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第一章 リコプリン編

40 めそめそリコ

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 丘の上にある、町の病院で。
 暖かな日に満ちた窓辺のベッドで、入院中のリコは外を眺めている。

 遠く賑やかな町の広場と、神々しく輝く金ピカ城と、町役場。そして村のある大きな森……。高台の病室はすべてが見渡せた。

 ベッドの脇には大きな果物が山のように詰まれていて、サイドの椅子に座るマニが笑っている。

「あはは、お供え物みたい!」

 隣のミーシャは「めっ」とマニを諫めて、リコを労う。

「リコ、大丈夫? 手、痛くない?」

 痛々しく分厚い包帯を、リコは宙に上げて見せた。

「うん、大丈夫だよ。骨は砕けてなかったの。ちょっとヒビが入っただけだから」

 マニが「ひぇ」と顔を歪める。

「充分痛そうだよ! 左肩の脱臼も重症だったんでしょ?」
「うん。完治に一ヶ月くらいかかるみたい。リハビリも必要だって」

 リコはしょんぼりして、俯いた。

「あーあ、これじゃプリンも作れないし、卵の仕事もできないし……また役立たずに戻っちゃった」

 その言葉にマニは目を見開いて、ベッドに身を乗り出した。

「何言ってんの!? 生きてただけでも万々歳なのに、誰もリコを役立たずなんて思ってないよ!」

 病室の怒鳴り声を、ミーシャは諫めずに頷いた。

「マニの言う通りだよ、リコ。今度は私がリコを手伝って、助ける番なんだよ。私、リコに助けられたんだから」

 ミーシャはまるで別人のようにスムーズに会話をして、澄んだ瞳で真っ直ぐ、リコを見つめていた。
 二人の優しさに、リコはウルウルと瞳を滲ませた。

「あ、また泣いてますね」

 顔を上げると、レオが花束を持ってお見舞いに来ていた。
 慌てて顔を拭うリコに、マニは呆れている。

「リコってば入院してから、毎日めそめそしてるもんね。泣き虫なんだあ」
「ち、違うよ、今日は嬉しくて泣いたの!」

「やれやれ」とマニは立ち上がると、ミーシャの手を取って、レオの肩をポンと叩いた。

「お見舞い交代ね。めそめそリコを頼むよ」

 笑って行ってしまった。


 急にレオと二人きりになって、リコはまた鼓動が高まっていた。

 事件の直後、中途半端でわかりずらい自分の正体の話をしてしまって、錯乱していたと思われていないか不安だった。
 どうやって仕切り直して説明しようか考えあぐねているうちに、レオは花瓶に綺麗に花を生けて、ベッドの横に戻ってきた。

「リコさん。先日は重大なお話を打ち明けてくれて、ありがとうございました」
「え!?」
「本当のリコさんの話ですよ」

 あんな滅茶苦茶な説明をちゃんと信じてくれていたことに、リコは驚いた。

「それで、リコさんは僕に秘密を明かしてくれたのに、僕がリコさんを騙しているのは、ずるいと思ったんです」

 リコは驚いて、レオに体を向けた。

「騙してるって……何を?」
「真面目で礼儀正しい、僕のことです」

 キョトンとしてこちらを見ているリコに、レオは少し気まずそうに、視線を落とした。

「それはその、偽りというか……本当の僕の話をしなければならないと思って」

 リコはいったい何事かと、緊張して頷いた。
 レオは思い切って、自身の生い立ちから話し始めた。

「僕は生まれた時から孤児で……家も家族も無い、貧しく飢えた子供でした。泥棒して食べ物を得るうちに、力で他人の物を奪う行為を何とも思わなくなっていて……自分本位で、野蛮な人間だったんです」

 レオは辛い幼少期を思い出して、両手を握り締めている。

「スリをしながら路上で生活していた9歳の頃に、旅をしていたアレキ師匠に拾われました。文字も読めない僕に、師匠は社会の生き方を全部教えてくれて、僕は更生できたんです」

 苦笑いして、顔を上げた。

「そんな師匠も詐欺師だったわけですが……悪党から金を巻き上げて弱者を救う、という信条に共感して師弟関係を結び、僕らは各地で泥棒しまくっていたのです」

 リコは山道で見た、レオの手品のような能力を思い浮かべた。
 確かに泥棒には、もってこいの力だった。

 レオはふう、と一息つく。

「真面目で礼儀正しい僕は、処世術で学んだ所作です。こうしていないと、野生児だった頃の野蛮な自分が現れるのではないかと、いつも不安なんです」

 寂しげに俯く顔を上げて、意を決したようにリコをしっかりと見つめた。

「だからリコさんには、僕の中に違う僕が存在するのだと、知ってほしかったんです」

 リコはいろんな思いが渦巻いて、右手をそっと、レオの手に重ねた。

「レオ君は、レオ君だよ。一生懸命に生きた子供の頃も、アレキさんのお弟子さんだった頃も、それから今も……全部」

 そしてもどかしい語彙力から、予定に無かった気持ちまで続けて口走っていた。

「私、レオ君の、全部が好き」
「……」

 驚くレオの顔も、病室の空気も時が止まって、リコの脳内は大パニックになっていた。恋心を助走も無くぶちまける自分の不器用さに、全細胞がお祭りのように騒いでいる。

「検診のお時間で~す」

 看護婦さんが突如入ってきて、止まった空気が動き出す。
 リコとレオは、強制的に引き剥がされていた。

「お熱測って体を拭いたら検診だから、君は出ててね~ん」

 色っぽい看護師さんに従ってレオは慌ててドアに向かい、出て行く寸前に、言葉を残してドアを閉めた。

「リ、リコさん、また来ます!」
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