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第一章 リコプリン編

29 おひとり様ランチ

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 平日のお昼の時間。
 リコは一人で、町に来ていた。

 午前中の仕事が終わり、資料探しと称して図書館にいる。
 ケイト所長が外出で不在のため、珍しく空き時間となっていた。

 広々とした図書館には重厚な装丁の本がずらりと並び、知的な雰囲気の人々が静かに読書に没頭している。
 リコは入館の際に鳥類研究所の職員カードを提示する事で、中に入れて貰うことができた。この世界で本は貴重なようで、厳しく管理されているのだ。

「身分証明書がないと入れないんだ。危なかった~」

 リコは日本人で日本語しか読めないが、この美少女の体は、この世界の文字をすべて解読してくれる。それは本当にありがたかった。

「えーと、食材、料理、お菓子……」

 この世界の食についての知識を習得するつもりで、リコは読む本を取っていった。

 トウモロコシ、人参、豆、トマト……。
 親しみやすい野菜はそっくりこの世界にもあって、味も似ている。
 こちらで呼ばれる名は全て違うが、リコは脳内で変換して、勝手に馴染み深い名称で呼んでいた。
 しかし、リコの知らない謎の野菜や果物も沢山ある。
 何よりも、デカい。
 この世界の食材は全てが大きくて、料理も大きな食材をどう刻むか、という手法にページを割いているようだ。

 興味深いのは食肉のページで、牛や鳥だけでなく、見たことの無い哺乳類や爬虫類、そしてドラゴンまでも載っている。

「コドラゴンの丸焼き、オオドラゴンのステーキ……」

 リコは興味と恐怖で、ゴクリと唾を飲んだ。

「こんな怖い顔のでっかい怪獣、どんな味がするんだろう……」

 一方で、お菓子の本は殆どが焼き菓子だった。
 クッキー、ケーキ、菓子パン……。
 ジャムやハーブを使った、素朴なものが多い。
 そしてプディング。
 果物や木の実を使って、見た目はケーキのようだ。

 リコはフンス、と鼻息を荒くする。

「私の理想のプリンは、やっぱりないや」

 最後まで本をパラパラとめくって閉じた。

「アイスクリームとパフェも無い。やっぱり、冷蔵庫が無いから冷たいスイーツは無理なんだよね」

 はぁ、とため息を吐く。

「プリンも常温で作るしかないけど……この世界に冷たいスイーツが無いと思うと、ますます食べたくなるなぁ」

 リコは日本の生活を思い出して、目を瞑った。

 夏の日のかき氷。お風呂の後のアイスクリーム。家族にファミレスに連れてってもらって食べた、至福のチョコレートパフェ……。

 ぐうぅ、とお腹が鳴った。

「よし、お昼ご飯にしよう!」


 * * * *


 賑やかなカフェの前で、リコは看板を凝視したまま固まっていた。

「そういえば私、日本にいた時も一人でカフェとかレストランに入ったことなかった……いつも家族と一緒か、結花がいたもんね」

 リコは ”おひとり様” デビューに、にわかに緊張した。
 ぎこちない行進で店内に入っていくと、お店のお姉さんがテラス席に案内してくれた。

 渡されたメニューには、シンプルに文字だけが並んでいる。

「プディングは無いか……」

 フライ、ハム、サンドイッチ、などの単語はわかるが、食材の味がわからないので、ギャンブルのように決めるしかない。

「えっと、こ、このサンドイッチと、このジュースをお願いします」

 メニューを指して注文を済ませると、テラスからお天気の良い広場をぼーっと眺めながら、平和を感じていた。
 町は明るく小洒落た雰囲気で、もとの世界と違って大きな動物たちはいるものの、リコは日本のカフェでくつろいでいるような気持ちになっていた。

 間も無くサンドイッチが置かれて、お腹がペコペコなリコは威勢よくかぶりついた。
 チーズと、何かの謎ハムと、レタス風の青菜、ピクルスみたいな刻んだ野菜に、爽やかなハーブの香り。

「ん、美味しい!」

 いつも野菜を齧ったり、卵を焼いたりと質素な食事を続けているリコにとって、調理された食事は格別の味だ。
 俄然食欲が増大して、ふた口目に被りついた瞬間に、目の前の道を見覚えのある人物が歩いていた。

「おや、君は」
「ほんひょうはん!」

 あの冷たい目をしたオリヴィエ村長が、メイドと町の役人を連れて、テラスの前を通りかかっていた。
 リコは慌てて立ち上がって頭を下げるが、パンを詰まらせて咽せる。

 村長は座りなさいと、手で合図をした。

「いいから、ゆっくり食べなさい。君の活躍はケイト所長から聞いている。仕事に懸命に取り組み、優秀だと。これからも励みなさい」

 平坦な口調で伝えると、村長と集団はサッサとテラスを去っていった。

 リコはモグモグしながら、かけられた言葉を反芻する。

「村長さんが、褒めてくれた……優秀……私が?」

 平和な町の風景は、ますます輝いて見えた。
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