだけど……どうしよう」
犬山 「凄いぞ、桃。お主でも空気が読めるのだな。うむ、感心感心」
桃太郎 「ひどいや、犬さん。まるであたしがバカみたいじゃん」
犬山 「えっ………、イヤイヤ、マサカ。ソンナコト、チラトモオモッテマセン。エエ、ホントニ」
桃太郎 「ぬぅ……」
*************************************
準備万端乗り込んだ七五三家の見合い会場には、見目麗しい女子が集められていた。
鯉子も桃太郎のエステで綺麗になったが、それよりもっと小顔で、艶々フワフワの髪の毛で、睫毛バサバサキュルルン目の女の子が、そこにもここにもいるのだ。
集めれば美人はいるのだな、と思わされる眺めだった。
「ど、どうしましょう~。見渡す限り美人さんばかりです。これじゃ七五三様のお目に留まるなんて無理ですよ~」
情報を探りたい桃太郎たちは、できれば七五三家の人間と接触したい。老当主は無理でも見合いの主役である脳筋次期様となら会話位できると期待していたのだが、無理かもしれない。
「ん~、そうだね~。仕方がないよ。諦めよう。で、せっかく来たんだから美味しいお料理を食べようじゃないの」
腕にくっ付く鯉子を宥めているが、桃太郎の注意はテーブルに並ぶ豪華な料理に集中している。刺身に焼き肉、極太ソーセージに瑞々しい果物の山。クリームたっぷりのケーキも各種揃っている。
周りの美人さんたちは飲み物のグラスは持っているものの、誰も料理に手を付けていない。
もったいない。
あんなにおいしそうなのに食べないなんて考えられない。
せっかくの料理が乾かない内にお腹に収めるべきだ。
桃太郎は料理テーブルに突進した。
うまうまと豪華料理に舌鼓を打つ桃太郎に、周りの視線が集中する。
そりゃあそうだろう。何せ侍女姿なのだ。お嬢様を放置して料理にへばりつく侍女がどこにいるというのだ。
その内視線だけでなくひそひそと囁く声まで聞こえて来た・
「あの方、どこの侍女ですの?」
「凄いですわ。まるで何日も召し上がってなかったみたい。あんなに召し上がってお腹を壊しませんかしら」
「みっともない。お里がしれますわ」
意地悪く言われているが気にしない。初めて会って、これから先会う事のない人―――ようは他人だ――――に見下げられるよりおいしい料理を食べる方が大事だから。
「んぅん~、お~いしぃ~。このお肉最高。もう1枚食べちゃおう」
山椒をまぶして焼いた塊肉を薄くスライスした牛にプンと香る水芹をクルリと巻いて食べた桃太郎はあまりの美味しさにぴょんと跳ね、追加の肉を皿に取った。今度は芹ではなくシャキシャキの岩梨の細切りを巻いて食べるのだ。果実水でお口を洗って、たっぷりのタレが滴るウナギのお寿司を豪快に3切れも確保した。
「今時期のウナギは痩せてるはずなのに、これはモッチモチでお~いし~。幸せ~」
笑いながら、箸を握った手で頬を押さえてじっくり旨みを堪能していれば、何やら入り口付近が騒がしい。会場中が視線どころか体ごとそちらに向いて、ざわざわしている。
もしや七五三の次期様が到着したか、と桃太郎も亀のように首を伸ばして伺い見た。
が、いたのは女性。
明るい緑色の衣装を纏った大柄で色が黒い人。着ているのは着物ではなくストンとしたコートワンピースのような筒状ドレスで、色鮮やかで複雑な刺繍が華やかだ。
桃太郎の位置からじゃ顔立ちまではよく見えないが、長い三つ編みを垂らしているのはわかった。
「鯉子ちゃん。あの子、どこの代表だろうね」
「さあ……初めて見るお顔ですよ。とは言っても、私が引きこもりだから知らないだけかもしれませんけどね」
こそこそ話ながら見ていれば、誰も彼女に話しかけようとしない。
そんな中、彼女はまっすぐ桃太郎たちの方を見たかと思えば、ズンズンと近づいてくるではないか。
「え……も、桃ちゃん。こっちに来ますよ」
「やっぱり知り合いじゃないの?」
「し、知りませんよ~。うわっ。なんか怖そうですよ。怒ってません?」
距離が近くなったせいではっきり見えるようになった彼女の顔は、よく言えば凛々しい。髪と同じ黒い眉は太くてまっすぐ、目は大きいけどぎょろりとしているし鼻も口も、全部のパーツが大きくて存在感がある。しかもえらが張った四角い輪郭で、更に言えば顎が割れている男顔。
ズンズン、ズンズンと大股で近づく彼女はあっという間に桃太郎たちの真横に立った。
桃太郎より頭ひとつぶん大きな身長とドレスの上からでもわかる立派な体付きは、益々彼女を男らしくみせていた。
「ひぃっ……な、何か……」
余りの迫力に、鯉子は桃太郎の後ろに回って震えている。だけど、桃太郎にはわかった。わかってしまったのだ。彼女の目的が。
「1番お勧めはそこの牛の塊肉だよ。後、ウナギのお寿司」
美味しかった、と空になった皿を見せて笑えば、彼女は無言で頷いて牛肉に手を伸ばした。小皿に取り分けるなんてまどろっこしい事はせず、大皿のまま引き寄せて、テーブルナイフではなく自前のナイフで豪快に切って食べ始める。
「どう?美味しいでしょ?お肉だけじゃなく、そっちの芹や岩梨と一緒に食べたらもっと美味しいよ」
勧めれば、素直に薬味も皿に取る。
「美味しいね~。あ、あたし桃太郎。竜宮村から来てるんだ。鯉子お嬢様の付き添いだよ」
葡萄が乗ったケーキに齧りつきながら言えば、ギョロリと大きな目で2人を見下ろした彼女は口の中の肉を呑み込んだあと、予想に違わぬ太い声で「アシニレラ。煮雪 アシニレラ。蜘蛛の巣谷から来た」と名乗ってくれた。
何と、彼女は蜘蛛の巣谷の代表者だった。事前に竹取がちょっかいを掛けなかった理由が分かったようなそうでないような………。
ガツガツと料理をたいらげる桃太郎とアシニレラ。さっき同様、ひそひそと噂する声は聞こえてくるから注目はされているのだが、誰も近づいては来ない。
桃太郎は、食べながらアシニレラを観察する。
無骨で男みたいな外見のアシニレラだが、澄んだ瞳はまっすぐで悪い人じゃないのがわかる。ほんの数語しか話してなくても、彼女が正直な人だと、信じられる人だとわかった。
だから、桃太郎も正直に、まっすぐ質問する事にした。
「ねえ、アシニレラちゃん。今回の見合い大会前、誰かに邪魔されなかった?脅迫されるとか身内を誘拐されるとか、もしくはアシニレラちゃん自身にちょっかいかけられるとか」
ストレート過ぎる質問に隣の鯉子があわあわしているが構っていられない。七五三家から情報を得られそうにないなら他から求めるのみなのだ。
聞かれたアシニレラは咀嚼中だった魚の頭をボリボリとかみ砕いて飲み込んだ後、「……山羊が3頭、盗まれた」と答えてくれる。
「……やぎ…だけ?」
「1度で十分だ。次は盗人におくれを取らないよう、村全体で見張りをした。2度…盗人を追い返した」
「はぁ……凄いね」
「我が村は強い」
アシニレラを基準にするのはどうかと思うが、それでも村全体が彼女のように屈強ならもの凄~く強いだろう。竹取も恐くて手だしできなかったのかもしれない。
「盗人……見つけたらしばく。捕まえて村に連れて帰る」
ポツリと落とされた呟きは平坦で、余計に怖い。
しかし、これは返って僥倖。話し次第で蜘蛛の巣谷は桃太郎たちの味方になってくれそうだ。
「ねえ、アシニレラちゃん。あたしたち、多分そのやぎ泥棒に心当たりがあるんだけど。どうかなぁ?手を組まない?」
桃太郎の提案に、アシニレラはしばらく無言で考えた後、ゆっくりと右手を差し出した。
「……仲間、なる。盗人、捕まえる。あたし、強い」
「やった。よろしく~。んじゃ、乙さんと太之助さんに紹介しなくちゃね」
こうして、桃太郎は蜘蛛の巣谷と手を組んだ。
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