上 下
66 / 110
第二章 魔獣退治編

21 熱々シャーベット

しおりを挟む
 夕暮れの訓練所で。レオとバッツは離れた場所に座っている。
 どちらも騎乗の訓練を終えて疲れているが、特にバッツは怪我だらけになって倒れていた。

「何なんですか、あのトカゲは……何で俺を振り落とすんですか」
「舐められてるんだよ」

 レオの冷たい返事に、バッツは涙目で起き上がる。

「俺、旅費を借金したんです。退治に成功しないと大赤字なのに、乗りこなせる気がしないっす」

 レオは泣き言をシカトしたまま立ち上がって、帰ろうとする。

「レオ先輩!」
「僕が何でお前の先輩なんだ?」
「だって……軍人歴長いんでしょ?」
「僕は軍人じゃない。配達員だ」
「え?」
「能力者だから駆り出されただけだ」
「じゃ、じゃあ、いったい何の能力なんです?」

 レオはダリアに騙されて、能力のすべてを明かしたトラウマが蘇った。バッツを見下ろすと、こちらを見つめる瞳が好奇心で輝いていて、苛立ちが余計に強くなっていた。

「人体を切断する力だよ」

 レオの真顔の答えに、バッツは全身が恐怖で強張った。
 レオは恐ろしい言葉を残したまま、去ってしまった。

 後ろから班長のシエナがやって来た。

「おい新人、今日は解散だ。帰っていいぞ」
「シ、シエナ班長。今のは本当ですか? レオ先輩の能力は人体を切断するって……」
「ああ。だいぶ端折っているが、結果そうなることもあるらしいな。お前がちゃんと訓練に付いてくれば、そのうち能力の全貌を明かしてくれるだろう」

 バッツは嘘ではなかった事実に体が震えていた。
 シエナは去りながら、バッツを振り返る。

「レオに火を当てるなよ? バラバラにされてしまうぞ」

 面白く無い冗談を愉しそうに披露して、行ってしまった。

「ひ、ひいぃ……」

 バッツは金と名誉に釣られて、恐ろしい職場に来てしまったのだと後悔していた。


 * * * *


 レオは金ピカ城の扉の前で、深呼吸をしている。
 昨日に続いて今日一日、不愉快な事ばかりで、自分でも苛立ちが顔に出ているのがわかっていた。

「こんな顔でリコさんに会えない。笑顔、笑顔……」

 無理に笑う準備をすると、そっと扉を開ける。
 リビングの向こう側で、リコとミーシャがはしゃいでる明るい声が聞こえて、レオは心からホッとした。リコに元気が戻っている。それだけで救われた気分だった。

 リビングのドアを開けると、目の前にリコが立っていた。

「おかえり! レオ君!」
「ただいま、リコさん」

 リコは手にシャーベットが入ったボウルを持っている。どうやらスイーツ作りに成功して、機嫌が良いようだった。

「レオ君、来て来て!」

 リコは待ちきれないようにレオの手を引っ張ると、キッチンに連れて行き、金庫の冷蔵庫を見せた。

「ジャーン! 冷蔵庫! アレキさんが金庫をキッチンに設置してくれたんだよ。大成功なの!」

 シャーベットをスプーンですくうと、レオの口元に差し出した。

「はい、あーん」
「あーん」

 なすがままになってシャーベットを口に含むと、桃と、葡萄と、苺と……果物の味が冷たくミックスされていた。舌の上で溶けてジュースになる過程が、甘くて爽やかで透き通っている。

「美味しい……気持ちが澄んでいくみたいです」

 レオは正直な感想を述べた。
 リコは心配そうな顔で見上げている。

「レオ君。軍の人に、いじめられてるの?」
「いいえ……いじめっこは僕です」
「レオ君がいじめっこなわけないよ!」
「僕はリコさんの事になると、冷静さを失ってしまう。新人で入って来たバッツ君に嫉妬心から意地悪をしてしまいました」

 リコは驚いて大声を出した。

「バッツ君が訓練に来たの!?」
「チームメイトになりました」
「う、嘘……」

 リコは屋台での一触即発を思い出して、青ざめている。

 レオは一呼吸置くと、少し照れて瞳を逸らした。

「明日はもう少し優しくできるように……おまじないをしてもいいですか?」

 リコはキョトンとした後、楽しそうに笑う。

「おまじない? いいよ! どんな……」

 言葉の途中でレオはリコの右頬にキスをして、瞳を見つめた後、左頬にもキスをして、そのまま優しく抱きしめた。
 レオの胸の中に収まるリコは、予想外のおまじないに頭が沸騰していた。

「これで大丈夫。完璧です」
「う、うん!」

 二人の間に挟まれたボウルの中のシャーベットは、恋の熱で透き通って甘く溶けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】 ミシェラは生贄として育てられている。 彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。 生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。 繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。 そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。 生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。 ハッピーエンドです! ※※※ 他サイト様にものせてます

処理中です...