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第二章 魔獣退治編

1 魔女小屋リターン

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 フンス、フンスと鼻息も荒く、リコは右手、左手をグルグルと回している。骨にヒビの入った右手首と、脱臼した左肩は療養とリハビリを終えて完治していた。

「ふっかーつ!」

 元気に叫ぶリコを、レオはハラハラと見守っている。

「リコさん。治ったばかりですから、無理は……」
「レオ君! いよいよ本格的なプリン活動の再開だよ!」

 リコに氷使いとしての能力があると判明してから、一ヶ月。
 早くプリン活動に力を使いたいのを我慢し続けた分、リコのテンションは高い。

 あの衝撃波の事件以来、リコはアレキサンダーの金ピカ城にお世話になっているが、今日は久しぶりに、レオと共に魔女小屋に戻って来ていた。

 リコは懐かしむように、魔女小屋の室内を見回した。

「長い間ほったらかしちゃったから、埃っぽいね。何だかんだ言って全部がこの小屋から始まったから、思い入れも深いよ」

 二人で掃除をしながら、リコはここに越して来たばかりの頃を思い出す。
 初めは不気味で暗かった小屋も、レオと出会い、マニやミーシャが訪ねてくるようになって……プリン道を極める日々を重ねたこの小屋は、リコにとって大切な場所のひとつになっていた。

「レオ君。初めて会った時、一緒にじゃがいも食べたね」
「はい。リコさんが茹でたじゃがいも、美味しかったです」
「えへへ」

 二人の初々しくもまどろっこしい会話を、玄関のドアを薄らと開けて覗いているマニとミーシャが、盗み聞きしていた。

 そっとドアを閉めて、マニは小声で会話する。

「で、あの二人って、付き合ってんの?」

 マニの質問に、ミーシャは首を傾げた。

「告白してからも、ずっと変わらないっていうか……仲良しの友達同士みたいだよ」

 マニは笑いを堪えた。

「天然のリコとお堅いレオじゃ、進展に何年もかかりそうだね」

 女子二人は顔を見合わせて「うふふ」と笑い、マニが思い切りドアを開けた。

「じゃーん、お邪魔虫が手伝いに来たよ~!」


 * * * *


 一方、町で。
 役場の掲示板の前に、人だかりができている。

 オスカールに乗って金ピカ城に帰ろうとしていたアレキサンダーは足を止めて、好奇心で人だかりに近づいた。

「何々? アイドルでも来てんの?」

 背伸びをして掲示板を見ようとするアレキに、近くにいた男児が教えてくれた。

「勇者だよ! 勇者を募集してんの! 町の近くの森に住み着いた魔獣を、倒すんだって!」

 言いながら、木の棒を剣に見立てて振り回している。

「ほぉー。つまり、能力者の募集って事ね」
「違うよおじさん! 勇者だってば!」
「お、おじさんじゃないよっ!!」

 大人と子供の言い合いの後ろで、マントを翻した旅人が仁王立ちした。
 背中に大きな剣を携え、赤い髪を逆立てたその旅人は、自信に満ちた瞳をギラギラとさせていた。
 周囲を見回して、そこかしこにいる勇者候補であろう、若き能力者たちを一瞥すると、人垣をかき分けてズンズンと前に進んだ。

「あっつ!」

 アレキは突然熱い物に触れて慌てて避けると、まるでヒーターのように体から熱気を出す、旅人の少年が通った。

 唖然として見送ると、熱気少年はそのまま人垣を割って掲示板にたどり着き、群衆を振り返った。全員が何事かと、熱気少年に注目している。

「俺は炎の魔獣殺し! バッツだ!!」

 人差し指を天に向けると、ゴオ、と火柱が立ち、民衆は「おぉ」とどよめいた。刺激された能力者の青年達はそれぞれに、バッツを睨んでいる。
 勢いのある火柱は木製の掲示板に移って、バッツの周囲は大きく燃え上がっていた。

「やっべぇ、あれは役人に怒られるぞ」

 アレキは人ごとながら肝を冷やして、オスカールに乗ると騒動からサッサと逃げていった。


 * * * *


 夜のアレキ城にて。

「へぇ、勇者募集……ですか」

 レオはひとりで城に戻り、アレキの酒呑みに付き合っていた。

「レオ君はリコちゃんに夢中で、そんなの興味ないもんね~」

 アレキの冷やかしに、レオはムッとする。

「僕の能力は勇者向きではありませんから」
「役場に能力者達が集まって、メラメラ燃えてたぜ」
「ふうん」

 アレキはレオの薄い反応に、つまらなそうにソファに寝転んだ。

「お前は野心が無いのな。若者にありがちな目立とうとか、モテようとかさ」
「別に……」
「そんなんじゃ、熱い男にリコちゃん取られちゃうよ?」

 くだらない予言にレオは呆れて、自室に戻ってしまった。

 確かに今、レオが関心があるのは勇者云々よりも、今日魔女小屋で行われている、女子会についてだ。
 女子会と称したお泊まり会なので自分は遠慮して帰って来たが、あの3人でいったい何を話しているのか気になっているし、リコが一晩帰って来ないことにも、ソワソワしていた。
 我ながら女々しい執着心に恥ずかしくなり、煩悩を追い出すように、頭を振った。


 * * * *


 魔女小屋の女子会は大盛況だった。
 食べ散らかしたポップコーンに、ジュースの瓶が何本も転がって、三人はパジャマ姿でベッドや床の上で、はしゃいでいた。

 マニはリコから、案の定、進展の無いレオとの関係を聞いて笑っている。

「手を繋ぐだけって、プラトニックすぎるよ!」
「もう、マニちゃんのおませさん!」

 リコは真っ赤になっている。
 あの衝撃の告白以来、金ピカ城で夢のような生活が続いて、レオが近くにいるだけでリコは幸せだったので、進展のある無しなど、考えた事も無かった。

 ミーシャは顎に手を当てて、冷静に考えている様子。

「レオ君は真面目だから、リコの手が治るまで、そのままの関係でいたんだと思うよ」

 リコとマニは目を丸くして、ミーシャの説に耳を傾けた。

「両手が動かない女の子に手を出すなんて紳士じゃ無いし、レオ君らしくないでしょ」
「ミーシャちゃん……大人~!」

 ミーシャの説には説得力があって、リコとマニは感心していた。
 リコは浮かれるばかりでレオの気持ちをまったく理解していなかったので、まさかの紳士説に、床の上で転がりまくった。

「もしそうだとしたら、やっぱり……好き!」

 マニはお腹いっぱいの顔でニヤけた。

「ご馳走さまぁ」


 * * * *


「ヘブシ!」

 レオは風呂に浸かりながら、クシャミをした。
 魔女小屋の女子会の噂も知らずに、思い悩んでいた。

 リコを気遣い、労わり、支え続けた一ヶ月の生活で、レオはすっかり、リコ依存症になっているようだった。

「僕は自分がリコさんと一緒にいたいから、心配を理由にするし、リコさんへの労わりを建前にして、常に嫌われない最善の答えを考えている……」

 自己批判しながら、湯に顔を半分沈めた。
 策を練って良い人を装う自身の癖に、嫌気が差している。

「アレキ師匠め……」

 さっきの不吉な予言は、ボディブローのように効いていた。
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