110 / 110
第三章 幽閉塔の姫君編
27 幸せの薔薇園
しおりを挟む
町がわたあめ祭りで盛り上がる頃、レオは自然が豊かな地帯にある、立派な屋敷の前にいた。
手には大きな花束の代わりに、リボンで包まれた巨大なわたあめを持っている。
「レオー!!」
レベッカが屋敷から飛び出して来た。
ラフなワンピースに、やっぱり裸足のままで、芝生を駆けている。
「レベッカ姫! 新居にお招き頂きありがとうございます」
優美な挨拶をするレオを、レベッカは笑う。
「もう姫じゃないわよ、レオ。私は自由な女の子になったの!」
「そうでした。レベッカお嬢様」
その呼び方に満足して、レオの持つわたあめを指す。
「何よ、それ? どっかで綿でも摘んできたの?」
「レベッカお嬢様のお屋敷には、すでに見事な薔薇が満開でしょうから。お花の代わりにわたあめをお持ちしました」
「わたあめ?」
首をかしげながらわたあめを受け取るレベッカの後ろから、エルド護衛長がやって来た。
「レオ! よく来てくれた」
「エルド護……」
言葉の途中でレオはエルドによって、力強くハグされていた。
「!?」
まるで家族を迎えるような愛情の籠もったハグに、レオは驚く。存分に抱きしめた後、エルドは体を離すと、レオのまん丸な目を見下ろして爽やかに笑っている。見たことの無い、憑物が落ちたような笑顔だった。
「ちょっと、何よこれ!?」
二人の間に、レベッカが割り込む。
わたあめを食べて興奮していた。
「こんなふわふわした甘い物、食べたこと無いわ!?」
「レベッカお嬢様。食べ物だと説明してないのに、召し上がったのですか?」
レオが呆れて振り返ると、レベッカは紅潮してほっぺを膨らませていた。
「だって、甘い香りがしたんだもの! やっぱり食べ物なのね!?」
エルド護衛長は笑いながら、右手で興奮するレベッカの手を引いて、左手でレオの肩を抱いて、屋敷に入っていった。
「うわぁ、凄いですね……」
レオは屋敷の中を、口を開けて見回す。
立派な屋敷の一階部分は殆どがサンルームになっていて、植物園のように薔薇が爛々と咲き誇っていた。
「ここはもともと、植物を研究する学者が住んでいたの。私は薔薇の研究をして、いっぱい新種を作るのが夢だったから、ピッタリでしょ!?」
薔薇園は美しく珍しい種類の薔薇で満ちていた。
「レベッカお嬢様の薔薇への熱意は素晴らしいですね」
「ふふん。ただのじゃじゃ馬娘じゃないのよ?」
心中を見透かされたようで、レオは苦笑いする。
「見て! ここに溝が通ってて、水路になってるの! これはシャワーになっていて、広い敷地の放水が簡単だわ」
レベッカは熱心に自慢の薔薇園を説明していて、その姿はとても眩しい。レオの隣のエルドも同じ気持ちのようで、愛の溢れる眼差しで、レベッカを見守っていた。
「エルド護衛長。薔薇園の生活は如何ですか?」
レオの質問に、エルドは聞かなくてもわかるだろう、というニヤケ顔で見下ろした。
「幸せさ。世界がこんなに眩しいとは、知らなかったね」
「それはご馳走様です」
後ろから、護衛隊のひとりが呼びかけた。
「皆さん、お茶のご用意ができています」
「ありがとう」
レベッカの屋敷は相変わらずイケメン揃いの護衛隊によって守られているが、その空気は幽閉の塔と違って、広々とした自然な空間の中で誰もがのびのびとしていた。
レオはお茶を頂きながら、全員が幸せそうで感心していた。
「いい職場ですね、ここは……」
レベッカがニヤリと笑う。
「レオ。あなたもここで働きなさい! あなたなら、護衛隊の副隊長にしてあげてもいいわよ? 今日は勧誘しようと思ってたの!」
「そ、それは無理ですよ。僕はノエル王子のお抱え配達員ですから」
レベッカは「ふん」とそっぽを向く。
「王宮の仕事なんて、堅苦しくて窮屈じゃない」
「僕はわりと、堅苦しいのは嫌いじゃないんで」
レベッカは変人を見るような顔で、わたあめを貪り食っている。
「いいわ。それじゃあ、またこの雲のお菓子を配達して頂戴。あと、プリンもね!」
「喜んで、お持ちいたします」
護衛隊もわたあめを貰って、女の子のように浮かれて食べている。
町で、薔薇園で。わたあめは多くの人々に、夢色の休日をもたらしていた。
* * * *
夜になって。
金ピカ城のリコの部屋では、リコが町の広場のわたあめパーティーの報告を。レオは薔薇園のお茶会の報告を、互いにしあっていた。
「レベッカさんもエルドさんも幸せそうで、良かったね!」
人ごとながら、二人の熱愛ぶりにリコもホクホクとしている。身分違いの恋が叶った部分にも萌えているようだった。
「リコさんも。お祭りが楽しかったようですね」
「うん! まさかこっちの世界で、わたあめの盆踊りができるなんて……エリーナにも報告しなきゃ!」
リコの満面の笑顔に、レオも嬉しそうに頷く。
レオは一呼吸置くと、右手を自分の背中に隠した。
「いろいろとハッピーエンドということで、リコさんにひとつ、お願いがあるのですが」
リコはキョトンとする。
「なになに!?」
「これ……着けてもらってもいいですか?」
レオが背中から手を出すと、そこにはあの、白猫耳のカチューシャがあった。リコは思わず笑って、カチューシャを受け取った。
「レオ君、元気が無いの? 栄養がいるの?」
「い、いえ、違います! その、今回はがんばったご褒美というか……」
自分で言いながら恥ずかしい理由に、レオは赤面している。
「ほ、ほんとは海でお願いしようと思ったけど、水着に猫耳はさすがにヤバいというか、変態的というか……」
リコは噴き出して、猫耳のカチューシャを頭に着けた。
猫のポーズをして、首を傾げる。
「レオ君は、エッチだにゃん!」
「ち、ち、違いますよ!!」
真っ赤になって焦っているレオに、リコは猫のようにしなやかに近づいて、そっと、ご褒美のキスをした。いつもより緊張して照れているレオに笑いをこらえながら、リコの中の「好き」がわたあめのように膨らんでいった。
第三章 おわり
「魔女のおやつ ~もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る~」全三章・完
手には大きな花束の代わりに、リボンで包まれた巨大なわたあめを持っている。
「レオー!!」
レベッカが屋敷から飛び出して来た。
ラフなワンピースに、やっぱり裸足のままで、芝生を駆けている。
「レベッカ姫! 新居にお招き頂きありがとうございます」
優美な挨拶をするレオを、レベッカは笑う。
「もう姫じゃないわよ、レオ。私は自由な女の子になったの!」
「そうでした。レベッカお嬢様」
その呼び方に満足して、レオの持つわたあめを指す。
「何よ、それ? どっかで綿でも摘んできたの?」
「レベッカお嬢様のお屋敷には、すでに見事な薔薇が満開でしょうから。お花の代わりにわたあめをお持ちしました」
「わたあめ?」
首をかしげながらわたあめを受け取るレベッカの後ろから、エルド護衛長がやって来た。
「レオ! よく来てくれた」
「エルド護……」
言葉の途中でレオはエルドによって、力強くハグされていた。
「!?」
まるで家族を迎えるような愛情の籠もったハグに、レオは驚く。存分に抱きしめた後、エルドは体を離すと、レオのまん丸な目を見下ろして爽やかに笑っている。見たことの無い、憑物が落ちたような笑顔だった。
「ちょっと、何よこれ!?」
二人の間に、レベッカが割り込む。
わたあめを食べて興奮していた。
「こんなふわふわした甘い物、食べたこと無いわ!?」
「レベッカお嬢様。食べ物だと説明してないのに、召し上がったのですか?」
レオが呆れて振り返ると、レベッカは紅潮してほっぺを膨らませていた。
「だって、甘い香りがしたんだもの! やっぱり食べ物なのね!?」
エルド護衛長は笑いながら、右手で興奮するレベッカの手を引いて、左手でレオの肩を抱いて、屋敷に入っていった。
「うわぁ、凄いですね……」
レオは屋敷の中を、口を開けて見回す。
立派な屋敷の一階部分は殆どがサンルームになっていて、植物園のように薔薇が爛々と咲き誇っていた。
「ここはもともと、植物を研究する学者が住んでいたの。私は薔薇の研究をして、いっぱい新種を作るのが夢だったから、ピッタリでしょ!?」
薔薇園は美しく珍しい種類の薔薇で満ちていた。
「レベッカお嬢様の薔薇への熱意は素晴らしいですね」
「ふふん。ただのじゃじゃ馬娘じゃないのよ?」
心中を見透かされたようで、レオは苦笑いする。
「見て! ここに溝が通ってて、水路になってるの! これはシャワーになっていて、広い敷地の放水が簡単だわ」
レベッカは熱心に自慢の薔薇園を説明していて、その姿はとても眩しい。レオの隣のエルドも同じ気持ちのようで、愛の溢れる眼差しで、レベッカを見守っていた。
「エルド護衛長。薔薇園の生活は如何ですか?」
レオの質問に、エルドは聞かなくてもわかるだろう、というニヤケ顔で見下ろした。
「幸せさ。世界がこんなに眩しいとは、知らなかったね」
「それはご馳走様です」
後ろから、護衛隊のひとりが呼びかけた。
「皆さん、お茶のご用意ができています」
「ありがとう」
レベッカの屋敷は相変わらずイケメン揃いの護衛隊によって守られているが、その空気は幽閉の塔と違って、広々とした自然な空間の中で誰もがのびのびとしていた。
レオはお茶を頂きながら、全員が幸せそうで感心していた。
「いい職場ですね、ここは……」
レベッカがニヤリと笑う。
「レオ。あなたもここで働きなさい! あなたなら、護衛隊の副隊長にしてあげてもいいわよ? 今日は勧誘しようと思ってたの!」
「そ、それは無理ですよ。僕はノエル王子のお抱え配達員ですから」
レベッカは「ふん」とそっぽを向く。
「王宮の仕事なんて、堅苦しくて窮屈じゃない」
「僕はわりと、堅苦しいのは嫌いじゃないんで」
レベッカは変人を見るような顔で、わたあめを貪り食っている。
「いいわ。それじゃあ、またこの雲のお菓子を配達して頂戴。あと、プリンもね!」
「喜んで、お持ちいたします」
護衛隊もわたあめを貰って、女の子のように浮かれて食べている。
町で、薔薇園で。わたあめは多くの人々に、夢色の休日をもたらしていた。
* * * *
夜になって。
金ピカ城のリコの部屋では、リコが町の広場のわたあめパーティーの報告を。レオは薔薇園のお茶会の報告を、互いにしあっていた。
「レベッカさんもエルドさんも幸せそうで、良かったね!」
人ごとながら、二人の熱愛ぶりにリコもホクホクとしている。身分違いの恋が叶った部分にも萌えているようだった。
「リコさんも。お祭りが楽しかったようですね」
「うん! まさかこっちの世界で、わたあめの盆踊りができるなんて……エリーナにも報告しなきゃ!」
リコの満面の笑顔に、レオも嬉しそうに頷く。
レオは一呼吸置くと、右手を自分の背中に隠した。
「いろいろとハッピーエンドということで、リコさんにひとつ、お願いがあるのですが」
リコはキョトンとする。
「なになに!?」
「これ……着けてもらってもいいですか?」
レオが背中から手を出すと、そこにはあの、白猫耳のカチューシャがあった。リコは思わず笑って、カチューシャを受け取った。
「レオ君、元気が無いの? 栄養がいるの?」
「い、いえ、違います! その、今回はがんばったご褒美というか……」
自分で言いながら恥ずかしい理由に、レオは赤面している。
「ほ、ほんとは海でお願いしようと思ったけど、水着に猫耳はさすがにヤバいというか、変態的というか……」
リコは噴き出して、猫耳のカチューシャを頭に着けた。
猫のポーズをして、首を傾げる。
「レオ君は、エッチだにゃん!」
「ち、ち、違いますよ!!」
真っ赤になって焦っているレオに、リコは猫のようにしなやかに近づいて、そっと、ご褒美のキスをした。いつもより緊張して照れているレオに笑いをこらえながら、リコの中の「好き」がわたあめのように膨らんでいった。
第三章 おわり
「魔女のおやつ ~もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る~」全三章・完
10
お気に入りに追加
76
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる