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第二章 魔獣退治編

34 ハートの誓い

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「レオ?」

 丁度門の外の番犬を撫でていたオリヴィエ村長が振り返った。
 青ざめたレオが、黒猫と一緒に立っていた。

 オリヴィエ村長が優雅にお茶を淹れる中庭のテーブルで。
 レオは一方的に会話をしている。オルタではなく、オニキスの話に逸らして。

「そんなわけで、この勲章の手柄は殆ど、オニキスのおかげなんです。本当に素晴らしい鱗竜でした」
「オニキスが本領を発揮したのは、君を認めたからだよ」
「僕がオニキスを尊敬する気持ちが伝わったんだと思います」
「君が望めばいつでも、また派遣するよ」

 レオは首を振る。

「貴重な騎乗体験でしたが、僕はやっぱり、キーランと一緒に配達をするのが楽しいです」
「そうか」

 オリヴィエ村長は微笑み、レオが胸に手を当てている様子を見ながら、静かに席に座った。

「何かあったのかね?」

 勘の鋭いオリヴィエ村長は、レオの不安定なメンタルに気づいていた。

「その……もしもなんですが、僕が王族に逆らったら、どうなるんですかね」
「不穏な質問だね」

 オリヴィエ村長はレオの胸を指す。

「謀反を起こせば、その心臓は止まる」

 レオはわかっていた答えを改めて突きつけられて、顔が強張った。

「君も知っているように、その心臓に結ばれた契約は君だけじゃなく、宮廷に仕える者すべてに課された儀式だ。暗殺や謀反を予防するために、王族に忠誠を誓わせている」

 レオは頷き、オリヴィエ村長はニヤリと笑った。

「いい加減、我が儘な王子に嫌気が差したかね?」
「いえ、そんな事は! ノエル王子の事は……好きです」
「……だろうね。王族が代々持つ、誉の能力は絶対だ。どんな人物であれ、無条件に王族を愛し、平伏させる力を持つ。だからこそ、あの一族は恒久的に王族で居続けるわけだが、万が一の保険として、オルタ大臣の契約術を用いているのだよ」
「あんな能力があるから……」

 悔しそうなレオに、オリヴィエ村長は目を伏せた。

「そうだね。能力があるから、利用する理由が生まれる。今回の魔獣の件も同じだ」

「村長……僕……」
「何だね? 正直に言いなさい」
「ノエル王子は……町娘と結婚できますか?」
「え?」
「付き合ったりとか……」
「待ちなさい、何の話だね?」

 唖然とするオリヴィエ村長にレオは赤面して、一気に吐露した。

「ノエル王子がリコさんに惚れたら、取られてしまわないか聞きたいのです!」

 一呼吸置いて、オリヴィエ村長は大声で笑っていた。

「いったい、何の心配をしているんだ。君は面白い妄想をするな」
「妄想じゃありません! もしものことです!」

 ひとしきり笑った後、オリヴィエ村長は涙を拭いた。

「安心したまえ。身分が違いすぎて無理な話だ。だいたい、ノエル王子に婚約者がいるのは知らないのか?」
「存じていますが、まだお会いした事はないです」
「王子もお年頃だ。そろそろ結婚に向けて話も進むだろう」

 レオはホッと胸を撫で下ろすが、オリヴィエ村長は思い出したように付け加えた。

「まあ、愛人という形で身分の低い女を妾にする事はあるが……」
「め、妾!?」

 絶叫して立ち上がるレオに、村長はまた大笑いしていた。


 * * * *


 レオは夜の配達を終えて、頭をクラクラさせながら、金ピカ城に帰って来た。

 今日は玄関に、リコが出迎えに来てくれた。

「レオ君! おかえりなさい」

 朗らかな笑顔が、いつも以上に輝いて見える。

「リコさん。会いたかったです」

 レオは挨拶と間違えて本音を漏らし、リコは赤面する。

「えっ、わ、私もだよ!」
「おかえりの……おまじないをしてもらえませんか」

 リコは一層真っ赤になるが、キョロキョロと誰もいないのを確認して、背伸びをすると、レオの頬にキスをしてくれた。

「ふふ……」

 レオは途端に万能感に満ちた顔になって、リコも思わず笑った。

「レオ君たら、変なの~」

 レオは今日一日あった嫌な気持ちが吹き飛ぶようだったが、リコの無邪気な笑顔を眺めていると、またノエル王子の不安がこみ上げる。
 我慢できずに、正直に告げていた。

「リコさん。ノエル王子が、リコプリンを食べたいそうです」
「え!?」

 リコはみるみるうちに瞳を輝かせて、飛び跳ねていた。

「やった~! 王子様が、私のプリンを!」

 予想以上に喜んで、リビングの皆に知らせに行った。

「そっか……そうなるよな」

 当たり前の反応に、レオは溜息を吐く。
 オリヴィエ村長の「妾」という言葉がリフレインして、レオの中にまたドス黒い気持ちが湧いてきた。

「リコさんが妾とか……ノエル王子め……絶対に許さないからな」

 まだ起きてもいない未来に、独りで憤っていた。
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