25 / 110
第一章 リコプリン編
25 魔女憑き
しおりを挟む
以前、魔女が住んでいたとされる怪しい魔女の小屋には、新しく旅人が住みだした。
最初は普通の女の子だった住人もまた、やがて魔女に憑かれたように変貌していったという。
人呼んで、『魔女憑きの小屋』
怪談のようなマニの噂話に、リコはむくれた。
二人は農園の前で、立ち話をしていた。
「私が、魔女に憑かれてるって事?」
「村人が噂してるよ。魔女に憑かれた女の子が毎晩小屋に籠もって、煙を焚いたり、いろんな香や怪しい音を立てているって」
そしてリコの顔を指した。
「それにそのクマ。髪もぐしゃぐしゃ。寝不足になるまでプリンの研究をするなんて、どうかしてるよ」
マニの言う通り、リコは毎晩睡眠時間を削って、プリンの研究……プリ研に熱中していた。
きっかけは、レオと訪れたハーブ屋さんだった。
ラッシュビーンズの香りで脳が覚醒して、理想的にして個性的な香りを調合する実験に、夢中になってしまったのだ。
「プリ研は本物のプリンを、超えるかもしれない」
ドン、と言い切るリコの真顔の予言に、マニは引く。
「怖い。顔が怖いって」
マニに話してもきっと理解してもらえないが、覚醒したリコは、もとの世界のいろんな情報を、過去の記憶から細かく回収していた。
茶碗蒸しはプリン蒸しである説から始まり、お母さんが卵液を茶こしで滑らかに整えていた技や、蒸す時にガーゼをかけたり、コンロの火を繊細にコントロールしていた様子。
そして、もとの世界にはプリン以外にも、素晴らしいお菓子や料理が沢山あったのだという記憶も。
「ふひひ……」
リコの不気味な笑いに、マニはさらに引く。
「あのね、マニちゃん。今日夜になったら、家に来てね」
「うん。プリンを食べさせてくれるの?」
「プリンはまだ! 完璧になるまで門外不出だから。今日はね、トウモロコシのパーティーだよ!」
「はぁ……トウモロコシ?」
農園の娘であるマニにとって、特に新鮮味の無い食材に期待が薄まる。
そんなマニを置いて、リコは唐突に立ち上がった。
「あ、いけない! 牧場のお兄さんにお乳を貰って来なきゃ!」
猛然と、牧場に駆けて行った。
マニはポツンとひとりになって、森の木々を見上げた。
「あんたも大変だね。彼方此方と振り回されちゃってさ」
上空で葉音をたてて、リコを見守る黒猫は牧場の方へ去って行った。
* * * *
夜の魔女小屋で。
森の中に延々と、機械的な音が漏れている。
リコが瓶にお乳を入れて、ガムシャラに振りまくっていた。
「昔、テレビで、見た、もんね!」
遠い記憶を辿っていた。
「お乳は、振って、バターになるって!」
シャカシャカと、高速な音が鳴り響く。
窓の外でこっそりと、その様子をレオが覗いていた。
村人が噂をしても仕方がないほど、リコは取り憑かれたような有様だ。しかしレオは引くことなく、その集中力に感心していた。
「リコさんて、面白い人だな」
そしてついに、ガシャーン!と瓶が割れる音。
レオの肩がビクッ、と揺れた。
「あああ、手がすべったぁ! やり直しだ!」
それでもめげない様子に、レオは胸を撫で下ろした。
リコは2個目の瓶をまた振り出した。
シャカシャカシャカ……
一心不乱に振った瓶の中には、バターらしき塊ができていた。
「ふ、ふひひ…」
一段落的なタイミングで、レオはドアをノックした。
「はーい!」
リコは元気に飛び出して、満面の笑みでお迎えした。
「レオ君、いらっしゃい!」
「こんばんは。ご招待ありがとうございます」
後ろから、マニもやって来ていた。
「トウモロコシパーティーに来たよ~」
「マニちゃんも、いらっしゃい!」
キッチンで。
リコは巨大な鍋にバターの塊を入れて、釜戸に着火した。
ジュワ~、とミルキーな香りが立って、マニが「おぉ」と声を上げた。
そしてリコが取り出したのは、シオシオにしおれた、トウモロコシの大きな粒だった。
マニはずっこけた。
「え、枯れてるじゃん!」
「違うよぉ、干しトウモロコシ!」
リコはむくれて、バターが溶けた鍋に放り込んだ。
マニとレオが心配そうに見守る中で、リコは火加減を巧みにコントロールしながら蓋をし、鍋を揺すり始めた。
ジワ、ジワワ、ジワ、
高まっていく内部の温度に、全員が緊張を走らせていた。
そして……
ボン!
「わあ!?」
まるで水道管が破裂するような音が鳴って、リコは鍋を上げた。
「できた……異世界ポップコーン!」
最初は普通の女の子だった住人もまた、やがて魔女に憑かれたように変貌していったという。
人呼んで、『魔女憑きの小屋』
怪談のようなマニの噂話に、リコはむくれた。
二人は農園の前で、立ち話をしていた。
「私が、魔女に憑かれてるって事?」
「村人が噂してるよ。魔女に憑かれた女の子が毎晩小屋に籠もって、煙を焚いたり、いろんな香や怪しい音を立てているって」
そしてリコの顔を指した。
「それにそのクマ。髪もぐしゃぐしゃ。寝不足になるまでプリンの研究をするなんて、どうかしてるよ」
マニの言う通り、リコは毎晩睡眠時間を削って、プリンの研究……プリ研に熱中していた。
きっかけは、レオと訪れたハーブ屋さんだった。
ラッシュビーンズの香りで脳が覚醒して、理想的にして個性的な香りを調合する実験に、夢中になってしまったのだ。
「プリ研は本物のプリンを、超えるかもしれない」
ドン、と言い切るリコの真顔の予言に、マニは引く。
「怖い。顔が怖いって」
マニに話してもきっと理解してもらえないが、覚醒したリコは、もとの世界のいろんな情報を、過去の記憶から細かく回収していた。
茶碗蒸しはプリン蒸しである説から始まり、お母さんが卵液を茶こしで滑らかに整えていた技や、蒸す時にガーゼをかけたり、コンロの火を繊細にコントロールしていた様子。
そして、もとの世界にはプリン以外にも、素晴らしいお菓子や料理が沢山あったのだという記憶も。
「ふひひ……」
リコの不気味な笑いに、マニはさらに引く。
「あのね、マニちゃん。今日夜になったら、家に来てね」
「うん。プリンを食べさせてくれるの?」
「プリンはまだ! 完璧になるまで門外不出だから。今日はね、トウモロコシのパーティーだよ!」
「はぁ……トウモロコシ?」
農園の娘であるマニにとって、特に新鮮味の無い食材に期待が薄まる。
そんなマニを置いて、リコは唐突に立ち上がった。
「あ、いけない! 牧場のお兄さんにお乳を貰って来なきゃ!」
猛然と、牧場に駆けて行った。
マニはポツンとひとりになって、森の木々を見上げた。
「あんたも大変だね。彼方此方と振り回されちゃってさ」
上空で葉音をたてて、リコを見守る黒猫は牧場の方へ去って行った。
* * * *
夜の魔女小屋で。
森の中に延々と、機械的な音が漏れている。
リコが瓶にお乳を入れて、ガムシャラに振りまくっていた。
「昔、テレビで、見た、もんね!」
遠い記憶を辿っていた。
「お乳は、振って、バターになるって!」
シャカシャカと、高速な音が鳴り響く。
窓の外でこっそりと、その様子をレオが覗いていた。
村人が噂をしても仕方がないほど、リコは取り憑かれたような有様だ。しかしレオは引くことなく、その集中力に感心していた。
「リコさんて、面白い人だな」
そしてついに、ガシャーン!と瓶が割れる音。
レオの肩がビクッ、と揺れた。
「あああ、手がすべったぁ! やり直しだ!」
それでもめげない様子に、レオは胸を撫で下ろした。
リコは2個目の瓶をまた振り出した。
シャカシャカシャカ……
一心不乱に振った瓶の中には、バターらしき塊ができていた。
「ふ、ふひひ…」
一段落的なタイミングで、レオはドアをノックした。
「はーい!」
リコは元気に飛び出して、満面の笑みでお迎えした。
「レオ君、いらっしゃい!」
「こんばんは。ご招待ありがとうございます」
後ろから、マニもやって来ていた。
「トウモロコシパーティーに来たよ~」
「マニちゃんも、いらっしゃい!」
キッチンで。
リコは巨大な鍋にバターの塊を入れて、釜戸に着火した。
ジュワ~、とミルキーな香りが立って、マニが「おぉ」と声を上げた。
そしてリコが取り出したのは、シオシオにしおれた、トウモロコシの大きな粒だった。
マニはずっこけた。
「え、枯れてるじゃん!」
「違うよぉ、干しトウモロコシ!」
リコはむくれて、バターが溶けた鍋に放り込んだ。
マニとレオが心配そうに見守る中で、リコは火加減を巧みにコントロールしながら蓋をし、鍋を揺すり始めた。
ジワ、ジワワ、ジワ、
高まっていく内部の温度に、全員が緊張を走らせていた。
そして……
ボン!
「わあ!?」
まるで水道管が破裂するような音が鳴って、リコは鍋を上げた。
「できた……異世界ポップコーン!」
11
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される
未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】
ミシェラは生贄として育てられている。
彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。
生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。
繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。
そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。
生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。
ハッピーエンドです!
※※※
他サイト様にものせてます
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる