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第二章 魔獣退治編

33 王子様のご所望

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「へい、らっしゃい! 炒飯一丁!」

 豪快な火力と力強い鍋振りを、広場の人々は歓声を上げて眺めている。バッツの炎の炒飯屋台は好調で、ランチに人が集まっていた。

 レオはそんな様子を横目で眺めながら、午前の配達を終えて宮廷に戻ってきた。

 配達の荷物を持って、王宮にあるノエル王子の部屋を訪れた。

「レオ!」

 ノエル王子は扉を開けると駆け寄って、レオを抱きしめた。

「来てくれたか! 嬉しいぞ!」

 ノエル王子はウェルター隊長から余程悲惨な話を聞いたのか、あの魔獣退治の事件以来、レオへの愛情が増していた。レオを失っていたかもしれないという恐怖が、ノエル王子を慎ましい性格に変えた。世間知らずの王子には刺激的な薬に違いなかった。

「レオ、ご苦労だったな。怪我はしていないか?」
「はい。おかげさまで」

 そう言いながらも、ノエル王子はレオの胸の勲章を見て、誇らしげに瞳を輝かせている。名実ともにレオが自分のお抱えの勇者であるという事実に高揚していた。

 ノエル王子は荷物を受け取ると、テーブルに着いて、いつものように椅子を叩く。

「ここへ参れ! お茶に付き合うのだ」
「ありがとうございます」

 ビリビリと破った箱には焼き菓子が入っていて、ノエル王子はレオにも菓子を渡した。メイドがお茶を淹れて、優雅なおやつの時間だ。

「うまいな、この菓子は! レオのおかげで遠い菓子屋からも取り寄せられて、余は満足じゃ」
「お気に召して頂けて嬉しいです」
「そこでじゃ……レオよ。プリンて、知ってるか?」
「え?」

 レオの時が止まっていた。

「プ、プリン……でございますか?」
「ああ。最近、町で人気だと侍女に聞いた! 何でも、異世界に行ってしまう美味さなのだと」

 レオは目眩がする。
 確かに宮廷には沢山の人が出入りするため、噂はすぐに広がるだろう。だが、予期せぬ事態だった。まさかノエル王子の耳に入るなんて。

「さ、さぁ……存じませんが」
「レオよ。余はプリンなる物を食べたい! 明日、ここに持ってきてほしいのじゃ!」
「それは……うまく手に入れば良いですが」

 ノエル王子は笑う。

「何を言う! レオは余が求める物を探せなかったことなど、一度も無いではないか! 楽しみに待っているぞ!」
「は、はい……」

 実は今、レオの異次元の扉の向こうには、シエナのためのプリンが収納されていた。それを隠す自分は王族に背く行為をしているようで、心臓が高鳴る。

 そこからは動揺したままお茶の時間を過ごし、レオは配達と称して、ノエル王子の部屋を出て行った。

「良いな!? プリンを頼んだぞ!」

 いつも以上の念押しを背に、レオは廊下をフラフラと歩く。

(ノエル王子にリコさんのプリンを?)

 レオは妄想が膨らむ。

 絶対、プリンを気に入るだろう。
 しかも、これは誰が作ったのかと言い出すだろう。
 作った者を連れて来いと命令されて、
 そして……リコさんを気に入るに違いない。

 ノエル王子の行動パターンを知り尽くしたレオの妄想は、かなり現実に近いように感じた。

「やばい……会わせたくない……」

 朦朧として廊下の角を曲がると、人とぶつかりそうになった。
 レオの宿敵、オルタ大臣だ。

「おお、レオよ」
「失礼しました」

 頭を下げて行こうとすると、オルタはそれを止めた。

「待ちなさい。レオよ」

 いつもと違って親密な空気を醸し出し、馴れ馴れしくレオの肩に手を置いた。

「国王軍での素晴らしい活躍は聞いている。流石に私が見込んだだけはあるな」

 白々しい台詞を、レオは冷めた瞳で見上げた。

「今回は一般人から優秀な者を見つけるために、報酬金をかけて広く能力者を募集したが、結局はお前が一番の活躍を見せた。ゆくゆくは王子に仕える側近として、相応しい実力だ」

「いえ、私は……」

 レオの言葉を遮り、オルタはレオの胸に指を置いた。

「その時は契約を新たに結び、特権を与えようではないか」

 レオの睨む瞳を見つめたまま、声を潜める。

「私の息子としてね」

 ズキン、と心臓が痛んだ。
 世界で一番嫌いな男に養子に迎えられるほど、気色の悪い話は無い。
 アレキサンダーを投獄し、洗脳の能力を封じ、そして自分にも契約の呪いをかけた能力者、オルタ。どんなに憎くても、自分の心臓が契約主に逆らうことを許してくれない。

「全力で王国に尽くしたまえ」

 いやらしい笑いを残して、去って行った。

 それはさっきのノエル王子の願いとも重なる。
 王族に決して逆らわず、命をかけて尽くすというのが、契約の内容だからだ。

 レオはどこへぶつけていいのかわからない気分の悪さと、不安と、焦りと、憤りを抱えて、黒猫に乗って王宮を飛び出した。

 誰にも相談できないと考えながらも、無意識に助けを求めるように、村に向かっていた。
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