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第二章 魔獣退治編

26 嵐の前の静けさ

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「驚かさないでくださいよ、てっきりダリアさんかと」
「私はあんな下品な格好はしていない」

 確かに、どこぞの令嬢といった雰囲気だ。
 身体が細くて色白で、まるで軍人には見えない。

 だがレオは、昨日の訓練でシエナの戦い方を見てしまった。
 水の盾で味方を守りながら剣で魔獣を捌いていたが、その魔獣の顔はすべて、水の玉に包まれていた所を。
 魔獣がもがき苦しみ、溺れている間に、斬っていくのだ。

(無表情な顔して、残酷なことをするよな……)

 自分が同じ攻撃を受けたらどう回避していいのかわからず、恐怖を感じていた。

 無表情に自分を見上げるシエナの顔にレオは我に返り、掌の上に異次元の扉を出した。

「おぉ!?」

 シエナの目の前に、プリンが2つ現れた。
 レオはシエナの手に、そっと渡す。

「内緒でこれあげます。バニラプリンと、ココアプリン」

 プリンを運んだお駄賃で、レオが貰ったプリンだった。

 シエナはひんやりとしたプリンを受け取ると、そのまま口に流し込もうとしたので、レオはデザートスプーンも渡した。

「便利だな! 君の能力は」

 シエナは涎をたらさんばかりにスプーンを受け取って、慌てて頬張った。

「……!!」

 シエナの瞳は輝いて、薔薇色の頬になる。

「美味しい……!」

 リコと同じように、昇天していた。

(あ……可愛い……)

 レオは初めて、シエナが女の子に見えていた。


 噴水のベンチで二つ目のプリンを食べるシエナの横に、レオも腰を下ろした。ひとりぼっちで昇天しているシエナを放って帰るのは、何だかしのびなかった。

「はぁ、何だこれは……天国の味?」
「異世界にようこそ、らしいです」
「ふははっ、意味がわからないけど、わかる気もするな」

 いつの間にかレオはティーポットを持っていて、ティーカップに紅茶を注いで、プリンを食べ終わったシエナに渡した。

「君の能力……温度が保てるんだな」
「はい。配達で温かい食事を運ぶ時もありますよ」

 シエナは紅茶を飲んで、ほっと至福の笑顔になった。

「プリンと紅茶。最高だった」
「お楽しみ頂けて良かったです」
「普段は北東の辺境の地で勤務しているから、こんな洒落たものは食べられない」
「シエナさんは魔獣退治のために、王都に収集されたんですね」
「ああ。今回は各地に散らばっている軍の能力者が集められた。ダリアも普段は、南の辺鄙な村に配属されている。だから久しぶりの都会に浮かれているんだ。ウザいな」

 最後の言葉に力が篭っていて、レオは笑う。

「奴は年上だけど、私が軍学校から直ぐに入隊したから同期で、ずっとライバル視されているんだ」
「軍は女性が少ないですからね」

 シエナはレオを見つめる。

「君は国王軍に入った方がいい」

 ダリアと同じような勧誘に、レオは苦笑いする。

「僕は配達が好きなので……」
「配達業務に収まる力ではないだろう、この能力は。だいたい、そこまで多種多様な武器を集めておいて、配達が好きなどと矛盾している」
「それは……僕は武器に限らず道具マニアというか、収集癖があるんです」
「そんな大量に仕舞い込んで、物の出し入れで混乱しないのか?」
「ええ。手持ちの物はだいたい覚えているし、間違える事は殆ど無いですね」
「いったいどんな仕組みなんだか……」

 唖然としているシエナの後ろから、呼び声が聞こえた。

「レオくーん」

 リコが待ちきれずに、レオを呼びに来ていた。

「あ、ヤバ。すみません、呼ばれているので失礼します」

 焦って立ち上がるレオの横で、シエナは遠くのリコを振り返る。
 バッツと取り合っていた女の子はあれかと確認して、シエナも立ち上がった。

「レオ、プリンをご馳走様。明日の任務で会おう」
「はい、班長。ご指導よろしくお願いします」

 シエナは微笑んで、お嬢様らしくワンピースを翻して去っていった。
 同時に、ドン、と勢い良くレオの右腕にリコがぶら下がっていた。

「お城にね、すっごい大きな金庫が届いたんだよ! アレキさんが、プリンブームが来るぞ! って燃えてるの」

 興奮のあまり、シエナの存在には気付いていないようだった。
 そんなリコをレオは微笑ましく見下ろす。

「今度は知恵熱が出ないように、師匠を見張らないとですね」

 リコは楽しそうに笑っている。

「そしたらレオ君に、プリンを彼方此方に運んで貰うんだって。そんなに沢山、大丈夫かな?」
「いくらでも運びますよ。僕は荷物を運ぶのが好きですから。リコさんが望む所、どこへでも」

 リコは嬉しさのあまり、レオの腕にギュッとしがみついた。
 だけどその瞳には、すがるような不安が見える。

 明日、魔獣退治の日がやって来ることへの不安は、口にせずともずっと、リコにつきまとっていた。
 レオはそんなリコの気持ちを察して、互いに明日の話はしないまま、労わるように寄り添って、二人で金ピカ城に帰っていった。

 束の間の異世界の休日は、まるで嵐の前の静けさのように平和に満ちていた。
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