78 / 110
第二章 魔獣退治編
33 王子様のご所望
しおりを挟む
「へい、らっしゃい! 炒飯一丁!」
豪快な火力と力強い鍋振りを、広場の人々は歓声を上げて眺めている。バッツの炎の炒飯屋台は好調で、ランチに人が集まっていた。
レオはそんな様子を横目で眺めながら、午前の配達を終えて宮廷に戻ってきた。
配達の荷物を持って、王宮にあるノエル王子の部屋を訪れた。
「レオ!」
ノエル王子は扉を開けると駆け寄って、レオを抱きしめた。
「来てくれたか! 嬉しいぞ!」
ノエル王子はウェルター隊長から余程悲惨な話を聞いたのか、あの魔獣退治の事件以来、レオへの愛情が増していた。レオを失っていたかもしれないという恐怖が、ノエル王子を慎ましい性格に変えた。世間知らずの王子には刺激的な薬に違いなかった。
「レオ、ご苦労だったな。怪我はしていないか?」
「はい。おかげさまで」
そう言いながらも、ノエル王子はレオの胸の勲章を見て、誇らしげに瞳を輝かせている。名実ともにレオが自分のお抱えの勇者であるという事実に高揚していた。
ノエル王子は荷物を受け取ると、テーブルに着いて、いつものように椅子を叩く。
「ここへ参れ! お茶に付き合うのだ」
「ありがとうございます」
ビリビリと破った箱には焼き菓子が入っていて、ノエル王子はレオにも菓子を渡した。メイドがお茶を淹れて、優雅なおやつの時間だ。
「うまいな、この菓子は! レオのおかげで遠い菓子屋からも取り寄せられて、余は満足じゃ」
「お気に召して頂けて嬉しいです」
「そこでじゃ……レオよ。プリンて、知ってるか?」
「え?」
レオの時が止まっていた。
「プ、プリン……でございますか?」
「ああ。最近、町で人気だと侍女に聞いた! 何でも、異世界に行ってしまう美味さなのだと」
レオは目眩がする。
確かに宮廷には沢山の人が出入りするため、噂はすぐに広がるだろう。だが、予期せぬ事態だった。まさかノエル王子の耳に入るなんて。
「さ、さぁ……存じませんが」
「レオよ。余はプリンなる物を食べたい! 明日、ここに持ってきてほしいのじゃ!」
「それは……うまく手に入れば良いですが」
ノエル王子は笑う。
「何を言う! レオは余が求める物を探せなかったことなど、一度も無いではないか! 楽しみに待っているぞ!」
「は、はい……」
実は今、レオの異次元の扉の向こうには、シエナのためのプリンが収納されていた。それを隠す自分は王族に背く行為をしているようで、心臓が高鳴る。
そこからは動揺したままお茶の時間を過ごし、レオは配達と称して、ノエル王子の部屋を出て行った。
「良いな!? プリンを頼んだぞ!」
いつも以上の念押しを背に、レオは廊下をフラフラと歩く。
(ノエル王子にリコさんのプリンを?)
レオは妄想が膨らむ。
絶対、プリンを気に入るだろう。
しかも、これは誰が作ったのかと言い出すだろう。
作った者を連れて来いと命令されて、
そして……リコさんを気に入るに違いない。
ノエル王子の行動パターンを知り尽くしたレオの妄想は、かなり現実に近いように感じた。
「やばい……会わせたくない……」
朦朧として廊下の角を曲がると、人とぶつかりそうになった。
レオの宿敵、オルタ大臣だ。
「おお、レオよ」
「失礼しました」
頭を下げて行こうとすると、オルタはそれを止めた。
「待ちなさい。レオよ」
いつもと違って親密な空気を醸し出し、馴れ馴れしくレオの肩に手を置いた。
「国王軍での素晴らしい活躍は聞いている。流石に私が見込んだだけはあるな」
白々しい台詞を、レオは冷めた瞳で見上げた。
「今回は一般人から優秀な者を見つけるために、報酬金をかけて広く能力者を募集したが、結局はお前が一番の活躍を見せた。ゆくゆくは王子に仕える側近として、相応しい実力だ」
「いえ、私は……」
レオの言葉を遮り、オルタはレオの胸に指を置いた。
「その時は契約を新たに結び、特権を与えようではないか」
レオの睨む瞳を見つめたまま、声を潜める。
「私の息子としてね」
ズキン、と心臓が痛んだ。
世界で一番嫌いな男に養子に迎えられるほど、気色の悪い話は無い。
アレキサンダーを投獄し、洗脳の能力を封じ、そして自分にも契約の呪いをかけた能力者、オルタ。どんなに憎くても、自分の心臓が契約主に逆らうことを許してくれない。
「全力で王国に尽くしたまえ」
いやらしい笑いを残して、去って行った。
それはさっきのノエル王子の願いとも重なる。
王族に決して逆らわず、命をかけて尽くすというのが、契約の内容だからだ。
レオはどこへぶつけていいのかわからない気分の悪さと、不安と、焦りと、憤りを抱えて、黒猫に乗って王宮を飛び出した。
誰にも相談できないと考えながらも、無意識に助けを求めるように、村に向かっていた。
豪快な火力と力強い鍋振りを、広場の人々は歓声を上げて眺めている。バッツの炎の炒飯屋台は好調で、ランチに人が集まっていた。
レオはそんな様子を横目で眺めながら、午前の配達を終えて宮廷に戻ってきた。
配達の荷物を持って、王宮にあるノエル王子の部屋を訪れた。
「レオ!」
ノエル王子は扉を開けると駆け寄って、レオを抱きしめた。
「来てくれたか! 嬉しいぞ!」
ノエル王子はウェルター隊長から余程悲惨な話を聞いたのか、あの魔獣退治の事件以来、レオへの愛情が増していた。レオを失っていたかもしれないという恐怖が、ノエル王子を慎ましい性格に変えた。世間知らずの王子には刺激的な薬に違いなかった。
「レオ、ご苦労だったな。怪我はしていないか?」
「はい。おかげさまで」
そう言いながらも、ノエル王子はレオの胸の勲章を見て、誇らしげに瞳を輝かせている。名実ともにレオが自分のお抱えの勇者であるという事実に高揚していた。
ノエル王子は荷物を受け取ると、テーブルに着いて、いつものように椅子を叩く。
「ここへ参れ! お茶に付き合うのだ」
「ありがとうございます」
ビリビリと破った箱には焼き菓子が入っていて、ノエル王子はレオにも菓子を渡した。メイドがお茶を淹れて、優雅なおやつの時間だ。
「うまいな、この菓子は! レオのおかげで遠い菓子屋からも取り寄せられて、余は満足じゃ」
「お気に召して頂けて嬉しいです」
「そこでじゃ……レオよ。プリンて、知ってるか?」
「え?」
レオの時が止まっていた。
「プ、プリン……でございますか?」
「ああ。最近、町で人気だと侍女に聞いた! 何でも、異世界に行ってしまう美味さなのだと」
レオは目眩がする。
確かに宮廷には沢山の人が出入りするため、噂はすぐに広がるだろう。だが、予期せぬ事態だった。まさかノエル王子の耳に入るなんて。
「さ、さぁ……存じませんが」
「レオよ。余はプリンなる物を食べたい! 明日、ここに持ってきてほしいのじゃ!」
「それは……うまく手に入れば良いですが」
ノエル王子は笑う。
「何を言う! レオは余が求める物を探せなかったことなど、一度も無いではないか! 楽しみに待っているぞ!」
「は、はい……」
実は今、レオの異次元の扉の向こうには、シエナのためのプリンが収納されていた。それを隠す自分は王族に背く行為をしているようで、心臓が高鳴る。
そこからは動揺したままお茶の時間を過ごし、レオは配達と称して、ノエル王子の部屋を出て行った。
「良いな!? プリンを頼んだぞ!」
いつも以上の念押しを背に、レオは廊下をフラフラと歩く。
(ノエル王子にリコさんのプリンを?)
レオは妄想が膨らむ。
絶対、プリンを気に入るだろう。
しかも、これは誰が作ったのかと言い出すだろう。
作った者を連れて来いと命令されて、
そして……リコさんを気に入るに違いない。
ノエル王子の行動パターンを知り尽くしたレオの妄想は、かなり現実に近いように感じた。
「やばい……会わせたくない……」
朦朧として廊下の角を曲がると、人とぶつかりそうになった。
レオの宿敵、オルタ大臣だ。
「おお、レオよ」
「失礼しました」
頭を下げて行こうとすると、オルタはそれを止めた。
「待ちなさい。レオよ」
いつもと違って親密な空気を醸し出し、馴れ馴れしくレオの肩に手を置いた。
「国王軍での素晴らしい活躍は聞いている。流石に私が見込んだだけはあるな」
白々しい台詞を、レオは冷めた瞳で見上げた。
「今回は一般人から優秀な者を見つけるために、報酬金をかけて広く能力者を募集したが、結局はお前が一番の活躍を見せた。ゆくゆくは王子に仕える側近として、相応しい実力だ」
「いえ、私は……」
レオの言葉を遮り、オルタはレオの胸に指を置いた。
「その時は契約を新たに結び、特権を与えようではないか」
レオの睨む瞳を見つめたまま、声を潜める。
「私の息子としてね」
ズキン、と心臓が痛んだ。
世界で一番嫌いな男に養子に迎えられるほど、気色の悪い話は無い。
アレキサンダーを投獄し、洗脳の能力を封じ、そして自分にも契約の呪いをかけた能力者、オルタ。どんなに憎くても、自分の心臓が契約主に逆らうことを許してくれない。
「全力で王国に尽くしたまえ」
いやらしい笑いを残して、去って行った。
それはさっきのノエル王子の願いとも重なる。
王族に決して逆らわず、命をかけて尽くすというのが、契約の内容だからだ。
レオはどこへぶつけていいのかわからない気分の悪さと、不安と、焦りと、憤りを抱えて、黒猫に乗って王宮を飛び出した。
誰にも相談できないと考えながらも、無意識に助けを求めるように、村に向かっていた。
10
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される
未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】
ミシェラは生贄として育てられている。
彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。
生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。
繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。
そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。
生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。
ハッピーエンドです!
※※※
他サイト様にものせてます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる