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第一章 リコプリン編

25 魔女憑き

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 以前、魔女が住んでいたとされる怪しい魔女の小屋には、新しく旅人が住みだした。
 最初は普通の女の子だった住人もまた、やがて魔女に憑かれたように変貌していったという。

 人呼んで、『魔女憑きの小屋』

 怪談のようなマニの噂話に、リコはむくれた。
 二人は農園の前で、立ち話をしていた。

「私が、魔女に憑かれてるって事?」
「村人が噂してるよ。魔女に憑かれた女の子が毎晩小屋に籠もって、煙を焚いたり、いろんな香や怪しい音を立てているって」

 そしてリコの顔を指した。

「それにそのクマ。髪もぐしゃぐしゃ。寝不足になるまでプリンの研究をするなんて、どうかしてるよ」

 マニの言う通り、リコは毎晩睡眠時間を削って、プリンの研究……プリ研に熱中していた。

 きっかけは、レオと訪れたハーブ屋さんだった。
 ラッシュビーンズの香りで脳が覚醒して、理想的にして個性的な香りを調合する実験に、夢中になってしまったのだ。

「プリ研は本物のプリンを、超えるかもしれない」

 ドン、と言い切るリコの真顔の予言に、マニは引く。

「怖い。顔が怖いって」

 マニに話してもきっと理解してもらえないが、覚醒したリコは、もとの世界のいろんな情報を、過去の記憶から細かく回収していた。

 茶碗蒸しはプリン蒸しである説から始まり、お母さんが卵液を茶こしで滑らかに整えていた技や、蒸す時にガーゼをかけたり、コンロの火を繊細にコントロールしていた様子。
 そして、もとの世界にはプリン以外にも、素晴らしいお菓子や料理が沢山あったのだという記憶も。

「ふひひ……」

 リコの不気味な笑いに、マニはさらに引く。

「あのね、マニちゃん。今日夜になったら、家に来てね」
「うん。プリンを食べさせてくれるの?」
「プリンはまだ! 完璧になるまで門外不出だから。今日はね、トウモロコシのパーティーだよ!」
「はぁ……トウモロコシ?」

 農園の娘であるマニにとって、特に新鮮味の無い食材に期待が薄まる。
 そんなマニを置いて、リコは唐突に立ち上がった。

「あ、いけない! 牧場のお兄さんにお乳を貰って来なきゃ!」

 猛然と、牧場に駆けて行った。

 マニはポツンとひとりになって、森の木々を見上げた。

「あんたも大変だね。彼方此方と振り回されちゃってさ」

 上空で葉音をたてて、リコを見守る黒猫は牧場の方へ去って行った。


 * * * *


 夜の魔女小屋で。
 森の中に延々と、機械的な音が漏れている。

 リコが瓶にお乳を入れて、ガムシャラに振りまくっていた。

「昔、テレビで、見た、もんね!」

 遠い記憶を辿っていた。

「お乳は、振って、バターになるって!」

 シャカシャカと、高速な音が鳴り響く。

 窓の外でこっそりと、その様子をレオが覗いていた。
 村人が噂をしても仕方がないほど、リコは取り憑かれたような有様だ。しかしレオは引くことなく、その集中力に感心していた。

「リコさんて、面白い人だな」

 そしてついに、ガシャーン!と瓶が割れる音。
 レオの肩がビクッ、と揺れた。

「あああ、手がすべったぁ! やり直しだ!」

 それでもめげない様子に、レオは胸を撫で下ろした。
 リコは2個目の瓶をまた振り出した。

 シャカシャカシャカ……

 一心不乱に振った瓶の中には、バターらしき塊ができていた。

「ふ、ふひひ…」

 一段落的なタイミングで、レオはドアをノックした。

「はーい!」

 リコは元気に飛び出して、満面の笑みでお迎えした。

「レオ君、いらっしゃい!」
「こんばんは。ご招待ありがとうございます」

 後ろから、マニもやって来ていた。

「トウモロコシパーティーに来たよ~」
「マニちゃんも、いらっしゃい!」

 キッチンで。
 リコは巨大な鍋にバターの塊を入れて、釜戸に着火した。
 ジュワ~、とミルキーな香りが立って、マニが「おぉ」と声を上げた。

 そしてリコが取り出したのは、シオシオにしおれた、トウモロコシの大きな粒だった。

 マニはずっこけた。

「え、枯れてるじゃん!」
「違うよぉ、干しトウモロコシ!」

 リコはむくれて、バターが溶けた鍋に放り込んだ。
 マニとレオが心配そうに見守る中で、リコは火加減を巧みにコントロールしながら蓋をし、鍋を揺すり始めた。

 ジワ、ジワワ、ジワ、

 高まっていく内部の温度に、全員が緊張を走らせていた。

 そして……

 ボン!

「わあ!?」

 まるで水道管が破裂するような音が鳴って、リコは鍋を上げた。

「できた……異世界ポップコーン!」
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