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第二章 魔獣退治編

3 勇者レオ

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 リコを金ピカ城に送って、レオは黒猫に乗って宮廷に戻った。

 外部から王宮への配達物を届けた後、ノエル王子に頼まれた異国の菓子を届けに、王子の部屋に向かう。

 部屋に近づくと、廊下にも響くほどの癇癪の声が聞こえてきた。

「止めても無駄だ! 行くと言ったら行くんだ!!」

 じゃじゃ馬王子の怒鳴り声はいつものことだが、今回は輪をかけて、声が大きい。

「失礼します……」

 聞こえないであろうノックと声かけをして室内に入るが、案の定、ノエル王子と世話係のデレクが揉めている。

「王子様自ら勇者に立候補などと、許されません!」
「国を守るのが王子の役目だ! 民衆の危機ぞ!!」

 お飾りのような金色の剣を持ち出して、興奮していた。

(ああ、昨日の夜に師匠が言ってたアレか……)

 レオは静かに、嵐が収まるのを待った。

 デレクはため息を吐いて、王子を掴む手を離した。

「王子様のご意志がそこまでお決まりならば、デレクからは何も言いますまい。王様に直談判なされよ」

 その言葉に、ノエル王子はグッと詰まった。
 ノエル王子にとって王様は唯一、我儘が通らない、怖い存在なのだ。

 そのままデレクは乱れた髪を整え、礼をすると、部屋から静かに出て行った。

「……馬鹿め、わからず屋が!」

 ノエル王子は豪華なソファに剣を投げ出して、八つ当たりしている。

「レオよ。余は勇者となって、冒険に出たいのだ。王子が民衆を守れなくてどうする」
「お気持ちはご尤もですが……ノエル王子はゆくゆくはこの国の王となる、大切なお方です。むしろ、勇者を指揮するお立場なのでは」

 ノエル王子は勇者達の指揮官という立ち位置に、少し気分を良くしたようだ。

「ふむ。指揮か……王族たる定ならば、仕方ないな」

 途端に顔を輝かせて、ソファを叩いた。

「レオ! ここへ参れ!」
「はい」

 隣に座ると、ノエル王子は子供のように目をキラキラとさせている。
 レオは王子の前に掌を出し、仰々しく、異次元の扉を現した。
 自分の顔よりも大きな宙の穴を、ノエル王子は夢中で覗いている。闇の中で輝く星々に魅入っていた。

「異国の菓子をお持ちしましたが、はて。どこに仕舞ったのか……」
「おぉ……どの星がお菓子なのだ!?」
「ああ、ありました」

 レオが左手を穴に翳すと途端に目前に菓子の箱が現れて、ノエル王子は両手をワナワナとさせて受け取った。

「おぉぉ、素晴らしい! レオよ、お前の能力は奇想天外にして壮大だ!」

 ノエル王子はソファに立ち上がって、菓子の箱を高々と天に掲げている。

 レオにとって、ノエル王子を御すのは簡単な事だった。
 純粋で子供っぽく、わかりやすい。
 さらに自分の能力に惚れ込んでいるのだから、異次元の扉を現すだけで、途端に機嫌が直ってしまう。
 レオが余裕の笑みで胸に手を当てると、王子はまるで天啓を受けたように、目を見開いていた。

「そうだ……! レオよ、お前が代わりとなるのだ!」
「え?」
「王子より直々に指揮する! お前が余の代わりに勇者として魔獣に挑み、その稀なる力を以って、討ち倒すのじゃ!」
「えぇ!?」

 レオは王子を御したつもりで、盛大なる墓穴を掘っていた。


 * * * *


「ただいま……」

 レオはぐったりとして、金ピカ城に帰ってきた。
 リビングでは、アレキとリコとミーシャが楽しそうにボードゲームをしながら、レオの帰りを待っていた。

「浮かない顔してどうした? じゃじゃ馬係君」

 アレキのからかいに、レオは愚痴をこぼした。

「ノエル王子の推薦で、魔獣退治の勇者としてエントリーされると決まってしまって……」

 レオの説明の最中に、リコは立ち上がった。

「勇者!? レオ君が、勇者になるの!?」

 リコの脳内には、RPGに出てくるような、剣と盾を持った勇者が浮かんだ。スライムやドラゴンと戦っている、あの勇敢なイメージが。

 大口を開けたまま、リコは惚けている。

「勇者レオ君……格好いい……!」
「え……そ、そうですか?」
「うん、格好いいよ! しかも、王子様の推薦だなんて凄いよ!」

 リコがこちらに向ける尊敬と憧れの眼差しは新鮮で、レオは途端に舞い上がっていた。

「そうですね……推薦してくださったノエル王子の面子にかけて、本気で挑まなければいけません」

 キリッとした宣言にリコはさらに瞳を輝かせて、見つめ合う二人だけの世界ができていた。

 アレキとミーシャは、顔を見合わせる。

「どっちも舞い上がっちゃってさ、単純だよなぁ」
「しーっ! 恋のターニングポイントですから!」
「ターニング? え? ミーシャ?」

 ミーシャは見つめ合うレオとリコを、さらに輝く瞳で見守った。

 近頃どんどん大人びて、恋に興味津々のミーシャを、アレキはお父さんのように寂しげに見つめていた。
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