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第三章 幽閉塔の姫君編

4 取扱注意の姫

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 幽閉塔の姫君のお部屋は、カラフルで煌びやかで、物に溢れている。花や絵画やいろんな刺繍のファブリックで綾取られ、室内は薔薇の香りに包まれていた。

 部屋の中央には、亜麻色の髪に薔薇を飾り、ゆるやかなピンクのドレスに裸足のままのレベッカ姫が、大きな瞳を見開いて立っていた。

「お初にお目にかかります。配達員のレオです。この度はお招き頂きまして……」

 レオの優美な挨拶の途中で、レベッカ姫は大声を上げた。

「あなたがレオね!? 噂に聞いてるわよ!」

 数メートル先から、あっという間にダッシュで近づいて、好奇心の塊の顔がレオの間近にある。
 病気とは思えない元気さと勢いにレオは思わず仰け反り、横目でエルド護衛長を見上げた。
 護衛長の眉間の険しさに、拍車がかかっていた。

 レオは内心(自分からは近づいてないぞ)と言い訳しながら一歩下がり、深々と礼をして誤魔化すが、レベッカ姫はズイ、とさらに顔を近づけた。

「歳は!? 私と変わらないように見えるわ!」
「17になります」
「じゃあ、私の二つ上ね? ノエル王子の一コ上だわ! でもノエルなんかより、全然大人っぽいわね!」

 機関銃のようなお喋りとテンションは、無邪気なノエル王子に似ている。さすが異母兄妹……と圧倒されるうちに、接近するレベッカ姫とレオの間に、エルド護衛長が手を差し伸べた。

「姫。レオ殿は緊張されています。まずはゆっくり、お茶にしましょう」
「そうだわ! 私、今日のためにローズティーを用意したんだから!」

 姫がテーブルに駆け出したので、レオはひとまずホッとして、案内されたテーブルに着いた。

 テーブルには優雅に薔薇が咲き、色とりどりのお菓子と、薔薇色の紅茶が置かれた。
 レベッカ姫の周りでは、粒揃いのイケメン護衛隊があれやこれやと世話を焼いていて、これぞお姫様のお茶会……という絵だが、姫の機関銃は収まらない。

「ねえ! 私がノエルとずっと会ってないのに、何故ノエルが子供っぽいと知ってるか、わかる!?」
「い、いえ……」
「これよ! 望遠鏡! 私はね、ここから城内の隅々まで、毎日ぜ~んぶ、観察してるのよ!」

 レベッカはドヤ顔で窓辺の望遠鏡を指している。

「ノエルが中庭で勇者ごっこしたり、茂みに隠れてあなたを驚かしたり、全部見えてるわ! ほんと、子供っぽいわよね!」
「あはは……」
「勿論、あなたの事も丸見えよ。黒猫に乗って、王宮を出たり入ったり。ノエルのお菓子を運んでるんでしょ?」
「すべてお見通しでございますね」

 殆どレオに喋る隙を与えずに、レベッカ姫は満足顔で笑った後、悲しそうに眉を下げた。

「でも、魔獣退治はここからは見えなかったわ。私はここから出られないから……だからあなたを呼んだの」

 急にトーンが寂しくなって、レベッカ姫が幽閉されているのだという現実が浮き彫りになった。護衛たちは鎮痛な表情になり、レオは気を引き締めて背筋を伸ばした。

「僕にお話できる事があれば……」
「話は退治の後にウェルター隊長をここに呼んで、全部聞いたわ! 貴方が凄い活躍をして、勲章を得たって!」
「あ、そ、そうだったんですね」
「私は巨大魔獣の腕を切断したという、あなたの特殊な能力が見たいのよ! ここで再現して頂戴!」

 レオが言葉に詰まり、室内がシンとする。
 エルド護衛長が割り込むように咳払いをした。

「姫……そんな危険な能力の再現は、屋内では難しいですよ」
「大丈夫よ! 広いし、頑丈な塔ですもの」
「しかし、姫にお怪我があったら……」
「怪我なんかしないわよ! 何でもダメダメ言わないで!」

 レベッカ姫が癇癪を起こし出したので、「怒らせてはいけない」と「興奮させてはいけない」の二つもルールを破っている状態に、レオは焦った。癇癪の先に発作があるのではないかと、慌てて掌を翳した。

「レベッカ姫! これをご覧ください」
「あ!?」
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