71 / 110
第二章 魔獣退治編
26 嵐の前の静けさ
しおりを挟む
「驚かさないでくださいよ、てっきりダリアさんかと」
「私はあんな下品な格好はしていない」
確かに、どこぞの令嬢といった雰囲気だ。
身体が細くて色白で、まるで軍人には見えない。
だがレオは、昨日の訓練でシエナの戦い方を見てしまった。
水の盾で味方を守りながら剣で魔獣を捌いていたが、その魔獣の顔はすべて、水の玉に包まれていた所を。
魔獣がもがき苦しみ、溺れている間に、斬っていくのだ。
(無表情な顔して、残酷なことをするよな……)
自分が同じ攻撃を受けたらどう回避していいのかわからず、恐怖を感じていた。
無表情に自分を見上げるシエナの顔にレオは我に返り、掌の上に異次元の扉を出した。
「おぉ!?」
シエナの目の前に、プリンが2つ現れた。
レオはシエナの手に、そっと渡す。
「内緒でこれあげます。バニラプリンと、ココアプリン」
プリンを運んだお駄賃で、レオが貰ったプリンだった。
シエナはひんやりとしたプリンを受け取ると、そのまま口に流し込もうとしたので、レオはデザートスプーンも渡した。
「便利だな! 君の能力は」
シエナは涎をたらさんばかりにスプーンを受け取って、慌てて頬張った。
「……!!」
シエナの瞳は輝いて、薔薇色の頬になる。
「美味しい……!」
リコと同じように、昇天していた。
(あ……可愛い……)
レオは初めて、シエナが女の子に見えていた。
噴水のベンチで二つ目のプリンを食べるシエナの横に、レオも腰を下ろした。ひとりぼっちで昇天しているシエナを放って帰るのは、何だかしのびなかった。
「はぁ、何だこれは……天国の味?」
「異世界にようこそ、らしいです」
「ふははっ、意味がわからないけど、わかる気もするな」
いつの間にかレオはティーポットを持っていて、ティーカップに紅茶を注いで、プリンを食べ終わったシエナに渡した。
「君の能力……温度が保てるんだな」
「はい。配達で温かい食事を運ぶ時もありますよ」
シエナは紅茶を飲んで、ほっと至福の笑顔になった。
「プリンと紅茶。最高だった」
「お楽しみ頂けて良かったです」
「普段は北東の辺境の地で勤務しているから、こんな洒落たものは食べられない」
「シエナさんは魔獣退治のために、王都に収集されたんですね」
「ああ。今回は各地に散らばっている軍の能力者が集められた。ダリアも普段は、南の辺鄙な村に配属されている。だから久しぶりの都会に浮かれているんだ。ウザいな」
最後の言葉に力が篭っていて、レオは笑う。
「奴は年上だけど、私が軍学校から直ぐに入隊したから同期で、ずっとライバル視されているんだ」
「軍は女性が少ないですからね」
シエナはレオを見つめる。
「君は国王軍に入った方がいい」
ダリアと同じような勧誘に、レオは苦笑いする。
「僕は配達が好きなので……」
「配達業務に収まる力ではないだろう、この能力は。だいたい、そこまで多種多様な武器を集めておいて、配達が好きなどと矛盾している」
「それは……僕は武器に限らず道具マニアというか、収集癖があるんです」
「そんな大量に仕舞い込んで、物の出し入れで混乱しないのか?」
「ええ。手持ちの物はだいたい覚えているし、間違える事は殆ど無いですね」
「いったいどんな仕組みなんだか……」
唖然としているシエナの後ろから、呼び声が聞こえた。
「レオくーん」
リコが待ちきれずに、レオを呼びに来ていた。
「あ、ヤバ。すみません、呼ばれているので失礼します」
焦って立ち上がるレオの横で、シエナは遠くのリコを振り返る。
バッツと取り合っていた女の子はあれかと確認して、シエナも立ち上がった。
「レオ、プリンをご馳走様。明日の任務で会おう」
「はい、班長。ご指導よろしくお願いします」
シエナは微笑んで、お嬢様らしくワンピースを翻して去っていった。
同時に、ドン、と勢い良くレオの右腕にリコがぶら下がっていた。
「お城にね、すっごい大きな金庫が届いたんだよ! アレキさんが、プリンブームが来るぞ! って燃えてるの」
興奮のあまり、シエナの存在には気付いていないようだった。
そんなリコをレオは微笑ましく見下ろす。
「今度は知恵熱が出ないように、師匠を見張らないとですね」
リコは楽しそうに笑っている。
「そしたらレオ君に、プリンを彼方此方に運んで貰うんだって。そんなに沢山、大丈夫かな?」
「いくらでも運びますよ。僕は荷物を運ぶのが好きですから。リコさんが望む所、どこへでも」
リコは嬉しさのあまり、レオの腕にギュッとしがみついた。
だけどその瞳には、すがるような不安が見える。
明日、魔獣退治の日がやって来ることへの不安は、口にせずともずっと、リコにつきまとっていた。
レオはそんなリコの気持ちを察して、互いに明日の話はしないまま、労わるように寄り添って、二人で金ピカ城に帰っていった。
束の間の異世界の休日は、まるで嵐の前の静けさのように平和に満ちていた。
「私はあんな下品な格好はしていない」
確かに、どこぞの令嬢といった雰囲気だ。
身体が細くて色白で、まるで軍人には見えない。
だがレオは、昨日の訓練でシエナの戦い方を見てしまった。
水の盾で味方を守りながら剣で魔獣を捌いていたが、その魔獣の顔はすべて、水の玉に包まれていた所を。
魔獣がもがき苦しみ、溺れている間に、斬っていくのだ。
(無表情な顔して、残酷なことをするよな……)
自分が同じ攻撃を受けたらどう回避していいのかわからず、恐怖を感じていた。
無表情に自分を見上げるシエナの顔にレオは我に返り、掌の上に異次元の扉を出した。
「おぉ!?」
シエナの目の前に、プリンが2つ現れた。
レオはシエナの手に、そっと渡す。
「内緒でこれあげます。バニラプリンと、ココアプリン」
プリンを運んだお駄賃で、レオが貰ったプリンだった。
シエナはひんやりとしたプリンを受け取ると、そのまま口に流し込もうとしたので、レオはデザートスプーンも渡した。
「便利だな! 君の能力は」
シエナは涎をたらさんばかりにスプーンを受け取って、慌てて頬張った。
「……!!」
シエナの瞳は輝いて、薔薇色の頬になる。
「美味しい……!」
リコと同じように、昇天していた。
(あ……可愛い……)
レオは初めて、シエナが女の子に見えていた。
噴水のベンチで二つ目のプリンを食べるシエナの横に、レオも腰を下ろした。ひとりぼっちで昇天しているシエナを放って帰るのは、何だかしのびなかった。
「はぁ、何だこれは……天国の味?」
「異世界にようこそ、らしいです」
「ふははっ、意味がわからないけど、わかる気もするな」
いつの間にかレオはティーポットを持っていて、ティーカップに紅茶を注いで、プリンを食べ終わったシエナに渡した。
「君の能力……温度が保てるんだな」
「はい。配達で温かい食事を運ぶ時もありますよ」
シエナは紅茶を飲んで、ほっと至福の笑顔になった。
「プリンと紅茶。最高だった」
「お楽しみ頂けて良かったです」
「普段は北東の辺境の地で勤務しているから、こんな洒落たものは食べられない」
「シエナさんは魔獣退治のために、王都に収集されたんですね」
「ああ。今回は各地に散らばっている軍の能力者が集められた。ダリアも普段は、南の辺鄙な村に配属されている。だから久しぶりの都会に浮かれているんだ。ウザいな」
最後の言葉に力が篭っていて、レオは笑う。
「奴は年上だけど、私が軍学校から直ぐに入隊したから同期で、ずっとライバル視されているんだ」
「軍は女性が少ないですからね」
シエナはレオを見つめる。
「君は国王軍に入った方がいい」
ダリアと同じような勧誘に、レオは苦笑いする。
「僕は配達が好きなので……」
「配達業務に収まる力ではないだろう、この能力は。だいたい、そこまで多種多様な武器を集めておいて、配達が好きなどと矛盾している」
「それは……僕は武器に限らず道具マニアというか、収集癖があるんです」
「そんな大量に仕舞い込んで、物の出し入れで混乱しないのか?」
「ええ。手持ちの物はだいたい覚えているし、間違える事は殆ど無いですね」
「いったいどんな仕組みなんだか……」
唖然としているシエナの後ろから、呼び声が聞こえた。
「レオくーん」
リコが待ちきれずに、レオを呼びに来ていた。
「あ、ヤバ。すみません、呼ばれているので失礼します」
焦って立ち上がるレオの横で、シエナは遠くのリコを振り返る。
バッツと取り合っていた女の子はあれかと確認して、シエナも立ち上がった。
「レオ、プリンをご馳走様。明日の任務で会おう」
「はい、班長。ご指導よろしくお願いします」
シエナは微笑んで、お嬢様らしくワンピースを翻して去っていった。
同時に、ドン、と勢い良くレオの右腕にリコがぶら下がっていた。
「お城にね、すっごい大きな金庫が届いたんだよ! アレキさんが、プリンブームが来るぞ! って燃えてるの」
興奮のあまり、シエナの存在には気付いていないようだった。
そんなリコをレオは微笑ましく見下ろす。
「今度は知恵熱が出ないように、師匠を見張らないとですね」
リコは楽しそうに笑っている。
「そしたらレオ君に、プリンを彼方此方に運んで貰うんだって。そんなに沢山、大丈夫かな?」
「いくらでも運びますよ。僕は荷物を運ぶのが好きですから。リコさんが望む所、どこへでも」
リコは嬉しさのあまり、レオの腕にギュッとしがみついた。
だけどその瞳には、すがるような不安が見える。
明日、魔獣退治の日がやって来ることへの不安は、口にせずともずっと、リコにつきまとっていた。
レオはそんなリコの気持ちを察して、互いに明日の話はしないまま、労わるように寄り添って、二人で金ピカ城に帰っていった。
束の間の異世界の休日は、まるで嵐の前の静けさのように平和に満ちていた。
10
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
愛されない王妃は、お飾りでいたい
夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。
クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。
そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。
「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」
クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!?
「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる