上 下
54 / 110
第二章 魔獣退治編

9 異世界プリンの乱

しおりを挟む
 町の広場は休日で活気づいて、人々と屋台で賑わっている。
 噴水の周りでは皆、軽食やおやつを手に楽しげな雰囲気だ。

 そんな晴天の広場で、誰一人寄り付かない場所がある。
『コドラゴンの丸焼き』
 バッツの露店だ。
 昨日の火事騒ぎで丸焦げになったコドラゴンを ”丸焼き” と称して売っている。
 が、通る人は一瞥して失笑したり、凝視して顔を歪ませたりと、売れるどころか避けて通られる始末だった。

「何でだよ……あの店の串焼きだって、爬虫類の肉なのによ」

 バッツは素のままのコドラゴンの遺体がグロテスクであることに気付かないようだ。

 暇な時間、広場を眺めて過ごしていると、向こう側にある屋台にだんだんと人が集まり、女性達の嬌声や男性達のどよめく声が聞こえてきた。人だかりは整理されて行列になると、しまいには最後尾が看板を持つほどに長蛇の列になっていた。

「な、なんだぁ?」

 バッツはその人気店が何なのか気になって、コドラゴンの丸焼き露店をほったらかしたまま、その屋台の偵察に行った。

「何が売ってんだ?」

 人が多すぎて、屋台は屋根の看板しか見えない。

『~異世界へようこそ~ リコプリン』

 バッツは不気味な名称に噴き出すが、周囲の人々は並んで手に入れた戦利品を持って大騒ぎしている。

「美味しい!」「冷たい!」「あまーい!」

 グラスに入った、冷たいおやつだとわかった。
 その黄色いプルプルした質感と、とろりとかかった褐色のソース、漂う香ばしくも甘い魅惑の香りに、バッツは強烈に惹かれていた。

「クソ……この長蛇の列に並べって?」

 バッツは渋々、看板を持って列に並んだ。するとすぐに女子たちが駆け寄って並び、バッツの後ろにも長い列ができていた。

「すげえ人気じゃん」

 思いの外、列は順調に進んで、だんだんと屋台の全貌が見えてくる。
 可愛い女の子が三人。エプロンを付けて、元気に働いていた。

 バッツの番になって、よくわからないまま一つ注文をした。すると真ん中に立つ、金色のふわふわした髪の女の子がアイスブルーの瞳を輝かせて、バッツに微笑みかけた。プリンを丁寧に渡されると、手の中がひんやりとした。

「冷たいうちに、食べてね?」

 笑顔で小首を傾げるリコの姿に、バッツは衝撃を受けていた。

(か、可愛い!)

 言葉には出さないがリコを呆然と見つめて、後ろの列に押し出されて、屋台から離れた。一瞬の出来事だった。
 もう見えない屋台の中を遠目で眺めながら、手の中の冷たいプリンにスプーンを差し込み、口に入れる。

「うっ……うまっ!!」

 二度目の衝撃を受けていた。
 生まれてこのかた、冷えた物を食べたのも初めてだったし、こんなに繊細に調合されたフレーバーや、なめらかな食感、丁寧に作られたおやつを、バッツは食べたことが無かった。

「貴族の、王様の食いもんかよ!」

 小さなグラスは夢中のまま、あっという間に空になって、バッツはダッシュで最後尾に並び直した。

「5個、いや、10個は食いてぇ!」

(それにあの可愛子ちゃんを、もう一度拝みてぇ!)

 不純な動機も含めて並んでいると、ふいに小さくて元気な女の子が、手に看板を持ってテントから飛び出した。

『完売』

 と書かれた看板を見せながら、行列を解散させている。

「ごめんね! 今日の分のプリンは売り切れだよ!」

 え~、という残念な声が周囲から上がって、人々はバラけていく。
 バッツが屋台に目をやると、少女達は完売の達成感で、ハイタッチをして喜んでいた。

「すごい、すごいよリコ! 一瞬だったね!」
「リコ! 食べてる奴ら見た? 目ん玉丸くしてたよ!」

 ミーシャとマニは大はしゃぎで、ぴょんぴょん跳ねている。
 リコプリンは予想を遥かに超える速度と熱意で完売し、かなりの盛況となった。

 リコは高揚して、今すぐにでもレオと喜び合いたかったが、レオは魔獣退治の件で宮廷に戻っていた。
 収まらない胸の鼓動を両手で押さえて広場に目線を戻すと、目前に、知らない男の子が立っていた。

 少年も赤面して瞳が輝いている。高揚しているようだった。

「あ、ごめんなさい。プリンは完売しちゃったの」

 リコのお詫びに、男の子……バッツは首を振った。

「いや、さっき食べました。あの、すげえうまかったです!」

 わざわざ感想を伝えに来た客に、リコは満開の笑顔になる。

「ありがとう! 食べてもらえて嬉しい!」

 気付いたら、両手をバッツに握られていた。

「えっ」

 リコもマニもミーシャも、驚いてバッツを見る。
 バッツは吸い込まれるようにリコに近づいて、瞳を潤ませていた。

「俺を……弟子にしてくれませんか」

 思い切った申し出に、屋台はシンとする。
 プリン作りの弟子というには、動機が怪しい。
 完全にリコに魅入っているバッツの様子を見かねて、マニが割って入った。

「ちょいちょい、お兄さん。うちのリコはお触り禁止だよ」

 距離を引き剥がされるが、バッツはリコを見つめたまま、目をそらさない。

「リコさん……てことは、リコプリンは貴方が作ったんですか?」
「えっと、みんなで作ったけど……」

 ミーシャがすかさず声を挟んだ。

「リコが考案者でリーダーだよ」

 バッツはさらに興奮して、前のめりになる。

「すげえ! あんた、天才だよ!」
「あ、ありがとう」

 バッツの瞳は純粋に輝いていて、リコは悪い気分がしなかった。
 プリンをここまで気に入ってもらえた嬉しさから、改めて両手を握られてもリコは微笑んでいた。

「あっ」

 ミーシャの声に全員がバッツの後ろを見ると、何かどす黒い、怨念の塊のような物がそこに佇んでいた。

 別人のように怒りのオーラを轟かせる、レオだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】 ミシェラは生贄として育てられている。 彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。 生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。 繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。 そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。 生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。 ハッピーエンドです! ※※※ 他サイト様にものせてます

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...