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第二章 魔獣退治編

5 リコプリンの夢

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 眠りに落ちたはずなのに、遠い場所で懐かしい音がする。
 お喋りと騒めきと、ボールが弾む音。

「ああ、これは学校の校庭の音だ」

 懐かしい音に耳をすましていると、枕元に誰かが立つ気配を感じた。

「おい」

 女の子の声が、自分を呼んでいる。
 誰?
 結花ではない。
 この声は……「自分」だ

「おい、莉子」

 リコは体を起こして、おそるおそる、枕元を見上げた。
 そこには懐かしい、黒髪の二つ結びで素朴で小柄な制服姿の女の子……「自分」が立っていた。

「私だ……」

 身も蓋もない感想に、黒髪の莉子は頷いた。

「そう。私だ。莉子だ」
「私もリコだよ」
「うん」

 変なやりとりの後、黒髪の莉子は何かを気にして後ろを振り返る。

「今、昼休みが終わる間際で時間が無いんだ。何しろ、昼夜逆転の時差があるからな」

 自分にしては何だか勇ましい喋り方が気になるが、リコは懐かしい自分の姿を、ぼーっと見つめた。
 黒髪の莉子は確かに莉子だが、何かが違う。表情がキリッとしていて、凛とした空気があり、立ち姿は堂々として、何というか……イケていた。

「莉子。なんか垢抜けたっていうか、格好良くなってるね」
「うむ。私はエリーナ。その身体の持ち主だ」
「え……えぇ!?」

 リコは目が覚めたように飛び上がった。
 そんなリコを置いて、エリーナは足早に説明を始めた。

「私は北の地から東の地へ逃げる最中に、空から落ちた。だが池に落ちたはずが、川に流されていたのだ。そして見知らぬ世界に、転移していた」
「わ、私も! 橋から川に落ちて、目が覚めたら、この世界の池に浮かんでいたの!」
「ああ。私たちは時空の捻れによって、同時刻の事故をきっかけに身体と魂が入れ替わってしまったらしい」
「ほ、本当に……?」

 リコはエリーナにそっと近づいて、間近で目を潤ませた。

「生きてたんだね。エ、エ、」
「エリーナだ」
「エリーナ!」

 抱きついて泣くリコの背中を、エリーナは優しく摩りながら続けた。

「どうしても詫びたかったのだ。こんな平和で幸せな世界から、治安の悪い、狂乱の世界に送ってしまった事を」
「平和で幸せ? 日本が?」
「ああ。私は生まれて初めて、こんなに幸せを感じていて……リコ、君が酷い目にあっていないか、心配でたまらなかった。毎日昼休みを使って、夢にリンクしようと試みていたのだよ」

 思いもよらない方法でチャレンジを続けた、勇ましい口調のエリーナにリコは感嘆していた。この美少女の魂は、こんなにも強くて美しい人だったのだ。

 抱き合う二人の後ろで、チャイムが遠く聞こえる。

「タイムオーバーだ、リコ」
「待って、エリーナ! 私、私は幸せいっぱいなんだよ! この世界で、凄く!」

 叫ぶリコの目前で微笑むエリーナはどんどん姿が淡くなり、ぼやけていった。やがて懐かしい騒めきもチャイムも遠く歪んで小さくなって、すべてが消えていった。


 手を差し伸べて目を開けるリコは、魔女小屋の床にいた。すべては夢だったのだと理解した。だが、涙にまみれた自分の顔には、まだエリーナの体温が残っているようだった。

「夢……? ううん、夢じゃない。エリーナ……」

 衝撃と安堵と喜びと、ごちゃ混ぜの気持ちでいっぱいになって、リコは声を押し殺して布団の中で泣いた。


 * * * *


 翌朝。
 マニとミーシャが帰った後に魔女小屋を出て職場に向かうと、目前の道を塞ぐように、黒猫が空から降りて来た。

 立ち止まるリコの前に、レオが黒猫から飛び降りた。

「リコさん……? どうしたんです? その顔」

 リコの泣きはらした顔に気づいて、レオはお忍びの護衛から姿を現していた。

「流石だね。レオ君はすぐ、私の異変に気づいてくれる」

 充血した目で微笑むリコの両肩を、レオはそっと掴んだ。

「何があったんです!? いったい誰が!?」
「あ、違うよ、違うの! 夢なの!」

 鬼気迫るレオにリコは慌てて、理由を説明した。


 この身体の持ち主が夢に現れたこと。二人は入れ替わってしまい、それぞれの異世界で生活していること。エリーナが生きていてくれて、嬉しかったこと……。

 二人は手を繋いで歩きながら、夢の話をした。

「夢なのに、って思う?」

 リコの不安げな問いに、レオは首を振る。

「僕の能力は ”異次元の扉” ですよ。異世界の存在を信じない訳が無いじゃないですか」
「そっか……そうだよね」

 リコは以前もレオが、すんなりと異世界の話を信じてくれたのを思い出した。それがどれだけリコの心を軽くしてくれたかと、胸が温かくなる。

「私ね。エリーナさんに、幸せなんだよ、って言ったの。レオ君がそばにいてくれるからだよ」

 鳥類研究所の前で、リコは立ち止まってレオを見つめた。

「リコさん……」

 二人はそっと抱きしめ合って、互いの存在を深く感じていた。

 研究所の窓から、ケイト所長とケモ君が口を開けたまま見物していたが、幸せの抱擁は永遠のように続いた。
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