魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

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第一章 リコプリン編

43 脆くて水色の

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 賑やかなランチが終わって。
 ミーシャが洗濯や掃除などの家事をしている間、リコは自室のベッドに寝転がっていた。

 マニは農園の手伝いで自宅に戻り、アレキは客人がやって来て、会議室で仕事の打ち合わせをしている。レオも宮廷に出かけて行った。

「私だけ、なんもすることがない……」

 本を読もうにも、家事をしようにも、両手が使えないと何もできないのだった。

「テレビがあったらなぁ……」

 久しぶりに、リコは日本の生活を思い出していた。
 ぽけー、と何となくテレビを見て、何時間も浪費していた毎日を。
 
(平和だったな。ボケてたな)

 この世界に来てから、卵の仕事もプリン作りも、何もかもが必死でいたから、リコはぽけー、とする時間が落ち着かなくなっていた。

 ギプスが巻かれた右腕を、寝転がりながら宙に翳してみる。
 あの夜の事件は痛みと恐怖に満ちていて、しばらく思い出すのもキツかったけど、今はやっと、回想する余裕ができていた。

 あの意地悪君に壊された、右手の枷。怒りから手を翳して現れた、薄い水色の結晶。触れただけで粉々になる、儚い物体……。

「氷……だよね?」

 リコは理科の教科書で見た、雪の結晶を思い出していた。幾何学模様で、水色の涼しげな透明感。砕けて散っていくあの結晶は、確かに冷たかった。

 右手をそっと前に翳してみる。
 が、何も起きない。

「怪我してるからかな。でも、あの時も怪我してたしな」

「ふん!」

 ちょっと力んでみる。
 が、何も出ない。

 疲れて右腕を下ろし、あの時の感覚をもう一度、思い出してみた。

「あっ」

 捉えている感覚が、逆であることに気づいた。

「体内から氷が出てるんじゃない。この掌に、空気中の何かを集めているみたいだった」

 リコはもう一度手を翳し、そのイメージのまま、空気に頼るように掌に集中した。

 パキン。

 目を開けると、あの夜に見た大きな結晶が目の前に現れていた。

「わぁ……綺麗!」

 ゆっくり、うるうるとしながら、氷の結晶が回転している。
 明るい室内の風通しの良いベッドの上で、それはまるで幻のようだった。

 パリン。

 風に当たったのか、勝手に壊れてキラキラと細かいカケラとなって消えていく。

 もう一度、同じようにやってみる。

 パキン。パキキ。

 二枚の結晶が繋がって現れた。
 リコは感激したが、右手に小さな痛みが走ったので、慌てて腕を下ろした。

「ダメだ、あんまりやると怪我が痛いや。もっとやってみたいのにな」

 好奇心と興奮で瞳が輝いていた。

「この氷は薄くて脆くて、私を守ってくれない。それに、人を傷つけることもできない。だけど、もしかして……」

 脳内にはプリン、アイスクリーム、パフェ、かき氷……。
 冷たくて甘いスイーツのイメージが弾けるように浮かんだ。

「冷たいスイーツが、作れるかもしれない」

 リコの瞳は炎のように燃え上がり、フンス、と鼻息も荒くなっていた。


 * * * *


「ただいま帰りました」

 夜になって。レオはアレキ城に帰ってきた。
 ノエル王子の癇癪の相手を終えて、グッタリとお疲れの様子だった。

 レオがリビングに入ると、リコが仁王立ちで待っていた。

「レオ君、おかえりなさい!」

 目が爛々として、頬は興奮でピンク色になっている。

「た、ただいま……どうしたんです? リコさん」

 あの事件以来、こんなに元気なリコが現れたのは初めてで、プリンのお披露目会の再来のようだった。

 後ろのテーブルにいるアレキとミーシャも、不思議な顔でリコを眺めている。

「夕方くらいから、この調子なんだ。理由を聞いても教えてくれなくてね」

 アレキの頭に「?」が浮かんでいる。

「あのね、レオ君。眠る前に、私の部屋に来て!」
「!?」

 大胆な誘い文句に、全員が目を丸くした。アレキは思わず手を挙げる。

「おいおいおい、不純性行為は……まぁ、いいけどさ」

 リコは慌てて振り返った。

「違いますよ! レオ君に見せたい物があるんです!」

 ドキドキしているアレキを放って、リコは改めてレオを向いた。

「まずは……レオ君だけに見せたいの」

 レオはどう解釈しても怪しい誘いに、緊張気味に頷いた。


 * * * *


 お風呂に入って、着替えて、歯を磨いて……。
 眠る時間が近づくほど、レオの鼓動は高まっていた。

「もしかして、あの話の続き?」

 いやいや、と頭を振りながら長い廊下を歩いて、リコの部屋の前までやって来た。

 一呼吸してドアをノックすると、即座に元気な返事が返ってきた。

「どうぞ! ドアを開けて!」
「失礼します」

 レオが中に入ると、部屋の中央に仁王立ちのリコがいる。が、その顔面の前には、大きく輝く幾何学模様の結晶が宙に浮いていた。

「!」

 レオは驚きで立ちすくみ、ゆっくり回転するその美しい物体に魅入った。

 パリン。

 結晶は粉々に割れて、散りゆく欠片の輝きの向こうに、リコの得意げな顔が現れる。喜びと希望に溢れて高揚した顔は、プリンが完成した時と同じだった。

「見た!? 私、氷が出せるの! 手枷が壊れて、できるようになったの! レオ君が空から見た、キラキラしたやつは多分これで……」

 リコの早口のお喋りは、突然の風のように優しく抱擁するレオによって、静かになっていた。

「……」

 沈黙になった二人は、その場でしばらく佇んだ。

 突然の抱擁にリコの驚きは熱にとなって全身を激しく巡ったが、心は不思議と安らかだった。石鹸の香りと温かい体温に、身も心も優しく溶けていくように。

「すみません……リコさんが元気で嬉しくて……あまりに可愛くて」

 耳元のレオの声に、リコはさらに紅潮した。

 レオは少し体を離すと、優しい瞳でリコを見つめた。

「僕はリコさんが好きです。リコさんに恋をしています」

 ど直球な告白に、リコはそのまま後ろに卒倒し、慌ててレオに支えられた。

「リコさん!?」
「ご、ごめ……全細胞が、お祭りで……」

 うわ言を呟いて、棒のように硬直していた。


 全ては開けっぱなしのドアの中の出来事で、廊下の壁にはアレキとミーシャが並んでへばり付いていた。

「み、見たっ?」

 狼狽するアレキに、まん丸目のミーシャは何度も頷く。

「き、聞きましたっ?」

 ミーシャの小声に、アレキは唾を飲み込む。

「あ、あいつ、あんなど直球で……キューピッド、いらねぇじゃん!」

 予想外の大胆な急展開は、皆の度肝を抜いていた。
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