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第二章 魔獣退治編
28 開かない扉
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レオはバッツの心臓マッサージを繰り返しながら、落石の壁の向こうの音に耳を澄ませた。
人の悲鳴はかなり減って、大きな生物が暴れる衝撃音と落石の音が響いている。この狭い空間もいつ、岩盤の下敷きになるかわからない。だがそんな恐怖よりも、今、目前で仲間に死が迫っている状況の方が恐ろしい現実だった。
「がふっ!」
レオは我に返る。バッツが息を吹き返し、水を吐き出していた。
気道を確保して声をかけ続けると、バッツは目を開けないが、僅かに頷いた。
安堵でどっと血の気が戻り、レオはすぐに応急手当の道具を出し、バッツの頭を止血し、包帯を巻いた。
横たわるシエナは肋骨を何本かと手足を折っているようで、固定する。
「シエナさん、シエナ班長!」
レオの呼びかけに、シエナは流血していない方の目を開けた。
「レオ……相手は本当に魔獣か?」
シエナと同じことを、レオも考えていた。
「おかしいです……魔獣があんな緻密な罠を仕掛けるなんて。それにあの巨大魔獣は人間の言葉を理解して、こちらの作戦を読んでいたように思えます」
「ああ。まるで突入時刻も、陣形も把握しているような戦略だった」
「こ、こんなことがあるんですか? 魔獣が、そんな高度な知恵を……?」
「落ち着け、レオ。今動けるのは君だけだ」
レオはどうしたらこの状況が好転するのか、まったく浮かばない。
出口となる唯一の穴は、巨大な石で埋まっているのだ。
自身の掌の中にある、様々な道具が脳裏を巡った。
爆薬……
ダメだ。落石を誘発するし、こんな狭いところじゃ人間も巻き込まれる。
だったらツルハシ、ハンマー……
馬鹿馬鹿しい。こんな巨大な岩石の壁をどうやって砕く?
レオは身体中から、また血の気が引く思いだった。このままここにいたら、バッツもシエナも失血死するかもしれない。
鼓動が高まっていた。
「異次元に……二人を確保する?」
あの可哀想な子犬を思い出していた。
異次元の扉から出した時の、グッタリとして魂の抜けたような状態を。ご飯も食べず、鳴くこともなく……。
「それから、どうなったんだっけ……」
記憶が混乱している。
「死にはしなかったんだ。そう、仮死なんだ」
震える手を、シエナに向ける。
レオの異次元の扉は、無制限に大きく開けるわけではない。背丈は自分と同程度。横幅はそれを基準に正円の幅まで。小型の船が自分の限界値であり、人体なら収納は可能なはずだ。
レオは涙を流していた。
後悔と恐怖のあまり、自分で消していた、8歳の時の記憶が蘇る。
「ぼ、僕はあの子犬を……怖くなって、森に置いたまま逃げたんだ」
その後子犬がどうなったのか、レオは知らないままだった。
「なんて事を……僕のせいで……」
岩に膝を着いて震えるレオの手からは、異次元の扉は現れない。
恐怖で開けることができなかった。
その時、大きな地響きが起きた。
いよいよ天井が落ちてくるのかと見上げると、天井ではなく、出口を塞ぐ巨岩が動いているのがわかった。
幻を見ているように呆然と眺めていると、巨岩は確実に、右に向かって動いている。ゴゴゴ、ゴゴゴ、と恐ろしく重たい音をたてて、横にスライドする巨岩の向こう側に、うっすらと灯りが見えた。
そこには人影が見える。人間が、巨岩を素手で押して動かしていた。
「ダ……ダリアさん……」
あのオレンジの巻髪のダリアが、全力で岩を押している。
「くっそ重いわ!」
文句を言いながら大きく押し切ると、「うおりゃぁ!」とドスの効いた声で、完全に巨岩をどけていた。
「は~、しんど」
内部の悲惨な状況を見回すと、こちらにやって来た。
「あ~あ、全滅じゃない。うちのチームも私以外、全滅だけどさ」
シエナは片目を開けて、ダリアを見た。
「淫獣は魔獣よりも頑丈だからな……」
「はあ? こんな時までムカつく女ね」
岩の間から、シエナの鱗竜が駆け寄って来た。
ダリアは手早く、シエナとバッツを鱗竜の背中に載せた。
レオは信じられない光景に、呆然とへたり込んだままだった。
「ダリアさん……どうしてここが?」
「その落石の下……下敷きになったガーネットの尾が見えたのよ。可哀想に」
レオは唇を噛み締める。
「ロープ!」
ダリアの怒鳴り声に、レオは慌ててロープを出して、シエナとバッツを固定した。
「殆どの隊は負傷者を抱えて撤退したわ。今、洞窟の奥で軍のエリート班だけが巨大魔獣と戦っている」
状況を説明しながら、ダリアはテキパキと二人を運び出す準備をしている。
「全員が脱出するまでの、ただの足止めよ。あの魔獣はおかしい」
ダリアも同じ違和感を持っているようだった。
指を咥えて鳴らすとダリアの鱗竜が入って来て、ダリアは飛び乗った。
「脱出するわよ! 新人!」
「は、はい!」
レオは岩盤から飛び降りて、2人を載せた鱗竜を補助しながら、岩の小部屋から出た。
小部屋の外も同じように、地獄だった。
武器が散乱し、彼方此方に鱗竜の遺体がある。
レオはガーネットとともに落石の下敷きになったであろう、オニキスを探すが、見つからなかった。
ダリアと一緒に出口に向かう最中、後ろから大きな鳴き声が聞こえた。
「キエーッ!」
振り返ると、洞窟内の高い崖の上にオニキスが立ち、こちらを見下ろしていた。
「オニキス! 無事だったのか!」
オニキスは黙ってレオを見ろしたまま、動かない。
レオはオニキスの目に、侮蔑の色を感じていた。お前は逃げるのかと言われているようで、レオは動けなくなった。
「レオ? 行くわよ、何してるの!」
先を進むダリアが振り返るが、レオはオニキスに向かって走った。
「先に行ってください! オニキスを回収します!」
ダリアはそのまま走って出口に向かい、レオがオニキスの足元まで来ると、オニキスは飛び降りてきた。バシャーン! と水しぶきを全身に浴びて、レオは思わず笑った。
「ハ、ハハ……その気高さ……お前こそが勇者だよ」
オニキスに飛び乗ると、レオは轟音が響く洞窟の奥に向かって走り出した。オニキスの静かなる激しい士気がレオの身体を通して、怯える心を突き動かしていた。
人の悲鳴はかなり減って、大きな生物が暴れる衝撃音と落石の音が響いている。この狭い空間もいつ、岩盤の下敷きになるかわからない。だがそんな恐怖よりも、今、目前で仲間に死が迫っている状況の方が恐ろしい現実だった。
「がふっ!」
レオは我に返る。バッツが息を吹き返し、水を吐き出していた。
気道を確保して声をかけ続けると、バッツは目を開けないが、僅かに頷いた。
安堵でどっと血の気が戻り、レオはすぐに応急手当の道具を出し、バッツの頭を止血し、包帯を巻いた。
横たわるシエナは肋骨を何本かと手足を折っているようで、固定する。
「シエナさん、シエナ班長!」
レオの呼びかけに、シエナは流血していない方の目を開けた。
「レオ……相手は本当に魔獣か?」
シエナと同じことを、レオも考えていた。
「おかしいです……魔獣があんな緻密な罠を仕掛けるなんて。それにあの巨大魔獣は人間の言葉を理解して、こちらの作戦を読んでいたように思えます」
「ああ。まるで突入時刻も、陣形も把握しているような戦略だった」
「こ、こんなことがあるんですか? 魔獣が、そんな高度な知恵を……?」
「落ち着け、レオ。今動けるのは君だけだ」
レオはどうしたらこの状況が好転するのか、まったく浮かばない。
出口となる唯一の穴は、巨大な石で埋まっているのだ。
自身の掌の中にある、様々な道具が脳裏を巡った。
爆薬……
ダメだ。落石を誘発するし、こんな狭いところじゃ人間も巻き込まれる。
だったらツルハシ、ハンマー……
馬鹿馬鹿しい。こんな巨大な岩石の壁をどうやって砕く?
レオは身体中から、また血の気が引く思いだった。このままここにいたら、バッツもシエナも失血死するかもしれない。
鼓動が高まっていた。
「異次元に……二人を確保する?」
あの可哀想な子犬を思い出していた。
異次元の扉から出した時の、グッタリとして魂の抜けたような状態を。ご飯も食べず、鳴くこともなく……。
「それから、どうなったんだっけ……」
記憶が混乱している。
「死にはしなかったんだ。そう、仮死なんだ」
震える手を、シエナに向ける。
レオの異次元の扉は、無制限に大きく開けるわけではない。背丈は自分と同程度。横幅はそれを基準に正円の幅まで。小型の船が自分の限界値であり、人体なら収納は可能なはずだ。
レオは涙を流していた。
後悔と恐怖のあまり、自分で消していた、8歳の時の記憶が蘇る。
「ぼ、僕はあの子犬を……怖くなって、森に置いたまま逃げたんだ」
その後子犬がどうなったのか、レオは知らないままだった。
「なんて事を……僕のせいで……」
岩に膝を着いて震えるレオの手からは、異次元の扉は現れない。
恐怖で開けることができなかった。
その時、大きな地響きが起きた。
いよいよ天井が落ちてくるのかと見上げると、天井ではなく、出口を塞ぐ巨岩が動いているのがわかった。
幻を見ているように呆然と眺めていると、巨岩は確実に、右に向かって動いている。ゴゴゴ、ゴゴゴ、と恐ろしく重たい音をたてて、横にスライドする巨岩の向こう側に、うっすらと灯りが見えた。
そこには人影が見える。人間が、巨岩を素手で押して動かしていた。
「ダ……ダリアさん……」
あのオレンジの巻髪のダリアが、全力で岩を押している。
「くっそ重いわ!」
文句を言いながら大きく押し切ると、「うおりゃぁ!」とドスの効いた声で、完全に巨岩をどけていた。
「は~、しんど」
内部の悲惨な状況を見回すと、こちらにやって来た。
「あ~あ、全滅じゃない。うちのチームも私以外、全滅だけどさ」
シエナは片目を開けて、ダリアを見た。
「淫獣は魔獣よりも頑丈だからな……」
「はあ? こんな時までムカつく女ね」
岩の間から、シエナの鱗竜が駆け寄って来た。
ダリアは手早く、シエナとバッツを鱗竜の背中に載せた。
レオは信じられない光景に、呆然とへたり込んだままだった。
「ダリアさん……どうしてここが?」
「その落石の下……下敷きになったガーネットの尾が見えたのよ。可哀想に」
レオは唇を噛み締める。
「ロープ!」
ダリアの怒鳴り声に、レオは慌ててロープを出して、シエナとバッツを固定した。
「殆どの隊は負傷者を抱えて撤退したわ。今、洞窟の奥で軍のエリート班だけが巨大魔獣と戦っている」
状況を説明しながら、ダリアはテキパキと二人を運び出す準備をしている。
「全員が脱出するまでの、ただの足止めよ。あの魔獣はおかしい」
ダリアも同じ違和感を持っているようだった。
指を咥えて鳴らすとダリアの鱗竜が入って来て、ダリアは飛び乗った。
「脱出するわよ! 新人!」
「は、はい!」
レオは岩盤から飛び降りて、2人を載せた鱗竜を補助しながら、岩の小部屋から出た。
小部屋の外も同じように、地獄だった。
武器が散乱し、彼方此方に鱗竜の遺体がある。
レオはガーネットとともに落石の下敷きになったであろう、オニキスを探すが、見つからなかった。
ダリアと一緒に出口に向かう最中、後ろから大きな鳴き声が聞こえた。
「キエーッ!」
振り返ると、洞窟内の高い崖の上にオニキスが立ち、こちらを見下ろしていた。
「オニキス! 無事だったのか!」
オニキスは黙ってレオを見ろしたまま、動かない。
レオはオニキスの目に、侮蔑の色を感じていた。お前は逃げるのかと言われているようで、レオは動けなくなった。
「レオ? 行くわよ、何してるの!」
先を進むダリアが振り返るが、レオはオニキスに向かって走った。
「先に行ってください! オニキスを回収します!」
ダリアはそのまま走って出口に向かい、レオがオニキスの足元まで来ると、オニキスは飛び降りてきた。バシャーン! と水しぶきを全身に浴びて、レオは思わず笑った。
「ハ、ハハ……その気高さ……お前こそが勇者だよ」
オニキスに飛び乗ると、レオは轟音が響く洞窟の奥に向かって走り出した。オニキスの静かなる激しい士気がレオの身体を通して、怯える心を突き動かしていた。
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