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第二章 魔獣退治編
36 恋の甘水
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レオは呆然としたまま、病室にいた。
まるでワープしたように、ここまでの記憶が無い。
目前のベッドにはシエナがいて、ポカンとしてレオを見つめている。
「何だ? その呆けた顔は」
レオは朦朧と掌からシエナのプリンを出そうとして、ワイングラスを出していた。
「あ、間違えた」
シエナは笑っている。
「間違えないと言ってたのに! あはは!」
見たことがないほど落ち込んでいるレオの様子に、シエナは首を傾げた。
「あれか。またあの可愛い女の子の取り合いか」
レオは図星を刺されて、ベッドに突っ伏した。
「バッツなんてどうでもいい奴、僕のライバルでも何でもない」
「君はわりと失礼な奴だな」
「僕の本当のライバルは、ノエル王子かもしれないんです」
「はあ?」
レオは涙目で顔を上げる。
「ノエル王子がリコさんに会いたいって。興味をもってるんです」
「へ? 王子が町娘を?……妾にする気か?」
ストレートな予想にレオはまた突っ伏して、頭を抱えた。
「だから嫌だったんだ! 王子にプリンを食べさせるなんて!」
「おいレオ。落ち着いて、私のプリンをサッサと出せ」
「鬼、悪魔!」
言いながら、プリンを出してシエナに押し付けた。
シエナはレオを放ったままプリンを食べて、昇天している。
「はぁ……こんなに美味いのだから、作った者に礼を言いたいのは、誰でも一緒だろう」
顔を上げるレオに、シエナは微笑む。
「私だって、リコに会いたい。会って、どんなに幸せな気持ちか伝えたいよ。君は毎日会っているから、わからないだろうが」
シエナは窓辺の明かりに、プリンのグラスを翳して眺めた。
「このプリンには愛が籠っているのがわかる。丁寧に、大切に作ったリコの愛が伝わるんだ」
レオは初心を思い出していた。
あの幸せな気持ちは、リコの愛に触れたから……。
レオの瞳が急に輝いて、紅潮する様子をシエナは笑って見ている。
「君は大切な事を忘れているよ」
「え? 何を?」
「ふふ……少年よ。恋の甘水に踠き苦しみたまえ」
意地悪に微笑んで、シエナはそれ以上のヒントをくれなかった。
* * * *
夜の金ピカ城で。
リコの部屋で、レオはソファに座って冷静に話をしていた。
ノエル王子の会いたいという伝言は想像通り、リコを舞い上がらせていた。
わぁわぁと、着ていく服に迷っていたが、リコはじっと考えた後で、レオを見上げた。
「決めた。私、エプロン姿で行く!」
レオはドレス云々の展開を予想していたので、意外な選択だった。
「だって、プリン職人として王子様に会うんだから、その方が現場感が出るもんね!」
視点が女の子というより職人で、レオは笑う。
「そうですね。リコさんはエプロン姿も可愛いですよ」
「えへへ……ちょっと、見ててね?」
リコは立ち上がると、スカートを持ち上げて、チョコン、と体を下げて首を傾げた。
「こうかな? 貴族風のカーテシーっていう挨拶だよ。アレキさんが教えてくれたの」
そのたどたどしくも愛らしい仕草に、レオは胸が締め付けられる。
「ダメですよ……可愛いすぎる」
「え? じゃあ、こうかな?」
もう一度チョコン、と挨拶をするので、レオはたまらず立ち上がって、リコを抱きとめた。
「レオ君?」
レオのおかしな様子に、リコはキョトンとしている。
「すみません。愛らしいのでつい」
リコに女々しさを晒せないレオは、嫉妬や心配を口にできなかった。代わりに力強く抱きしめる腕には独占欲が垣間見えて、リコは応えるように抱きしめ返した。
「レオ君。私が王宮で転んだり、失敗したりしないように……おまじないをしてくれる?」
「勿論です」
レオが微笑んで体を離すと、リコは赤面して緊張した顔のまま、目を瞑っていた。
レオはあれ? と一瞬、迷ったが、リコの肩から体の熱さが伝わって、急激にレオの体も熱くなっていた。
自然と優しく唇に口付けをすると、リコはそっと瞳を開けた。間近の瞳が潤んで、輝いていた。
「んっ!?」
レオはリコの頬に触れながら、暴走するように二度目のキスをした。その情熱的な感覚にリコは膝の力が抜けて、後方に向かって倒れていった。
「リコさん!」
慌てて支えると、リコは顔面が爆発したように真っ赤になって、また全細胞がお祭り騒ぎとなっていた。
「おやすみなさい」
熱が出たように恍惚としてしまったリコをベッドに寝かせて、レオはフラフラと自室に戻った。
ベッドに上がって仰向けになると、ぽわーんと、身体が浮いていた。
「おまじない……自分に効いてる」
柔らかくて温かい、甘い感触が唇に残っているようで、そっと触れてみる。
さっきまで揺らいでいた心は静かに落ち着いて、恋の甘水が満ちていた。
「大切なことを忘れている、って……何だっけ」
シエナの言葉が理解できないまま、甘水に沈むように眠りに落ちていった。
まるでワープしたように、ここまでの記憶が無い。
目前のベッドにはシエナがいて、ポカンとしてレオを見つめている。
「何だ? その呆けた顔は」
レオは朦朧と掌からシエナのプリンを出そうとして、ワイングラスを出していた。
「あ、間違えた」
シエナは笑っている。
「間違えないと言ってたのに! あはは!」
見たことがないほど落ち込んでいるレオの様子に、シエナは首を傾げた。
「あれか。またあの可愛い女の子の取り合いか」
レオは図星を刺されて、ベッドに突っ伏した。
「バッツなんてどうでもいい奴、僕のライバルでも何でもない」
「君はわりと失礼な奴だな」
「僕の本当のライバルは、ノエル王子かもしれないんです」
「はあ?」
レオは涙目で顔を上げる。
「ノエル王子がリコさんに会いたいって。興味をもってるんです」
「へ? 王子が町娘を?……妾にする気か?」
ストレートな予想にレオはまた突っ伏して、頭を抱えた。
「だから嫌だったんだ! 王子にプリンを食べさせるなんて!」
「おいレオ。落ち着いて、私のプリンをサッサと出せ」
「鬼、悪魔!」
言いながら、プリンを出してシエナに押し付けた。
シエナはレオを放ったままプリンを食べて、昇天している。
「はぁ……こんなに美味いのだから、作った者に礼を言いたいのは、誰でも一緒だろう」
顔を上げるレオに、シエナは微笑む。
「私だって、リコに会いたい。会って、どんなに幸せな気持ちか伝えたいよ。君は毎日会っているから、わからないだろうが」
シエナは窓辺の明かりに、プリンのグラスを翳して眺めた。
「このプリンには愛が籠っているのがわかる。丁寧に、大切に作ったリコの愛が伝わるんだ」
レオは初心を思い出していた。
あの幸せな気持ちは、リコの愛に触れたから……。
レオの瞳が急に輝いて、紅潮する様子をシエナは笑って見ている。
「君は大切な事を忘れているよ」
「え? 何を?」
「ふふ……少年よ。恋の甘水に踠き苦しみたまえ」
意地悪に微笑んで、シエナはそれ以上のヒントをくれなかった。
* * * *
夜の金ピカ城で。
リコの部屋で、レオはソファに座って冷静に話をしていた。
ノエル王子の会いたいという伝言は想像通り、リコを舞い上がらせていた。
わぁわぁと、着ていく服に迷っていたが、リコはじっと考えた後で、レオを見上げた。
「決めた。私、エプロン姿で行く!」
レオはドレス云々の展開を予想していたので、意外な選択だった。
「だって、プリン職人として王子様に会うんだから、その方が現場感が出るもんね!」
視点が女の子というより職人で、レオは笑う。
「そうですね。リコさんはエプロン姿も可愛いですよ」
「えへへ……ちょっと、見ててね?」
リコは立ち上がると、スカートを持ち上げて、チョコン、と体を下げて首を傾げた。
「こうかな? 貴族風のカーテシーっていう挨拶だよ。アレキさんが教えてくれたの」
そのたどたどしくも愛らしい仕草に、レオは胸が締め付けられる。
「ダメですよ……可愛いすぎる」
「え? じゃあ、こうかな?」
もう一度チョコン、と挨拶をするので、レオはたまらず立ち上がって、リコを抱きとめた。
「レオ君?」
レオのおかしな様子に、リコはキョトンとしている。
「すみません。愛らしいのでつい」
リコに女々しさを晒せないレオは、嫉妬や心配を口にできなかった。代わりに力強く抱きしめる腕には独占欲が垣間見えて、リコは応えるように抱きしめ返した。
「レオ君。私が王宮で転んだり、失敗したりしないように……おまじないをしてくれる?」
「勿論です」
レオが微笑んで体を離すと、リコは赤面して緊張した顔のまま、目を瞑っていた。
レオはあれ? と一瞬、迷ったが、リコの肩から体の熱さが伝わって、急激にレオの体も熱くなっていた。
自然と優しく唇に口付けをすると、リコはそっと瞳を開けた。間近の瞳が潤んで、輝いていた。
「んっ!?」
レオはリコの頬に触れながら、暴走するように二度目のキスをした。その情熱的な感覚にリコは膝の力が抜けて、後方に向かって倒れていった。
「リコさん!」
慌てて支えると、リコは顔面が爆発したように真っ赤になって、また全細胞がお祭り騒ぎとなっていた。
「おやすみなさい」
熱が出たように恍惚としてしまったリコをベッドに寝かせて、レオはフラフラと自室に戻った。
ベッドに上がって仰向けになると、ぽわーんと、身体が浮いていた。
「おまじない……自分に効いてる」
柔らかくて温かい、甘い感触が唇に残っているようで、そっと触れてみる。
さっきまで揺らいでいた心は静かに落ち着いて、恋の甘水が満ちていた。
「大切なことを忘れている、って……何だっけ」
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