上 下
86 / 110
第三章 幽閉塔の姫君編

3 いけないルール

しおりを挟む
 王宮で。
 レオは立ち入った事の無い、警備された廊下の先を歩いている。
 この先にレベッカ姫が幽閉されている塔に続く道があるが、その前に、護衛長から直々に注意があるらしい。

 従者に案内された会議室の扉の向こうでは、レベッカ姫専属の護衛長が隙の無い仁王立ちで、レオを待っていた。

 護衛長の研ぎ澄まされた全身は、国王軍とはデザインが異なる、煌びやかな制服に包まれている。黒髪をキチンと横に流して、切長の瞳に凛々しい顔立ちの……所謂イケメンだ。

「初めまして、エルド護衛長。配達員のレオです」

 優美な挨拶をするレオを、エルド護衛長はジロジロと、上から下まで見定めるようにチェックしている。

「レオ殿。こちらへ」

 言葉少なに促され、レオは席に着いた。
 目前のテーブルには、封筒が一枚。ポツンと置いてある。

 従者が去って扉が閉められると、室内にはエルド護衛長とレオの二人きりになった。
 レオは目前の封筒を思わず手に取るが、それには蝋で封がされていた。王国の紋章が重々しい。

「その封筒は開けてはいけない」
「あ、はい」

 レオが慌ててテーブルに戻すと、エルド護衛長も席に座った。

「だが、その封筒は君に持っていてほしいのだ」
「え? はぁ……わかりました」

 レオは意味がわからないが、戻した封筒を再び手元に引き寄せた。
 エルドは咳払いをすると、火蓋を切ったように饒舌に喋り出した。

「今回、レベッカ姫はプリンの配達をご所望の上で、君に魔獣退治の礼を直接したいと申されている。通常、塔に入れるのはレベッカ姫の母君であるローザ夫人と、選ばれた護衛隊、一部の世話係にしか許されないので、特例の謁見となる」
「はい。存じております」
「まずは姫と会う前に、ルールの説明をさせてもらう」
「ルール……?」

 そこから並んだのは、下記のような事項だ。

 ・姫に触れてはいけない
 ・姫の近くに寄ってはいけない
 ・姫を興奮させてはいけない
 ・姫を怒らせてはいけない
 ・姫の病について聞いてはいけない
 ・姫について一切他言してはいけない

 ……などなど。

 どこまでも出てくる「いけない」ルールに、レオは目眩がした。まるで、危険物の取扱説明書だ。重い病という理由で納得はできるが、レオは不安がよぎる。もしや、対面しただけで危険が及ぶ、感染する病なのではと。
 そんな不安を察知して、エルド護衛長は応えた。

「安心したまえ。レベッカ姫の病は他者に感染しない」

 レオはホッとして、改めて謎の封筒を手に取った。

「この封筒は、どうすれば?」
「謁見が終了したら回収する。封は開けないでくれ」
「はい」
「但し、姫が発作を起こした時には、封を開けて中身を読んでほしい」
「発作……?」

 初めて病気らしき単語が出て、レオはドキリとする。
 エルド護衛長は深刻な空気を払拭するように、首を振った。

「だが、レベッカ姫はここ数年、発作が無い状態が続いている。万が一のためだ」
「わかりました」

 レオは掌に異次元の扉を現すと、サッと封筒を仕舞った。
 現れた宙は一瞬で、封筒とともに消えた。

 エルドは初めて、感情を顔に出した。驚いて目が丸くなっている。

「話には聞いていたが、珍しい能力だな」
「はい。配達の荷物が沢山入ります。勿論、プリンも入ってますよ」

 エルドは関心して頷いた後、眉を顰めた。

「姫は君に興味を持ちそうだ」
「それは……光栄です」

 エルドは顰めっ面のまま立ち上がると、無言で部屋を出たので、レオもそっと立ち上がった。
 さらに警備された廊下、外廊下、中庭を経て、塔に繋がる橋を渡る。
 この時点で相当な高さがあるので、姫が幽閉される塔の天辺はまるで空の上のようだ。


「わぁ、薔薇が見事ですね」

 塔の入り口には薔薇が咲き乱れている。壁も蔓薔薇で彩られていた。

「ああ。レベッカ姫は薔薇がお好きだ。この薔薇も、姫自ら、巨大な原種を小さく品種改良したものだ。その名もプリンセス・レベッカ」
「へえ! 薔薇の新種を作ってしまうなんて、凄いお姫様ですね」

 エルドの顰めっ面が解けて、笑顔に……いや、ニヤけていた。
 エルド護衛長はそれを隠すように踵を返すと、無言で塔の中に入って行った。
 レオも無言で後を追いながら、首を捻った。

(あの顔は覚えがあるぞ……リコさんのことを考えた時の、僕の顔と同じだ)

 噴き出しそうになるのを堪えて、長い階段を登る。

(エルド護衛長は冷静なふりをして、レベッカ姫様を相当可愛がっているんだな)

 お堅い背中を眺めながら憶測するうちに、天辺の扉に辿り着いた。

 ノックをして中に入ると、そこは天空のお姫様のお部屋だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2024.8.2)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】 ミシェラは生贄として育てられている。 彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。 生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。 繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。 そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。 生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。 ハッピーエンドです! ※※※ 他サイト様にものせてます

処理中です...