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第二章 魔獣退治編
31 猫を吸う
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宮廷の中庭で、レオは嬉しい再会を果たしていた。
しばらく騎乗訓練にかかりきりで、宮廷の動物舎に預けっぱなしだった黒猫のキーランだ。レオの顔を見るとダッシュで駆けて来て、レオに飛びかかり、押し倒した。
「あはは! キーラン! こら、やめなさい!」
珍しくレオの言うことを聞かずに、キーランは顔面を擦りまくり、自分の匂いをレオに付けようとしている。転がって抱きしめ合って、レオは存分に黒猫の匂いを嗅いだ。温かい体温とゴロゴロの大音量に包まれて。
「はぁ……猫は癒されるなぁ……」
オニキスとのプライドの張り合いとはまったく違う動物の世界がそこにあって、レオは芝生の上で昇天していた。
ハハハ、と笑い声がして、レオは慌てて起き上がった。
芝と猫の毛だらけで立ち上がると、マントを羽織ったウェルター隊長が、笑顔でこちらを見下ろしていた。
「あ、こ、こんにちは! お怪我はもう大丈夫ですか?」
「ああ。俺は幸い軽傷だったから。君こそ、元気そうで何よりだよ」
ウェルターはレオの胸元を見下ろした。
そこには功績を称える国王軍の勲章が光っていた。王様から授与されて、配達員の制服に付けている。
「似合っているよ、勲章。その制服にそんな勇猛な勲章を飾っているのは、世界でも君だけだろうね」
「すみません。入隊もしないのに勲章だけ貰っちゃって……」
レオは勧誘を断り続けた後ろめたさで恐縮した。
「いや……あんな惨事を起こしておいて、入隊しろとは言えないよ」
「あの件はウェルターさんに責任はありません。誰も予想できなかった事ですから。それと……」
レオは黒猫と会う前にノエル王子と会い、その変貌ぶりに驚いていた。
「ウェルターさん、ノエル王子にお話してくださったんですね。あの洞窟の出来事を」
「俺は事実を伝えたまでだ。君の活躍と、危機をね」
「ノエル王子は自らの手で僕の命を危険に晒したと、反省されていました。もう二度と戦いの命令はしないと」
「そうか。王も王子も、今回の件は御心を痛めてらっしゃる」
ウェルターの旅支度の様子を見て、レオは伺う。
「行ってしまわれるのですか?」
「担当の地に戻るよ。魔獣退治の隊は解散したからね」
レオは少し戸惑って、思い切って尋ねた。
「あの、ウェルターさんは石使いですよね?」
「ああ。爆弾使いと言う人もいるけど、正式には石使いだ」
「その……山岳地帯のご出身ですか?」
「俺は王都で生まれ育ったが、先祖に山岳民族がいたらしく、先祖返りのような能力だよ」
小石を拾うと、「着火」と呟き、放り投げる。
「爆破」と呟くと、小石はそれに従って、パン、と音をたてて爆発した。
どちらの言葉も山岳民族の古代語で、レオはリコの手首に付けられた枷の「結錠」と「解錠」を思い出していた。
「ウェルターさんは、石で作られた枷を外すことができますか?」
「いや……俺は生まれつき、これしかできない。祖父に他の古代語も教えられたが、作動するのは爆破だけでね」
「そうですか……」
「石使いは能力が細分化していて、拘束や接着に特化した能力使いなら枷を外せるだろうが……すまない。俺に伝手はないんだ」
「いえ、大丈夫です」
もしも今すぐにリコの左手の枷が外せたとしても、まだ右手の制御も効かないうちには、時期尚早かもしれないとレオは考えていた。力が暴走して、リコ自身が危険な目に合う可能性もあるからだ。
「では、レオ君。また会おう」
「ウェルターさん、お元気で!」
レオは深々と頭を下げて、ウェルターが見えなくなるまで見送った。男らしく懐が深く、流石に隊長然とした人物だった。
「かっこいいな……」
惚けていたレオはふと、お見舞いの約束を思い出した。
「いけない。シエナさんにプリンを差し入れる約束だった」
黒猫に乗ると、シエナ班長が入院している病院に向かった。
* * * *
花で溢れかえる病室で、シエナは天井を仰ぐ。
「んんん……!」
お見舞いのプリンを食べて、昇天している。
レオは花の手入れをしながら、その顔を眺めた。
シエナは何箇所も骨折していて、片腕も片足も固められてベッドに寝ている。頭も腹も縫って包帯だらけの満身創痍だが、本人は飄々としていた。
「命令だ。これを毎日持って来なさい」
「はあ……いいですけど……僕はもう隊員ではないので、配達員としてお持ちしますよ」
「強情だな。あれだけ入隊しろと言ってるのに」
「僕には軍隊は向いてないとわかりましたので」
シエナは吹き出した。
「胸に何を付けて言っている。その勲章は、大手柄を立てたエリートにしか許されない代物だぞ」
「そっか……レアですね」
レオは自分の胸をしげしげと見下ろしている。
シエナは「あーあ」と溜息を吐いた。
「バッツも入隊のスカウトを受けたが、断ったらしい」
「そうですか……」
「我がチームはこれにて解散だな」
レオはあまり深刻そうでないシエナに感心していた。
あれだけの地獄を見て、瀕死になり、仲間も失って、どうして軍人が続けられるのだろうと、未知の感覚だった。
シエナの胸にあった勲章の数々すべてに背景があると思うと、ゾッとするものがある。
それはダリアも一緒で……。
「あっ、そういえば、ダリアさんは?」
「ん? 無傷の者は、そろそろ持ち場に戻るはずだ」
「いけない、まだお礼もしてないのに!」
レオは慌てて立ち上がった。
「淫獣は多分、まだ宿舎にいる」
「シエナさん……命を助けて頂いたのに、淫獣呼びはどうかと思いますよ」
シエナはふん、と鼻で笑う。
「命の貸し借りなど、私の方が貸しが多い。お互い様だ」
レオは豪胆な関係に度肝を抜かれた。
「僕にはやっぱり向いてないや」
「明日もここに来なさい」
「はいはい、来ますよ。ちょっと宿舎に行って来ます!」
レオは急いで病院を出ると、宿舎に向かった。
しばらく騎乗訓練にかかりきりで、宮廷の動物舎に預けっぱなしだった黒猫のキーランだ。レオの顔を見るとダッシュで駆けて来て、レオに飛びかかり、押し倒した。
「あはは! キーラン! こら、やめなさい!」
珍しくレオの言うことを聞かずに、キーランは顔面を擦りまくり、自分の匂いをレオに付けようとしている。転がって抱きしめ合って、レオは存分に黒猫の匂いを嗅いだ。温かい体温とゴロゴロの大音量に包まれて。
「はぁ……猫は癒されるなぁ……」
オニキスとのプライドの張り合いとはまったく違う動物の世界がそこにあって、レオは芝生の上で昇天していた。
ハハハ、と笑い声がして、レオは慌てて起き上がった。
芝と猫の毛だらけで立ち上がると、マントを羽織ったウェルター隊長が、笑顔でこちらを見下ろしていた。
「あ、こ、こんにちは! お怪我はもう大丈夫ですか?」
「ああ。俺は幸い軽傷だったから。君こそ、元気そうで何よりだよ」
ウェルターはレオの胸元を見下ろした。
そこには功績を称える国王軍の勲章が光っていた。王様から授与されて、配達員の制服に付けている。
「似合っているよ、勲章。その制服にそんな勇猛な勲章を飾っているのは、世界でも君だけだろうね」
「すみません。入隊もしないのに勲章だけ貰っちゃって……」
レオは勧誘を断り続けた後ろめたさで恐縮した。
「いや……あんな惨事を起こしておいて、入隊しろとは言えないよ」
「あの件はウェルターさんに責任はありません。誰も予想できなかった事ですから。それと……」
レオは黒猫と会う前にノエル王子と会い、その変貌ぶりに驚いていた。
「ウェルターさん、ノエル王子にお話してくださったんですね。あの洞窟の出来事を」
「俺は事実を伝えたまでだ。君の活躍と、危機をね」
「ノエル王子は自らの手で僕の命を危険に晒したと、反省されていました。もう二度と戦いの命令はしないと」
「そうか。王も王子も、今回の件は御心を痛めてらっしゃる」
ウェルターの旅支度の様子を見て、レオは伺う。
「行ってしまわれるのですか?」
「担当の地に戻るよ。魔獣退治の隊は解散したからね」
レオは少し戸惑って、思い切って尋ねた。
「あの、ウェルターさんは石使いですよね?」
「ああ。爆弾使いと言う人もいるけど、正式には石使いだ」
「その……山岳地帯のご出身ですか?」
「俺は王都で生まれ育ったが、先祖に山岳民族がいたらしく、先祖返りのような能力だよ」
小石を拾うと、「着火」と呟き、放り投げる。
「爆破」と呟くと、小石はそれに従って、パン、と音をたてて爆発した。
どちらの言葉も山岳民族の古代語で、レオはリコの手首に付けられた枷の「結錠」と「解錠」を思い出していた。
「ウェルターさんは、石で作られた枷を外すことができますか?」
「いや……俺は生まれつき、これしかできない。祖父に他の古代語も教えられたが、作動するのは爆破だけでね」
「そうですか……」
「石使いは能力が細分化していて、拘束や接着に特化した能力使いなら枷を外せるだろうが……すまない。俺に伝手はないんだ」
「いえ、大丈夫です」
もしも今すぐにリコの左手の枷が外せたとしても、まだ右手の制御も効かないうちには、時期尚早かもしれないとレオは考えていた。力が暴走して、リコ自身が危険な目に合う可能性もあるからだ。
「では、レオ君。また会おう」
「ウェルターさん、お元気で!」
レオは深々と頭を下げて、ウェルターが見えなくなるまで見送った。男らしく懐が深く、流石に隊長然とした人物だった。
「かっこいいな……」
惚けていたレオはふと、お見舞いの約束を思い出した。
「いけない。シエナさんにプリンを差し入れる約束だった」
黒猫に乗ると、シエナ班長が入院している病院に向かった。
* * * *
花で溢れかえる病室で、シエナは天井を仰ぐ。
「んんん……!」
お見舞いのプリンを食べて、昇天している。
レオは花の手入れをしながら、その顔を眺めた。
シエナは何箇所も骨折していて、片腕も片足も固められてベッドに寝ている。頭も腹も縫って包帯だらけの満身創痍だが、本人は飄々としていた。
「命令だ。これを毎日持って来なさい」
「はあ……いいですけど……僕はもう隊員ではないので、配達員としてお持ちしますよ」
「強情だな。あれだけ入隊しろと言ってるのに」
「僕には軍隊は向いてないとわかりましたので」
シエナは吹き出した。
「胸に何を付けて言っている。その勲章は、大手柄を立てたエリートにしか許されない代物だぞ」
「そっか……レアですね」
レオは自分の胸をしげしげと見下ろしている。
シエナは「あーあ」と溜息を吐いた。
「バッツも入隊のスカウトを受けたが、断ったらしい」
「そうですか……」
「我がチームはこれにて解散だな」
レオはあまり深刻そうでないシエナに感心していた。
あれだけの地獄を見て、瀕死になり、仲間も失って、どうして軍人が続けられるのだろうと、未知の感覚だった。
シエナの胸にあった勲章の数々すべてに背景があると思うと、ゾッとするものがある。
それはダリアも一緒で……。
「あっ、そういえば、ダリアさんは?」
「ん? 無傷の者は、そろそろ持ち場に戻るはずだ」
「いけない、まだお礼もしてないのに!」
レオは慌てて立ち上がった。
「淫獣は多分、まだ宿舎にいる」
「シエナさん……命を助けて頂いたのに、淫獣呼びはどうかと思いますよ」
シエナはふん、と鼻で笑う。
「命の貸し借りなど、私の方が貸しが多い。お互い様だ」
レオは豪胆な関係に度肝を抜かれた。
「僕にはやっぱり向いてないや」
「明日もここに来なさい」
「はいはい、来ますよ。ちょっと宿舎に行って来ます!」
レオは急いで病院を出ると、宿舎に向かった。
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